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そしたらサナに戻るか、、、
しかしまたリンに会えるとは限らないよな。
あのごちゃごちゃなテント集落に行ってもリンのテントの見分けが付かない。
どうしたもんか考えがまとまらないまま渡しに乗りサナまで来てしまった。
今回は前回よりももっと下流に来てしまったようだ。
潮流の上げ潮下げ潮で流されっぷりが変わるのだろう。
いや、河幅が変わるのか?
桟橋に降り立って見渡すとそこは一昨日待ち望んだ武具と刃物の露天が立ち並ぶエリアだった。
なんとしかも、中古武具屋には中古の靴も豊富にあるではないか。
ううむ、目移りする、、、。
いや、待て。
予算はあと13ラーミちょいと小袋数個。
渡しの船賃を確保しないと帰れなくなるぞ?
となれば魔石アルバイトの5個を売却するのが先か?
てか魔石って何処で売ればいいんだ?
桟橋沿いに上流へ歩いていると昨日の案内少年が所在なさげに突っ立っていた。
彼に近づくと声を掛ける。
「魔石を売る場所を案内してもらいたいんだけど」
小銅貨数枚を見せる。
少年は目的地がわからないと見えて申し訳なさそうに首を振った。
そういや船頭さんにサナ語で連れてく店を指定されてたもんな。
あの船頭専門の案内役って可能性もある。
まあ、ここからならあの店の場所ならわかる。
もう少し上流の石畳が切れる手前の左側のテントだ。
リンに出会ったのは更にその先の酒場の近く。
その辺りで探せばリンにまた会えるかもしれない。
「あら坊ちゃん。先日はありがとうございました」
共通語で声を掛けてきたのは服屋の女性。
「何か不具合やお直しでも?」
「いいえ、とても着心地が良いです」
ホントはゴワゴワして嫌だけど。
「ウチのリンまでお世話になったとか、、、ご迷惑でありませんでした?」
ウチのリン?
リンはこの店の娘なのか?
「ええと、リンちゃんにもう少しサナ語を教えてもらえればなと思ってまた来てみたんですけど、、、」
「あらまあ、そういう事ならすぐにお呼びしますわ。どうぞお入りになってくださいませ」
昨日の店に招かれ座ってお茶を飲んでいると入り口の布がバッと開けられた。
思ったより早いリンの登場である。
そしていきなり抱きしめられた。
正直、悪い気はしないがお互い丸坊主である。
なんか変に見られないかい?
見ると店の女性は嬉しそうにあらあらまあまあと言った感じである。
どういう事なのか。
「説明いたしますわ。わたくしリンの叔母のルーメイです。この子の母リーリンは私の姉ですわ」
「そうなんですね」
「ここからは少し長くて入り組んだ話ですけどよろしいかしら?」
「はい」
「まずは前提として、サナの子供たちが放牧地で男女の区別なく同じように育てられる、というのご存知かしら?」
「はい。今朝、同僚から聞きました」
「よござんす。続けましょう、、、」
ルーメイの話によると、放牧地で行われる男女平等の教育というのは河のほとりで布作りを続ける側から見ると不平等極まりないのだそうな。
だって男女問わず幼少期に「やっぱサナ人は放牧してなんぼだよね、それ以外の生き方を選択した連中は負け組だよね」という刷り込みをされる、ということに他ならないからなのだそうな。
機織りの側から言わせてもらうと放牧の連中は布の売上で暮らす脛かじりのようなものという認識らしい。
何しろサナの布地の質は世界一と言われるほど。
アーメリアの王族のマントから指揮官のローブ、上級兵の軍服の布地までサナ製品で占められ。庶民の憧れでもあるのだ。
サナ全体のGDPで見ても7割が布製品の売上で、放牧からの売上であるフェルトや羊毛、羊肉の売上は併せて3割しかないのだそうな。
しかも放牧の民はその売上を馬追いの祭りの時期に内需として使ってしまうらしい。
稼いだぶんを身内で分け、彼らが作っていない小麦や豆を織物の売上で輸入し、それは彼らの口に入り消費されてしまう。
そして最悪なことに、織物に携わる子女の結婚相手は放牧地から選ばれた男子の通い婚とされ、相手は選べず、子が生まれれば放牧地へ連れ去られ洗脳されてしまう。
端的に言えば奴隷ですよ。
ルーメイはそう言った。
その対抗策として講じられているのがアーメリア人との婚姻であり、移民として国籍をアーメリアに移すことなのだそうな。
実際、ルーメイはアーメリア人と結婚し、国籍はアーメリアだそうな。
リンの父親もアーメリア人で、リンは放牧地に取られずこの地でずっと布作りの修行をして生きてきたとのこと。
ここで問題。
アーメリアとサナのハーフとして機織り村で働くリンの結婚相手は?
それがサナの放牧地が選ぶ権利があるのだそうな。
なるほど、キツイ。
しかも機織り村は男子禁制の村。
この祭りの時期以外、男女の出会いの場はほぼ皆無なのだそうな。
「この時期のアーメリア人との出会いは淡い希望。ただでもそれだけでなく、リンは自分の織った布をあななたが着てくれたことを本当に喜んでいました」
「え、この服の生地はリンが織ったんですか?」
「そうです。リンはまだ見習い。見習いは麻で一番安価な布を織って経験を積みます。服に仕立てたのは私ですが生地はリンです」
「、、、、」
「リンは将来有望な織り子です。あなたの服をご覧なさい。寄れも曲がりもないでしょう? 笑いに癖のあるちょっと変な子に思うでしょう。それは認めます。しかしあの子は織り出すと食事を忘れるくらいのめり込むめったに現れない天才なのです」
ううむ、こういうとなんだが天才かどうかってのは俺にとってはあまり関係がない。
本当に同情するけど、俺が気にするのはサナ語を教えてもらえるかどうかなのだ。
俺が何か口約束でもすればリンの放牧地との婚姻を阻止できるのならそうしよう。
あ、それなら俺とリンが忌憚なく意思疎通できた方が良いよね、、、どお?
という感じで叔母さんに進言すると、確かにこの年齢、この髪型で恋心を抱けと言うのに無理があるのは理解している。今はとにかく仲良くなりましょう。というところに話は落ち着いた。
サナ語の座学はルーメイ叔母さんから。
実習はリンと、ということに纏まった。




