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 食事を終えると長官は伸びをして、そのまま再びハンモックに寝ころんだ。


「今日は魔術のレッスンは無しだ。貴様も日中に水魔法を色々使ったようだしな」

「あ、そういえは火魔法も初めて使いましたよ」

「ほう?」

「竈門の炭に火を入れただけですけど」

「問題なく使えたか?」

「キャンドル発動に少し手間取りましたがなんとかなりました」

「うむ、そうだろう。試してみたい魔術は他にあるか? フレイム・ピラーとかフロスト・ノヴァとか」

「いやそんな上級魔法は見たこともないですよ。まずアイスボールとかですかね」

「ふむ。まだ余裕があるならやってみても良いぞ」


 長官は寝たまま作戦台に乗ったままの金属のコップを指差した。

 勝手にやれということか。


 俺はウォーターボールの要領で魔力の球を作り水球にした。そして凍れと命じると確かに氷の球に変化した。

 それを射出することなくコップに入れようとしたがサイズが合わずアイスのように乗っかる感じになってしまった。


 それを長官に見せると黙って受け取り、指でくるくると氷を回した。

 回された氷はすぐに溶けて小さくなりコップの底に落ちた。

 長官は氷水に口を付けると「うむ、美味い」とか言いながら、もぞもぞとポジションを変え、座位になった。


「今は水球を作ってから凍らせたが、最初からアイスボールを作れるか?」

「アイスボールの詠唱って何でしたっけ?」

「“氷の精霊よ”から始まるヤツだ」


 なるほど。

 俺は魔力を出しながら「氷の精霊よ」と呼びかけた。


 すると氷の球がパキパキと生まれてきた。

 

「そうだ、お前は本当に優秀だな。他にやってみたい魔術は?」

「昨日、魔石から魔力を取り出すのに魔力が要るって言ってましたよね。あれはどういう感じなんですか?」

「ああ、アレは自分の魔術の得意分野が決まってからの方が上手くいくのだ」

「ほう」

「結晶化した魔力を使うという意味では変わらんのだが、吸い出すのか、解凍するのか、燃やすのか、それぞれ使うイメージを適正にしないと掛かる時間が変わってくる」

「なるほど」

「例えば火魔術が得意な者が燃やすイメージを使うと、一気に魔力が解放されて上手く取り込めなかったりする。本当は寝ている間に取り込むくらいゆっくりなのが無駄がないのだ。だからその場合は吸い出すイメージのほうがまだいいだろうな」

「いろいろあるんすね」

「うむ」


 ここで一旦話が途切れたので気になっていたことを聞いてみる。


「ところで話は変わりますが、明日からはどんな予定ですか?」

「昼に計測した経度と併せて、夜には緯度が出るはずだから出航が可能になるだろう」

「今は現在地が把握できていない感じですか?」

「そうだな、あの竜巻をやり過ごすのに随分と手こずったからな。結構な距離を流された可能性はある」

「ああいった竜巻はよくあるんですか?」

「いや、あの規模のにこんな時期に出会したのは初めてだ」

「そうですか」


 異常気象はいつでもどこでもあり得るからな。


「海佐、緯度が出ました!」


 と、いきなり外から声が掛かってからドアがノックされた。

 順番が逆じゃね? と思ったのだが長官は気にしてないようだった。


「うむ、入れ!」

「はっ失礼します!」


 入って来たのは副船長で、真っ直ぐに作戦台の地図へ足を進めた。

 長官もハンモックを降りて地図の前へ移動した。


「どうだった?」

「北緯35度30分、東経38度30分と出ました」


 副艦長は卓上を指差した。

 

「ジロの河口から真っ直ぐ東に120リーグといったところですな」

「悪くない位置ではないか。よい風さえ吹けばひと月で着くぞ。大体予定通りだ」

「なんなら夜間も航行すれば余裕がありますな」

「ま、風向き次第だな」

「手足の痺れを訴える者が増えて来ました。一刻も早い上陸を目指すべきかと」

「わかっておる。しかし入港を焦って不慮の事故があってはならん」

「2週間の昼夜航行なら皆もまだ耐えられるかと」

「うむ、風を見ながら改めて検討しよう。しかし忘れるな、決定権は船長にある。私にいちいち確認しなくても良いのだぞ?」

「わかっております。しかし我らは海佐に従いたいのです」

「随分と持ち上げるではないか」

「いえ、その方が生き残れると知っているからに他なりません」


 副船長は頭を下げて部屋を去った。


 俺はといえば横から地図を覗き込んでいてちょっとびびっていた。


 さっき副船長が指差していたのは陸から遥か沖、地図を飛び出して、彼は机の上を指刺していたからだ。


 地図の縮尺というか緯度経度の感じが前世の尺度と同じであるなら東京-青森間くらいの距離を東の海上へ伸ばしたくらいの距離がある。

 

 俺の感覚で言えば太平洋の真ん中。

 下手すりゃハワイかってところにぽつんと一隻だけで居るのだ。


 ごめん、それは言い過ぎだわ。

 でも200海里、排他的経済水域のギリギリ外の公海に出ちゃってる感じなのだ。


 本当に戻れるの?

 食料は足りるの?


 色々不安になってくる。

 昼の航行だけでひと月で着くって言ってたけど、帆船てそんなスピード出るの?

 向かい風のジグザグ航行だと倍くらいかかるんじゃないの?


 そんな不安がもろに顔に出ていたのだろう。

 長官は俺の顔を見て少し考えてから声を掛けて来た。


「どうだ、ワクワクせんか? 我々はかつて人類が到達したことのないほど遠い海上にいるのだ。冒険の醍醐味だろう?」


 ロマンって奴か。

 確かに、このまま進路を東に取れば新大陸の発見の可能性もあるってことか。

 

 そう思えばなかなか貴重な体験をしていると言える。

 歴史に名を残す偉業に手を貸しているのかもしれない。

 コロンブスやバスコ・ダ・ガマのように。


 ふと気になって俺は訊いた。


「ところで、この船の名前はなんて言うんです?」

「この船か。この船はセイレーン。ブリガンディンのセイレーン号だ」


 セイレーンというと前世でも有名だった海の妖怪のことだろうか?

 

 俺はなんとなく勇ましい船の名前を聞いて少しだけ安心するのだった。


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