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 暫くすると上の準備も整ったようで少し静かになった。

 すると昇降孔から副船長と思しき顔があらわれた。


「梯子はどうした!」

「垂木が足らず使ってしまいました!」

「それでよし! 何人か上がってこれるか!」


 昇降孔から下されたロープで孔の近くにいた俺を含む3名が上にあがった。

 あがったかと思ったら碇のロープを収納する部屋に開けられた昇降孔から最下層まで降ろされた。


 中央に太い竜骨が通り床はVの字にせり上がり船底の形そのままの狭い場所だった。

 床には砂利が敷き詰めてあって船底は見えない。重石の意味があるのだろう。

 奥行きは5mほど。

 この船は全長40mくらいありそうだが最下層はこの部屋のような狭い区画で分割されているのだろう。

 浸水があった時に被害を最小に留めるための工夫に違いない。


 申し訳程度の明るさしかないがランプが中央に吊るされている。

 充分な明るさとは言えないが真っ暗よりは全然マシだ。


 竜骨には手漕ぎポンプが取り付けられ排水パイプが上へ伸びている。

 何をさせられるのかは一目瞭然だ。


 さっきまで船倉が最下層なような気がしていたが、あそこは中二階くらいな感じだったらしい。


 落ち着いて耳を澄ます。

 最下層は変に静かで、頭上から波音が聞こえてくる。

 なるほどここは水面下なのだ。


「この船、何トンて言ってましたっけ?」


 初めて見る10代と思われる若い船員が聞いた。


「1000トンだ」


 これまた初めて見る中リーダー的な奴が答えた。


 この何トンてのは船の喫水の事だろう。

 船を浮かべた時に押し除ける水の量のことだ。

 1000トンて事はたぶん水面からこの竜骨までが単純計算で10mくらいあるって計算になる筈だ。


 誰からともなく俺たちは低い天井を見上げた。


 10m上の水面から1000トンの水が押し寄せてきたら俺たちはひとたまりもないだろう。


 叫び声を上げながら逃げてしまいたい。

 しかしそんな気持ちすら押し潰してしまうような重圧がのしかかってきた。


 そのまま誰もが口をつぐみ、じっと何かが起こるのを待ち構えていた。


 と、船底が大きく傾いた。

 横にじゃない縦にだ。

 とてつもなく大きな波を乗り越えているのだろう。


「この船は大丈夫ですよね!」


 さっきの若いのがまた聞いた。

 緊張のし過ぎか声が必要以上にデカい。


「ああ、大丈夫だ。舵が効かなくとも、櫂で漕がなくともバルゲリス海佐が船首を波に向けてくださる」


 あ、なるほど。

 そうやって大波をいなすのか。

 やるな、長官。


 ちょっと安心したかと思ったら今度は背後からゴリゴリゴリと、もの凄い音がした。


 ギョッとして全員がそちらに目を向けた。


「フォアマストが動いただけだ!」


 中リーダーの解説でなるほどと思う。

 風向きが変わった時に甲板で聞いていたギーという音はこの音だったのか。


 マストはセールを介してロープで固定してあるはずだがロープが切れたんだろうか。それとも遊びのぶんが動いただけだろうか。


 なにしろここでは外で何が起きているのか分からない。

 想像ばかりが膨らんで恐怖が首をもたげてくる。


 すると鈍いドンという振動音が上から聞こえてきて、船が横に大きく傾いだ。


 中リーダーが解説する。


「横波を受けたんだ。水が入ってくるぞ。備えろ!」


 何をどう備えれば良いものか見当が付かない俺は肩をすくめ身体を強張らせて水がくるのを待った。

  

 もう一度ドンと波が当たり船が傾ぐと昇降孔から水が降ってきた。

 すると、すぐさま足首まで海水に浸った。


「ようし、漕げ!」


 中リーダーの声で俺たちはポンプを漕ぎ出した。

 ポンプは1機。

 竜骨に取り付けられシーソー式のレバーを二人がかりで両側から漕ぐ。

 10代の彼と俺とでだ。


 ある程度漕ぐとすぐ水位が低くなりポンプが空回りした。


「休んで待て」


 俺たちはレバーにもたれて休んだ。


「お前は? 初めて見る気がするんだけど?」


 10代が話しかけてきた。

 身体を動かして緊張が取れてきたんだろう。


「僕はオミクロン。昨日から船に乗ってる」

「昨日から? じゃあ、お前か。噂になってんの」

「噂? ちょっと魔力に問題があってバルゲリス長官に預けられたんだ」

「ふうん? 俺はパコ。ブートキャンプを終えてるちゃんとした兵士だ」


 それだけいうとパコはそっぽを向いてしまった。 

 噂ってアレだろう。

 俺が長官の情夫って話だ。

 長官はえらい人気なんだな。

 まあ、美人だし金持ちだし当たり前か。


 そんなことを思っている間も船は大波を超えていたようで縦に大きく揺れていた。 

 

 そしてまたドンと音がして水が降ってくると、そこから先はひっきりなしに横波が左右から当たってめちゃくちゃに揺れ始めた。


 海水は昇降孔からだけでなく雨のように天井全体から降り注いできた。

 

 俺とパコは必死にポンプを漕いだ。

 腰の辺りまで溜まった海水が船の揺れに合わせてガボガボと暴れ、俺たちは洗濯でもされているような感じだった。

 それでも俺たちは足を踏ん張りレバーを上下させる。

 途中、パコはいきなり嘔吐して中リーダーと選手交代となった。


 もう海水はへその辺りまで来ている。

 漕いでも漕いでも海水が減る気配がない。

 その水が遠慮なく暴れるので漕ぐ手もちょいちょい止まる。

 竜骨の上に立っているのだが足を滑らせて落ちてしまうのだ。

 中リーダーは流石にベテランで落ちる回数が少なく漕ぐのも早かった。

 つまり、こっちも付いてくのが大変だった。


 それが1時間も続いただろうか。

 いきなり横浪がなくなった。

 ゆったりとした縦揺れだけになり、フォアマストが断続的にゴリゴリ鳴るのも無くなった。


 パコは相当やられているようで、昇降孔から下半身だけをぶら下げるようにして上半身は上でへばっているようだった。


「おい、パコ! オミと変わってやれ!」

「あ、いいですよ。まだ漕げます」

「マジかよ、お前体力あるな」

「いえ、もう10分続いてたらヤバかったですね」


 俺たちは漕ぐテンポを落として漕ぎ続けた。

 すると上から交代要員がやってきた。

 キコ氏ともうひとり俺と同じグループの奴だった。


「ご苦労さん、もう抜けたから替わるぞ」

「ありがとうございます」

「停泊して損害チェックだそうだ」

「了解」


 俺は梯子を上がり甲板を目指したが、もう手も足もガクガクだった。

 いやはや船乗りって大変だな


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