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王子はその後もリ行たちに羽毛の解説も叩き込み、彼らを解放した。
奴らの袋には胸の羽である羽毛は少ししか入っていなかった。ガチョウの羽を仕入れるのに当たって、例のあの店の親父に話を持ちかけたところ羽むしりをやらされたのだそうだが、その時に胸の羽については集めるのが面倒なので風に飛ぶままに任せて捨てて来たそうだ。痛恨のミスだな。
しかしどのみち十羽や二十羽ぶんの羽毛では枕にも足りないだろう。丸々一羽ぶん集めて金になるのは数枚の風切り羽と胸の羽だけとは残念だったな。
枕といえば、蕎麦殻の枕が欲しい。前世での俺の愛用の枕はプラスティックのチューブが詰まってる奴だった。あれ頭が暑くなりにくくて好きだったんだ。蕎麦殻の枕はばあちゃんが昼寝の時に貸してくれたんだよな。懐かしい。
小学生の時の夏休みの午後の気だるい雰囲気。エアコンの涼しい風。畳の上にタオルケットだけ掛けて寝るあの感じ。それらが蕎麦殻枕とセットになって記憶されている。エモい。
しかしそういえばこの世界でまだ蕎麦を見たことがないな。いわゆる日本の切り蕎麦じゃなくてもヨーロッパでは蕎麦の実が食べられてたと思うんだけどな。ウクライナとかが有名な産地だった気がする。食い方は知らん。パンだろ、きっと。
「すっかり時間を食ってしまったな、行くぞ」
「今なら空きがありそうですね。取られる前に押さえましょう」
俺たちは連れ立って木刀を手に部屋を出た。外に出て寮の裏手にまわる。寮の裏手は林になっており、奇妙な仕掛けが木々の間に林立している。
人の一.五倍程の背丈の丸太が地面に打ち込んであり、押しても引いても倒れないように周囲の木にロープで固定してある。丸太には多くの生木の枝がロープでぐるぐる巻きに固定されている。ここでしか見たことのない奇妙なオブジェクトだ。
これが何かと言うと、木刀を実際に打ち込む稽古をするための道具である。剣術用のサンドバッグのようなものだ。
周囲には砕けた生木の破片が散乱している。都合よくふたつ並んで空いてはいなかったので王子とは離れて稽古を始める。
立木打ち稽古の定番メニューは頭の上で剣を左右交互に回して打ち込む稽古だ。これは素振りではゆっくりにしかできないのだ。実際に当てる対象があれば反動を利用して左右交互にリズミカルに打ち込むことができる。
先ずはゆっくりと左右から打ち込む。刃のない木刀ではあるが刃が立木に垂直に当たるように手首の角度を確認しながら行う。
身体が温まって来たらだんだんと速度を上げる。手に伝わる衝撃は凄い。インパクトの瞬間はしっかりと木刀を握らなければならないが、強く握りっぱなしでは手首に負担が掛かる。腰は回さず足を止めて、主に手首を使って打ち込むので軽い攻撃ではある。しかし遠心力と刀の重さが加わって実際にやられると厄介な技である。下手に受けると弾いた瞬間に逆から攻撃されるのだ。
ロングソードの剣術にはこうした遠心力を利用した刃先を回転させるような動きが多い。剣道には見られない動きで驚かされる。得物が両刃なこともあって予測不能な動きをされるのだ。
ガンガンと立木に打ち込んでいると不思議な無我に入り込んでくる。比較的楽な動きなので息が上がることもない。身体を動かしている感覚すらなくなって立木にと木刀の当たる角度だけに意識を集中させる機械にでもなった気持ちになってくる。
いつの間にか呼吸が浅くなっていたのか息苦しさを感じたのでペースを落として大きく深呼吸をする。そこからペースをまた上げスピードの限界に挑戦してみるが、やはり剣の重さがそれを許さない。ロングソードで超スピードでこの切り返しができたら強いと思うんだけどなあ。
日が傾くまでこの稽古をしてしまったけどそんなに実践的な動きではない。でも楽しいというか気持ちいいのでついやってしまうし人気な稽古である。
ポリオリに帰ったらこの立木、絶対作りたい。
王子もそう思ってるだろうな。
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