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その日曜日、俺たちは外出許可を取って東街の宿、もといポリオリ領事館に足を向けた。
日曜日は授業がないので朝の割り当て仕事を終えた後は外出が可能なのだ。もちろん晩飯の時間には戻らねばならないのだが。
「オミ、昼は何を食いたい?」
「うーん、チーズとハムのサンドイッチですかね」
「悪くないな。しかし肉を食いたくないか?」
「良いですね。確かに肉が足りないですよね」
「後で露店に寄って干し肉を買おう」
「干し豆やチーズも買えたら欲しいです」
「おいおい、ワインもなどと言い出すんじゃないだろうな」
寮の飯に文句はないのだが、育ち盛りである俺たちには些かタンパク質が足りない。食事は食堂で摂らなければならないが、補助食の持ち込みは禁止されてはいないのだ。もちろん腐らなくて虫が湧かないものに限定されている。最近果物に目覚めた俺には少し残念だ。当然だが酒も禁止である。
「クーゲル卿はお酒はいいんですか?」
「酔って帰る訳にもいかんだろう」
一応、王子のことはあだ名で呼ぶ。王都であっても人攫いは普通に起こるのだ。特に日曜はアカデミーから外出する高貴な身分の子供を狙う連中が居るらしい。
ちなみに俺たちは徒歩だ。馬だと露天に寄りにくいからだ。馬にも乗りたいがそれよりもタンパク質である。宿は近いしな。
領事館に着くとロレンツォたちがローストポークのサンドイッチを用意して待っていた。なんとローストチキンもセットである。分かってるなー。
まだ昼には少し早いが早速食らいつく。水で割ったワインも出てきた。前言撤回するまでもなく俺たちは口をつけた。美味い。ポリオリで飲んだ水割りワインよりもフルーティで渋みが少ない。ブドウの品種だろうか?
サンドイッチは薄切りの雑穀パンにローストポークが何枚も重なっており、薄切りのチーズとトマトも挟まっている。パンの厚みよりも中身の方が厚い。もちろん美味い。ハムじゃなくてローストポークってのが憎い。いや肉い。当たり前のようにワインとよく合う。
「寮での出費はいかほどになりましたか?」
「全てこれに書き出しておいた。オミの無駄遣いが酷い」
「無駄じゃないですよ! 新しい発明の、、、あ、この手紙をポリオリのドワーフにお願いしたいんですが」
ガラスペンのアイデアメモを描いてきたのだった。
「違うだろ。先に母君だ」
「そうです。ウルズラ王妃にお願いします」
「ドワーフに当ては?」
「できればガラス工房のオラヴィ親方にお願いできればと思ってます」
ロレンツォは別の紙に宛て先を書き記すとファイルに挟み込んだ。ファイルって言ってもプラスティックのクリアファイルじゃないぞ。ハードカバーの本の表紙のような皮のファイルである。重要文書みたいでカッコいい。
「あの、無駄遣いと認定されるようでしたら自費で買いますので言ってくださいね」
「どうかお気になさらず。前にも言いましたが普通に寮で暮らすとどれくらい掛かるのか参考にさせていただきたいのです」
「だからオミは普通じゃないものを買っておると言っておるのだ」
「今度の発明は何なのですか?」
「インクですよ。馬鹿みたいに高いし、一番安いのがテンタクルでしょ? アレだって腐敗防止にアルコールとか入って高価ですから」
しかも時間経過で薄くなるとか意味わからん。しかし墨なら半永久的に残る筈だ。小学校でそう習った気がする。
「差し支えなければ作り方を聞いても?」
「黒い煤と膠を練り合わせて固めるんです」
「ほほう?」
「使いたい時に砥石のような滑らかな石の上で少量の水と擦り合わせると真っ黒な墨液ができるんですよ。擦り具合で濃くも薄くも作れます。乾けば濡らしても滲みません」
「その墨液は保存は効くのですか?」
「どうですかね。使う分だけさっと作れるのが手軽で重宝されていたような、、、」
とはいえ俺も習字の授業の一回目だけ擦って、二回目からは市販の墨汁だった気がする。アレってなんか違うんでしょ?
「なるほど。オミ殿、発明は存分になさって構いませんが学内でのご使用はご遠慮願います」
「え、これは素材も製法もありきたりですからポリオリの特産にするのは難しいかと思いますが?」
「専用の砥石や保存用のガラス瓶など我々の入り込む余地はあるかと」
そっか、なるほど。お習字セットとして販売すれば儲けは大きいか。ガラスペンもつけてバッグは男児用にドラゴン柄の刺繍、女児用には可愛いリボン付きがいいな。
いや待てよ、ハロー◯ティなどのキャラグッズで覇権を取れるのではないか?
流石のサン◯オだって追っては来まい。それどころか任◯堂だってディ◯ニーだって使いたい放題だ!
いやいや落ち着け。お貴族様がご令嬢にケ◯ッピの文具を買い与えるとは思えない。庶民の児童がお小遣いを持つ時代になるまではこのアイデアは金にはならないのだ。くそぅ。
「オミがまた良からぬことを妄想しておるな」
「たまにありますよね、黙ったまま嬉しそうに笑ったり、すぐさま残念そうに項垂れたり」
アウグストがクスクスと笑った。
え、そうだったの? 全部顔に出てた?
めっちゃ恥ずかしい! そういうのは早く言ってよね。なんかキモいじゃんか。
「よさぬかアウグスト。オミ殿がこうしてあれこれ考えてくれるお陰で我がポリオリも活気付いておるのだろうが」
「失礼しました!」
そうかそうか。ポリオリは活気付いてるか。挽肉器は量産体制に入っただろうし、乾麺パスタはウルズラ様が号令をかけてくれてる筈だから進みも早いだろう。オラヴィ親方にもガラス製品の提案ができたから受け入れてくれた恩返しができそうだな。
「さきほど言っていた墨を擦る砥石というのは?」
「あ、はいはい。僕が使ってたのはこういうカタチをしてまして。他にも小型の水差しなんかもあった方が便利かも知れません」
ごく少量の水を出す魔術ってのは聞いた事がないからな。スポイトとかは素材が難しそうだもんな。俺と王子は思い付く限りのアイデアを描いてロレンツォに託した。
発明をするようになってから紙をふんだんに使えるようになったのがありがたい。
少しずつ贅沢に慣れてきてる事に危機感は感じるけど便利には抗えないのだ。
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