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毎日毎日座学ばかりで変化がない。
積極的に友達を作るような雰囲気でもなく、まともな知り合いは結局ディーヌベルクのリ行の四人だけだ。
行軍の時の前に居た貴族ふたりはその後ついぞ見かける事はないので退学したのかも知れない。やはりリタイヤして座り込んでいるところを女子に見られてプライドが許さなかったのだろう。可哀想に。
そう。女子はといえば、ほとんど接触する事はない。廊下ですれ違うだけだ。授業も別だ。教室移動の五分間だけが接点で、それもかなり急いでいるのでじっくり見ることすらできない。
授業後も寮まで飯に戻らねばならないし、遅れると飯抜きなのでやはり時間がない。
それでもやはり気になるのですれ違いざまについ見てしまうのだが、お貴族様のお嬢様は絶対にこちらと目を合わさないようにしている。そうする強い意志を感じる。きっと本来は見ることすら許されないというような扱いを受けているのだろう。大事に大事に箱に入れて育てられているのだ。アレッシア姫もそうだったもんな。急に、共学だから男子とお友達になりましょ、とはならないよな。下手したら自分の花嫁としての価値が下がってしまう。
そう思うとヴィート氏がアカデミーで長官に一目惚れしたっていうのも信じて良いような気がしてくる。貴族にしてはやけに平民っぽい長官に胸を射抜かれてしまったのかも知れない。
よく考えてみたら長官って典型的なギャップキャラだよな。それに長官は魔眼のせいで人の顔がよく見えないとか言ってたから男子の顔をまじまじと見たりしてたのかもな。絶対に男子と視線を合わさない貴族の女子のなかで、視線が合っても目を逸らさない美形の女子が居たらドキがムネムネしてしまうよな。うん。
ちなみに、平民女子が視線を合わせてくれたりざっくばらんに話してくれたりするかっていうとこれまたそうではない。
平民女子はオドオドしたように誰とも目を合わさず、仲良し組で固まって下を向いて歩いている。男の平民よりは小綺麗にはしているが、発育が悪く小柄で全員同じ髪型をしている。決まりでもあるのか見事に全員ワンレングスのいっこ結びなのだ。
対して貴族のお嬢は髪を下ろし、自分の毛質を活かした様々な髪型をしている。髪留めを使っている者が多い。髪留めとチュニックから覗くシャツの襟にオシャレの全てを賭けている感じがする。
そして語り忘れていたが、女子の制服の下はズボンだ。スカートじゃありません。貴族も平民も黒か紺のパンツだ。
でもまあ、軍隊なのだから当たり前だよな。魔術兵だからってヒラヒラのスカートに生足じゃ相手のテンペストが届いたが最後、エッチな雰囲気になってしまう。敵を殺す仕事の格好ではないのだ。そういえばジロ河口の基地のお姉さんたちもみんなパンツスーツだった気がする。長官もパンツスーツだしな。
ただし、長官はショート丈の上着でマントも着用せずにウエストラインを誇示してたけどな。アレってほんとはマントを付けて一瞬チラ見せのほうが効果が高くないか?
今度会ったら提案してみよう。
午後は授業の復習やノートのまとめをする。覚えなければならない事が多いので仕方ない。前世では予習復習などした事は無かったのだが、手元に教科書が無いという恐怖からやらざるを得ない。取りこぼしが無いように王子とすり合わせもする。王子は話を聞くだけで覚える事が得意なようで羨ましい。
なるべく時間をかけずに復習を終わらせたら演習場へ走りに行く。暑いので肌着で走る。腕には制服と同じ色の布を巻かねばならない。ブーツだと余りにも辛いので裸足で走る。
このところ剣術ができていないので体力が落ちないようにしなくてはならない。王子も行軍の辛さが身に染みたようで走り込みに付き合ってくれるのだが、流石に王族が肌着で裸足という訳にはいかず、上はチュニックで足元は紐でしっかり絞り上げるショートブーツだ。高貴な身分は顔以外の肌を見せないのが普通らしいので仕方ない。
汗だくになるまで走り続け、陽が傾いたら水路に飛び込み汗を洗い流す。王子には部屋に水風呂を用意しておく。本当ならここで服を脱いでしまってタオルを腰に巻いて部屋まで戻りたいのだが、服を人前で服を脱ぐのは破廉恥極まりないという事なので仕方なく湿った服のまま部屋まで戻る。この辺が何かと不自由だ。乾燥の魔術も使えないし裸も駄目とは。今での俺の裸率から考えれば今更どうということもないのだが、ポリオリの王子の従者は破廉恥大将みたいなレッテルを貼られるのは流石に良くないもんな。
部屋に戻ってストレッチや補強運動などをしていると食堂のベルが鳴るので晩飯を食いに行く。ちなみにメニューは朝昼晩全部一緒だ。朝作ったものを昼夜も食う。
俺たちはここの食事にあまり抵抗がない。ポリオリでもずっとポトフとパンだったし、旅の間は堅パンと干し肉だったのだ。贅沢は言わない。しかし甘やかされた貴族にとっては苦痛らしい。給仕も付かず、前菜もワインもないことを侮辱と感じるのだそうだ。
俺たちはこのところ、こないだ出くわしたマルキオッレ氏たちとテーブルに付いているのだが、彼らは食事中に文句しか言わない。メニューが同じことも、作ったのがシェフでないことも、食堂で食べることも全てが気に食わないらしい。
「はあ、早く卒業してまともな食事をしたいものだな。なあ、クラウディオ王子」
「そうですね、バルベリーニはワインもチーズも極上品ですからこのような粗食はお辛いでしょう」
「全くだ。そもそもアペロもなしにただ食事を掻っ込むなど家畜も同然ではないか!」
追従する笑いが起きる。俺たちも失礼が無いように微笑む。こいつは王都に来るまでも馬車に乗り、従者の作る飯を給仕してもらって食べていたのだろう。
「お主らも城で楽をしている兄たちを憎く思っておるだろう?」
「その通りです、マルキオッレ様。国軍との連携など必要なければこんな目に遭わずに済んだのですがね」
「もはや戦など何年も起きていないのだから、こんな悪習は見直す時期に来ているのではないですかね? マルキオッレ殿」
「うむ。父上たちは大昔の戦禍の亡霊に怯えておるのだろうな。我が領は第二王子から息子を出したのだからなどと我にもアカデミー入りを決断されたが逆だろうに。兄が卒業したのだからもう必要ないのだ!」
そういやそうだ。ヴィート氏は第二王子だったな。しかしバルベリーニ領主の気持ちも分かる。こんな奴を城に置いておきたくないよな。
てか、本当に早く卒業してくんないかな。こいつらと飯を食うと不味くなる。
俺たちはとっとと食い終わると先に席を立つ非礼を詫びる。
「我々は一刻も早く卒業しなければなりませんので勉強に戻ります。失礼をお許しください」
「其方らはいつもそれだな。まあ、仕方あるまい。ポリオリの懐事情も少しは漏れきいておる」
マルキオッレはニタリと唇を吊り上げた。
魔石の産出が減ってて、時計も模造品が増えて収益が減っていることを言っているのだろう。
いやらしい追従笑いが続く。
「ご存知でしたか。ドワーフたちが出て行ってからはもうどうにも」
「富める者もいつかは衰えるものだ。お主のような末席の王子が気にかける事でもないと思うのだがな。堂々といたせ、お主のせいではないのだ」
「流石ですな。マルキオッレ様は肝が据わってらっしゃる」
王子の返しが嫌味なのかただのおべんちゃらなのか判断が付かないようで、マルキオッレは行け行けというように手を振った。
はあ、やっと部屋に戻れるぜ。
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