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日が昇る頃にアカデミーにたどり着いた。
本気でもう歩けない。踵を地面に付く瞬間の衝撃がもう耐えられない。膝が逆向きに折れてしまいそうになる。脚を持ち上げる瞬間もブーツの重みで膝が抜けそうだし、脚の付け根や尻の上部にも痛みがある。ふくらはぎも膝裏からアキレス腱までパンパンだし、歩きながら足の指が何度も攣った。腰も上体を立たせておくのがもう辛い。腰を伸ばそうと前屈をするとミチミチと余り聞いたことのない音がするほどだ。
アカデミー内の広い広い敷地をなんとか歩き切って、部屋が四階であることに絶望する。
手摺に縋り付くように一歩一歩階段を踏みしめて登っていくと朝の仕事に向かう上級生たちとすれ違った。死にそうな俺たちを笑う者も居たが概ね憐憫の目を向けられた。彼らも経験者だから辛さを思い出すのだろう。
なんとか部屋にたどり着いてドアを閉めると、そのまま床にへたり込んだ。ブーツを脱ぐのも辛い。王子と二人で呻き声を上げながら背嚢を降ろしてブーツを脱ぐ。腰の剣を外して汚れたズボンを脱いで、やっとベッドに入れるというのに立ち上がることができない。
俺たちはそのまま床で寝転んだ。
昼近くだろうか。
暑くて目が覚めた。床からノロノロと起き上がって窓を開ける。しかし風は入ってこない。この部屋には一つしか窓がないから空気が抜けないのだろう。ドアを開けてみると風が強く抜けていく。気持ちがいいのでそのままドアを開け放った。装備が出しっ放しの部屋を見られるけど構うもんか。多分みんな状況は同じだ。
水差しに残った水を風呂桶に捨てて新しい水で満たすがマグカップがない。そうか背嚢の中か。出すのが面倒なので口に水を出してゆっくりと嚥下する。
「すまん、我にも頼む」
声が聞こえて、見れば王子も床で上体を起こして座り込んでいた。
「コップが背嚢の中なんでよろしければこのままどうぞ」
水差しを渡すと少し逡巡してからジョッキで水を飲むようにぐいぐいと煽った。
俺はベッドに倒れ込む。そのまままた眠ってしまおうかと思ったのだが、もうしっかり目が覚めてしまって腹をさする。
「腹が減りました」
「まもなく昼だ」
寝たまま王子を見ると荷解きを始めていて、懐中時計のネジを巻いていた。
俺は立ち上がって窓から下を見下ろす。ここからは下の水路が見えるのだ。何人かが水浴びしているのが確認できた。
俺は風呂桶にぬるま湯を溜めた。
「よろしければ風呂をどうぞ。僕は水路に水浴びに行ってきます」
「うむ」
俺は服を着替えてからタオルを持って部屋を出た。本来なら水浴びをしてから清潔な服を着たいが、昼間から寮内を裸で歩いて良いものか判断が付かない。水路脇でパンツを脱ぐのもだ。
階段を降りていく。筋肉痛は残っているが膝や股関節の痛みはもう大丈夫そうだ。いやはや長距離歩くのは久しぶりだったけど結構辛かったな。落ち葉払い以降は馬子さんの手伝いも止められてしまったから何気に普段の歩く距離が短くなって足腰が弱ってたんだな。剣術や乗馬とはきっと少し使う筋肉が違うんだろう。
水路に来てみると、水路で水浴びしてるのは平民ばかりだった。お貴族様はやっぱ平民に肌を見せたりはしないのだな。水路でわいわいするのは楽しいのに。
水路は床面も石組みなのだが、毎朝の当番制で誰かしらが泥かきをしているからとても綺麗だ。ザブザブしても泥が舞わない。水深は脛の半分くらいまでしかないが水路の中に座り込んで頭から水を被ると大変爽快だ。
昨日の行軍で橋をくぐったけど、あれが上水道って言ってたから、きっとこの水は水源に近い清潔な水なのだと思う。
すっかりリフレッシュした俺は部屋に戻って荷解きをし、王子のぶんも洗濯を済ませた。
洗濯桶の水や風呂の残り湯は廊下の窓の外側にある雨どいに捨てて良い事になっているので桶に汲んで捨てる。何往復もしなければならないので面倒だ。誰も見ていなければ魔術で持ち上げて一発なんだけどな。
そうこうしてると昼になったらしく食堂の方からガランガランと手持ちの鐘を鳴らす音が聞こえたので王子と連れ立って食器を持って食堂へ向かった。
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