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 次の四点鐘が合図となって俺たちは錨を下ろし、帆を畳んだ。

 セールに張られた網を梯子代わりに登り、ロープを使って帆を上にめくっていく。

 真ん中をたくし上げて、セール中腹にぶら下げられていたロープで結んで完了だ。


 フォアマストに横帆が4枚張られているのに加え、ジフと呼ばれる三角帆が6枚。メインマストの縦帆を入れると11枚の帆を畳む。

 かなり厚みのある帆は扱い易いとは言えず、これだけでもかなりの重労働だった。


 へとへとになってマストから降りてくるとやっと飯の時間だった。


 この船は船員が半分で非番が無しなので航行中は昼飯の暇がないのだそうな。

 結構暇な時間はあったけどなと思うものの、そうもいかないんだろう。


 そして驚くことに飯は白米だった。

 残念なことにほっくり炊いた白米ではなく塩粥だった。

 薄く塩味のついた重めのお粥にドライトマトの付け合わせ。

 食事はそれだけ。


 質素といえば質素だが、俺は10年ぶりに米が食えて幸せだった。

 主食も副食もなしの芋入り魚スープばかりを10年間食べてきたのでどっしりとした炭水化物の食感は感動的ですらあった。


 もっちゃもっちゃと食い進め、一粒の残りもなく丹念に掬いとり、ため息混じりに手を合わせるとキコ氏が奇異なものを見る目で俺を見ていた。


「好きか、それ?」

「ええ、美味いですね」

「マジか」


 キコは皿ごと食いかけの粥をこちらに寄越した。

 くれるのかしら?

 ありがたく受け取って食い出すとキコは口を開いた。


「俺はパンが食いてえ」


 そうすると周りにいた他の船員も深く頷いて同意した。


「ああ。パンを食えばチカラが湧く」

「パンさえ食えればこの手足の痺れや奇妙な疲れから解放される」

「早くパンにありつきてえなあ」


 おや、変な雲行きだ。

 ただの好きな食べ物の話じゃないのかな。


「諸君、邪魔するよ」


 そこにバルゲリス長官が入ってきた。


「海佐!」

「お疲れ様です!」


 立ち上がる船員たち。


「よいよい、休んでいろ。、、、オミクロン、お前はわたしの部屋に来い」

「はい!」


 バルゲリス長官はそれだけ言って食堂を出て行こうとして、振り返った。 


「坊主の世話役はキコだったか?」

「はい! 自分です!」

「オミクロンの寝床は用意しなくてよい。わたしと同衾だ」

「はい?」

「此奴はわたしのイロ(情夫)だからな」

「、、、、!」


 不敵な笑みを浮かべ長官は踵を返した。

 俺は慌てて後に続いた。


 俺は歩きながら長官を咎めた。


「なんであんなこと言ったんです?」

「その方が面白かろう」

「イジメられるじゃないですか」

「うんまあ、そうかもしれんが短い期間だ。詳しいことは後で話す」




 長官の部屋はブリッジのすぐ下。船長室の向かい側。船の最後尾にあたる部分だった。

 本来、士官の作戦室にあたる場所なのだろう。

 大きなテーブルの上には数種類の地図が広げられ、定規やコンパスが雑然と置かれていた。

 

 興味をそそられて地図を覗き込む。


「ここがアーメリア王国。北の方はエルフの森。この山脈の向こう側はサナと呼ばれる地域。お前の村はここだ」


 指差す位置を見るとアーメリアを囲む山脈のわずか内側だった。


「あの村はアーメリアの南の端だったんですね?」

「うむ、しかし王はこの地図に描かれた世界全体がアーメリアだと主張している。エルフやサナ人は王の威光が届かぬ蛮族なだけだと」


 ふむ。

 王様は強欲なようだな。


「しかし実際はこの山脈に囲まれた部分が王の支配下ということですね?」

「そうだな、サナには細かな部族が多く集まっていてな。奴らはアーメリアの傘下には入らんと主張しておる」

「敵対しているので?」

「このジロ河が奴らの聖地だが、河岸の北側には我が軍の基地と製粉施設を持っている。そこでも特に衝突はないな。サナ人の感覚だとアーメリアは取るに足らない小国らしくてな、というのも奴らの勢力はこの辺りまで広がっておる」


 長官は地図の下半分の大半を指で示した。

 山脈に囲まれたアーメリアの4倍ほどの広さがある。


「奴らは騎馬民族なのだ。この辺りの広大な草原で放牧をして暮らしを立てておる」

「ほほう」

「冬の乾季はジロの河沿いに、夏の雨季は南の果てまで移動を繰り返すのが奴らの生活だ」


 あれかな、モンゴル民族的な感じかな。


「草原だけあってサナの土地は実に肥沃でな。我が王国の下に置かれれば総力を持って灌漑を進め、サナ全体を“大穀草地帯“にすることができるだろう」


 うわあ、やめなよ。

 何で大国ってのは領土を広げたがるんだろう?

 なんとか長官を説得してやめさせよう。

 というか、あんまり軍に深く関わるとこの辺と戦争させられそうだな。


「とは言うものの、これはわたしのぶち上げたサナ調査のための建前でな」

「あら」

「サナの騎馬民族と争っても絶対に勝てん」

「そうなんですか?」

「そうさ、奴らはまだ小部族の集まりでしかないが、男どころか女もほぼ全員が訓練された騎馬兵のようなものでな。強力なリーダーが現れて奴らがひとつになったら最後、我々はひとたまりもない」


 あれか、それこそチンギス・ハーンが中国を治めてヨーロッパや日本にまで勢力を伸ばしたようにか。


「わたしは気ままにサナの地を探索できればそれでよいのだ」

「あっそうなんですか」

「わたしは幼い頃から炭鉱の坑道に押し込められてばかりでな。それが嫌で軍に入り、それからは一度も家には近づいておらぬ」

「ああ〜、そういう事情がおありで」

「ああ、魔眼持ちであるが故にな、、、」


 長官はいったん両手を地図についたが、手を離し背筋を伸ばした。


「既にサナの海岸線に関しては調査済みだ。海岸沿いは森林に覆われているので内陸の草原地帯までの規模感を見たい。後はサナに南の果てと言われている地域の先に何があるのかも知りたい。西側もどこまで続いているのか、そちら側には船で回り込めるのかも知りたい!」


 まさに大航海時代の幕開けって感じだな。

 長官は探検家だったんだな。


「わたしの家はかなり大きな発言力を持った家だが、流石に軍の命令には逆えまい。それでこうした構想をぶち上げてみたのだ」


 いろいろ辛かったんだな。

 超能力少女の悲しい過去ってヤツだ。


「それはそうと、お前の魔術を見てやろう」


 おっと、忘れてたがそれが本題だった。

 いよいよ俺の魔術編が始まるのか、、、。



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