202
202.
街道を抜けて、いよいよ冬城が目前に迫った。
ここにも門が作られて、有事には閉ざせるようになっている。
冬城は元はこの街道を守るための砦だったのだろう。
いわゆるお城という感じのトンガリはなし。
塔はあるけど見張り台という印象を受ける低めの円筒形。
城壁の中に飾り気のない無骨な四角い石造りの建物が鎮座していた。
4階建くらいの高さしかない。
街道から城を隔離させるために新造されたであろう壁が敷地を区切っている。
その回廊の長さから察するに、規模的には大きめの小学校くらいのサイズではないだろうか。
城の庭を校庭と思えばちょうどそれくらい。
凄く立派で大きいかと問われればポリオリ城よりは小さいと答えたくなる。
お堀もないし。
でも住居としては格段にデカいよね。
城の正面側に回り込み、見ると門が開放されていた。
多くの馬車が庭に泊り、庭師が働いているのが見えた。
馬車は屋根付きの貴族用ではなくて農家が使うような屋根も幌もない粗末なヤツ。
城の主人がいない間に掃除をする業者か何かだろう。
興味深く覗いていると、ふと風向きが変わった。
「うわ、臭!」
「早く行きましょう」
ロレンツォに急かされて急いでその場から離れた。
「いや、酷い匂いだったな」
「アレは一体何ですか、冬城っていつもこんなに臭いんですか?」
「タイミングが悪かったな。おそらくゴング農家が来てたんだ」
「あの馬車の数を見た時に気付くべきでしたね」
ゴング農家って何処かで聞いたな。
「王子、ゴング農家ってトイレの中身を回収する業者さん、、、でしたっけ?」
「そうだ。これがあるから夏城と冬城を交互に行き来しなければならんのだ」
ああ、そっちがメインなのか。
気候的な快適さが引っ越しの理由じゃないんだ。
ポリオリでは下水用の水路があったもんな。
流れる先はカイエン−ポリオリ・ルートで見たミニグランドキャニオンみたいな地域を細かく分岐して通過する感じだったし、カイエンの水源はそれとは関係ないクレーターの中心の湖だったもんな。
ポリオリは土地が少ないから人口が過剰に増えることも無さそうだしアレでいいのか。
下流に街があったら問題になるもんな。
「オミはよくゴング農家を知っていたな」
「確か、ジロ河の下流の基地のトイレ事情を聞いた時に教えてもらったんですよ」
「トイレ事情に興味があるのか」
王子は苦笑した。
「僕の育った村では、川からも海からも離れた高台に掘った穴がトイレで、毎日ギルド職員が焼き切ってくれていたんですよ」
「ふむ、ポリオリの果樹園のトイレと一緒だな」
「え、あそこも誰かが焼いてくれてたんですか?」
「うむ、ただ単に土に溜めておくと毒が発生してしまい、果樹が枯れてしまうのだそうだ」
そうだったのか。
人知れず働く人のおかげで安心して用が足せていたのか。
「まあ、あそこはトンマーゾしか使わんから自分で焼いてもらえば誰に迷惑が掛かるわけでもないしな」
え、マジか。
済みません。俺も毎日使ってました。
言ってくれれば毎回焼いたのに。
ごめんよトンマーゾ、、、。
「そうそうトイレ事情といえば、村のギルドで王都はトイレ事情が酷いから行かない方がいいと教わったんですけど、やっぱそうなんですか?」
「うむ、城壁の外に広がるスラムはそうらしいな。以前は北門の外にだけにスラムがあったのだそうだが、最近は西門側にも広がっているらしい」
そういう棲み分けがあるのか。
「南と東はスラムがないんですか?」
「南側は商人が作った街があるから自警団によって不法滞在者は徹底的に排除される。東側は軍隊の施設や宿舎が多くあるからこちらも整備されている」
そして我々は南から入城するから問題なしという事か。
ひと安心だな。
「ところでオミ、さっきのゴング農家だがな、ちょっとした噂がまことしやかに囁かれているんだ」
「お、なんですか。そういうのは大好物ですよ?」
陰謀論だろうか?
都市伝説も面白いよな。
「我も良くは知らんのだが、かつてゴング農家は馬子と同じように忌避される職業だったそうなんだが、とある貴族が各地に点在するゴング農家の支援を始めて、やけにゴングの連中の羽振りが良くなっているというのだ」
「へえ、着る物が良くなってるとか回収先の町で沢山お金を落とすとかですか?」
「いや、回収作業は雇った人間にやらせて、元々ゴング農家をやってた連中は豪邸に住んでるというのだ」
「儲かってるんですね」
「そういうことなのだと思うが、不思議だろう?」
不思議かしら?
家畜の糞と一緒に堆肥にして売るようになったという話じゃないんだろうか?
堆肥を使い出したのは割と最近だとリロ氏が言ってたしな。
それも転生者の知恵なんだっけ?
「加工して肥料として売ってるんじゃないんですか?」
「それならゴングの作った肥料として流通しているのが知れ渡るはずだろ?」
「農家だけが知ってるって事はないですかね」
「有り得ない。領主が金を出さねば農家が自分の金でこっそり買える訳がない」
そっか。
そういや、この世界の農家は全員が領主の持ち物として農業をやらされている農奴なのだった。
当然、現金収入は無いし自分から農法を改善しようなどとは思わないのか。
「なるほど不思議ですね。それでそのとある貴族ってのは?」
「それも分からんのだ。しかし、貴族の口利き無しに石工に工事は発注できん。奴らは秘密主義だからな」
石工か、豪邸といえば石造りだもんな。
木の家なら自分らで頑張れば作れないこともないが、石の豪邸は石工が居ないと作れないか。
「なんで石工は秘密主義なんです?」
「そもそも石切場の場所を秘密にしないと、下手すりゃ石の取り合いになって最悪、戦争になるから秘密にするのだそうだ。まあ儲けを独占する為の方便と取れないこともないがな」
「尾ければ分かりそうですけど」
「誰かそんな事をする? 石切場を発見できても石工の技術が無ければ築城は出来んのだ」
「そっか」
それで石工が仕事をしたことは知れても秘密主義だから発注元は伏せられているって事か。
なるほどなるほど。
「でも王子、噂の出所は石工だとしたら変じゃないですか、秘密主義なのに」
「違うんだ。最近ゴング農家に三子や四子を嫁がせる貴族が増えて来ているというのだ。数年前なら有り得ないことだ」
ああ、それなら噂になるわ。
噂になって後ろ指を指されるだろうに、それを上回る利益や恩恵があるってことか。
「うおー、それは不思議ですね! なんでそんなに儲かってるんでしょう? それに多分、お金だけじゃなくて貴族の方々がどうしても手に入れたい何かを押さえてるってことですよね。何なんです?」
「いや、分からんから不思議なのだろうが」
王子は笑った。
うーん、本当に分からん。
ウンコが金に変わるもの。
ウンコが金、ウンコが金、、、
首を捻っていると、先行するロレンツォが振り向いた。
「あそこが本日の宿です。食事が美味いので有名で、地元民も食事に押しかける名店ですよ」
「おお」
ウンコのことは幾ら考えても分からなそうだからもういいや。
バルベリーニの名店となれば期待できそう。
さて、お手並みを拝見させて頂こうじゃないか。
宿に近づくと裏手から子供が飛び出して来た。
「お泊まりですか?」
「うむ、二人部屋をふた部屋頼みたい。空いているか?」
「はい、もちろんです! お食事は?」
「晩と朝、両方もらおう」
「ありがとうございます! では馬をこちらに!」
隣接する馬子屋に馬を乗り入れる。
かなりの数が預かれるスペースがあるが、ガラガラだった。
馬車も四台ほど屋内で預かれるみたいだ。
マジで大店だな。
馬の背から荷物を下ろし、鞍を外しているとさっきの小僧さんが馬草を用意してくれた。
「今、水を汲んで来ますんで!」
「あ、待て。水なら出せる」
「ありがとうございます! では桶はこちらをご利用ください。私は主人に来客を伝えて参ります!」
「頼んだ」
テキパキしてて凄いな。
こんなサービスがいいなら部屋も食事も期待できるな。
他の泊まり客の馬が居ないのはまだ時間が早いからだろう。
宿に入ると主人が迎えてくれて直ぐに部屋に案内してくれた。
一階は小さなロビーとフロントデスクと食堂。
二階と三階が客室のようだ。
俺は王子と同じ部屋。
荷物を降ろしてベッドを確認。
清潔だし申し分ない。
主人の説明によると別料金でシャワーも浴びれるらしい。
良い宿じゃないか。
晩飯までは時間があるから町中をちょっと見て回ろうと王子と部屋を出ると、ロレンツォ氏とアウグスト氏が眉を顰めて何やらボソボソと話し合っている。
「どうした?」
「クラウディオ様、何やら様子がおかしいと思いませんか?」
「そうだな。他に客はおらんのだろうか?」
「普段ならもう地元民が酒を飲みに集まり出していておかしくない時間です。あきらかに変です」
「襲撃だろうか?」
「まさか冬城の城下では有り得ないとは思いますが、気になります」
そっか、襲うならもっとポリオリから離れてからにしたいよな。
もっと人里離れた時とか。
「我々は市中にてそれとなく探って参ります」
「王子は素知らぬ振りをして主人に探りを入れて頂けますか?」
「相分かった。頼むぞ」
「は!」
ふたりは急ぐ事なくブラリとした感じを装って宿を出た。
俺たちは遅れて階下の食堂へと向かう。
誰かに狙われてるのか?
何というか、こういう緊張はこの世界に来て初めてだ。
俺は階段を降りながら無意識に腰の剣を触る。
人を切る覚悟をしなければならないのかも知れない。
手に汗が滲んだ。
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