02
決心のとおり、次の日から俺は頑張り始めた。
と言っても今までも頑張っていたのだったが。
というのも学校もない漁村の生活は大人の手伝いが遊びであり仕事だからだ。
例えば貝を拾うとか、海老取りの仕掛け作りとか、そういうことが親の手伝いであり、オヤツや晩のおかずを増やすことであり、何より楽しい遊びだったのだ。
10歳になった俺は親父の銛を貸してもらい大人達に混じって遠浅の海に立って魚突きをやることになった。
ここの海は真夏でも水温は低い。
川の水も相当冷たいのでそのせいかもしれない。そのため大人ほど体力がない子供たちは唇が紫になってくる。
低体温症の兆候だ。
それを見計らったように大人から別の仕事を頼まれる。それは貝拾いだったり畑の収穫の手伝いだったり、焚火の準備だったり、小さい子ども達の監督だったりだ。
その日は急に冷え込んできた為に焚火の準備を頼まれた。
俺たち10歳までの子供たちは流木を集め、細い流木から順番に浜に積み上げた。
それが終わるとギルド長を呼びに行く。この村で火魔術が使えるのは数人のギルド員だけだったからだが、俺たちは特にギルド長のバルドムが好きだった。彼は大袈裟に詠唱を行い必要以上に大きいファイアーボールを打ってくれるので子供たちに人気だったのだ。
「バルドムさん、焚火頼まれたからファイアーボールお願い!」
この村のギルドは漁や畑の収穫を纏めて計算して分配している。
バルドムはいつも厳しい顔をして帳面を付け何かを計算している。
「おお、今日は寒くなったからな。おいラムダ火ぃ付けてやれ」
「ええ〜バルドムさんがやってよ〜」
「俺が付けるとあっと言う間に燃え尽きちまうから親方衆に嫌がられるんだよ」
「大丈夫! 今日は太い流木が沢山獲れたから」
「うーん、じゃあ俺が行くか」
「やったー!」
そんなやりとりをしながら浜にギルド長が降りてきてくれた。
焚き木の前に立ち、積み具合を確かめてから子供たちに下がるよう指示して空を仰ぎ両手を広げた。
「そいじゃ行くぞ!
“ああ精霊よ!火の精霊よ!我ら矮小なる者に力を貸したまえ!空を焦がす業火をもって我らに正義を与えたまえ!”」
そう唱えるとギルド長の両手の間に光の粒が集まり、塊となる。それを両の手で押し込め圧縮するようにすると炎に変化し、勢いよく射出される。
「ファイアーボール!」
火の玉は焚き木に直撃かと思いきや手前に落ち砂にぶつかって削れるように消えてしまった。ワザとだ。
落胆する子供たち。
「こんな焚き木に火を付けるのにファイアーボールなんか要らんて、、、
“火の精霊よ、我に闇を払う燈を与えたまえ”
キャンドル!」
ギルド長はそう言って人差し指の先に小さい火をおこし、ピンと弾いて焚き木に飛ばした。
火はキレイな放物線を描いて焚き木の真ん中に着火して煙を上げ始めた。
「火なんてもんは小さいほうがいいんだ、キャンドルならお前らでも少し練習すれば使えるようになる。ただ、詠唱を憶えたいなら字を読めるようにならなきゃいかん。字の勉強に来い。俺はいつだって塾でお前らが来るのをまってるんだぞ、いいな?」
「はーい」
ここまでがいつも通りのやりとりだ。子供たちはファイアーボールが見れて満足。しかし誰も塾に行こうとはしない。
みな字の勉強より海に出ているほうが楽しいからだ。そしていつも計算ばかりしているギルド員のようには誰もなりたくないのだ。
ギルド員は月に一度訪れる軍艦に物資を届けるのが主な仕事だ。その度に少ないとか足りないとか怒られて謝っている。
謝ってペコペコして、少しばかりの麦とか鉄とかを分けてもらう仕事。
それがギルドの仕事。
そんな風にはなりたくないからギルド主催の塾には誰も行かない。
俺も昨日まではそう思っていた。
ギルド員はカッコ悪いと思っていた。
漁こそが世界の全てだと思っていた。
そうじゃない、違う、前世の記憶を取り戻した俺には理解できる。
ギルド員はこの国の公務員であり税務官だ。そしてギルドを統べているのは海軍を擁する王国。
軍を持っているということは他にも国があるということだ。富があり、戦争がある。
そして何より重大な事実!
誰でも魔術が使えるようになるだって?
俺は塾に通うことにした。