168
口の中、特に喉の奥のあたりが酷く爛れていた。
何らかの毒を飲まされたのだろう。
「これは蛇の毒ですな」
俺たちの後で遺体を見分した高齢の男性が断定した。
多分、医者なのだろう。
おい、医者なら率先してやれよ。
そう思ったけど口には出さなかった。
「ではもうよろしいですかな?」
ガスプーチョがそう言うと皆が頷いた。
え、爪の間とか調べたりしないの?
ちょっと言いにくいけど肛門とかも?
てか解剖もしないの?
胃の中身は?
ミカエルの遺体はシーツらしき大きな布で包まれると、また担架に乗せられた。
ちょっと待って欲しい。
うろ覚えだが、蛇の毒は血液に直接入らないとその毒を発揮しないのではなかったか。
だったら注射とか針を刺された跡を探さねばならないのではないか。
「あ、あの。その蛇の毒というのは確かで?」
医者に睨まれた。
「何だね、この子は?」
「先生、失礼しました。他国から預かっている客人でして。我々と少々常識が違っているのです。後で良く言っておきます」
「ふむ、やたらと死体にベタベタと触るから馬子かと思ったが、、、ふん、穢らわしい」
王子が擁護してくれたが医者はぷいと立ち去ってしまった。
穢らわしいってさ。
担架はまた馬子に運ばれ馬場近くで馬車の荷台に乗せられ何処かへ運ばれて行った。
ルカを含めた俺たちは王子の部屋に集まった。
メイドが食事を持って来たが王子は顔を顰めて断った。
「おい、オミ。さっきのはどう言う事だ?」
「すみませんでした。僕の知識だと蛇の毒というのは口から飲んでも効かないんですよ」
「それはまことか?」
「ええ、噛まれて血液に直接入らないと死なない筈です」
ひと呼吸置いて、王子は聞いて来た。
「オミよ、お主は何故そんな事を知っている?」
あれヤバい。
疑念がこちらに向いてしまったか。
俺は暗殺者でも毒のエキスパートでもないぞ。
弁明したいが、俺が転生者であることはここでは一応内緒なのだ。
あれ?
内緒だよね?
長官からは何と言われていたんだっけ?
ひょっとしてバラしても問題なかった?
ロンド氏も居たくらいだからな。
「すみません。それについては長官から許可を頂かないとお教えする事ができません」
王子は背もたれに寄り掛かり、脚を組んだ。
「ふむ。お主もしや転生者か」
え、バレてた?
「どうだ図星だろう。初めて会った時から薄々そうではないかと感じておったのだ。姉君からの使者。そして数学に異様に長けておって、何故かこの世の常識をあまり知らない」
うーん。
その通り。
「あの、長官の許可を、、、」
王子は薄く笑みを浮かべた。
ヤメテ。
俺はポーカーフェイスとか無理なんだよ。
全部態度にダダ漏れなのだ。
「よかろう、、、。ルカ、頼まれてくれるか?」
ルカ氏は頷いて部屋を出て行き直ぐに帰ってきた。
メイドさんか誰かに伝言を頼んだのだろう。
ええっと、長官が来るまでの当たり障りのない話題がないかしら?
なんだか凄く気まずいんだけど。
ありがたいことに王子が話題を提供してくれた。
「お主、遺体が片付けられる時も慌てておったが後は他に何を調べたかった?」
あんまりありがたくない話題だった。
慌ててたかしら?
もう王子は全てお見通しか。
俺は爪の隙間とか諸々の調べるべき箇所とその理由を話した。
と言っても俺だって推理小説とか刑事ドラマで聞き齧っただけの浅い知識だ。
こんな風に人に教えるような立場ではないのだ。
「ふーむ、なるほどな。確かにその通りかもしれん。お主の世界ではそれは誰の仕事なのだ」
あ、もう転生確定で話が進んでる。
長官はまだかしら。
「それは医者の仕事でして、死因を突き止めるのが専門の医者も居るのだとか、、、」
「それで医師に噛み付いたのか」
「いや、噛み付いた訳では、、、」
どうにも話し辛い。
「教えておいてやる。この世界において遺体を切り裂くなぞ非常識極まりない行為だ。そもそも亡骸に触れるのは戦場でその者を屠った勝利者の特権でな。それ以外の者が遺体に触れると呪いがかかると言われている」
そうか、剥ぎ取りが認められてるんだっけ。
前にロッコに聞いたな。
戦に出ると敵の武器が手に入って儲かるみたいな話だった。
「でも死者には病死の者や餓死者なんかも居ますよね?」
「病死した者は触らぬ方が良いだろう。餓死者も同じだ。そもそも医者ですら病人には手を触れぬ」
え、触診とかしないの?
そういえば昔のヨーロッパの医者は実作業は全部下っ端にやらせて医者本人は後ろで腕組んで見てるだけなんだっけ。
怖すぎる。
てかそれでルカに触らないように注意されてたのか。
でもわざわざ注意されるくらいだから王子はそういうのに抵抗がないのかもしれない。
「王子は遺体とかって割と平気なんですか?」
「うむ、我は狩りをしてそれを食う事に慣れておるからな」
ああ、魚も一緒に食べたよね。
「死体を恐れていては鹿は捌けん」
え、あの大きさの動物を捌くのは抵抗あるなあ。
俺はちょっと無理。
「なんだその顔は、さっきはあんなに積極的に死体に触れて居たではないか」
「あれは馬子さんたちにばかり汚れ仕事をさせるのは悪いと思って、、、」
「そうか、お主は馬子から馬の世話を教わっていたのだったな」
そうなんだよ。
すっかり仲良くなったから差別的な扱いなんかはしたくない。
「そういえば、何故馬子さんたちは忌み嫌われているのですか?」
「ふむ、お主に話した事はなかったか、、、」
王子は立ち上がって話を始めた。
いつもありがとうございます!
ついでに下のいいねや⭐︎もポチッとしていただけるとやる気が出ますので是非ワンタッチお願いします!




