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走って城へ戻る。通用口から入り一旦自分のフロアへ行く。
城の内部はアリの巣のように複雑怪奇で、慣れた通路を使わないと位置関係が把握できないのだ。
俺の部屋のフロアの半円状の廊下の中央の階段から上にあがる。
あがったそこは厨房のあるフロアでメイドたちや執事たちが上にも下にも行けるように彼らの詰所がある。忙しい人たちのフロアだ。
メイド室の前の階段から更に上を目指す。
ひとフロア飛ばして次の階が城おじのルカや教師たちのフロアだ。
階段を登り切った入り口の左手二つめが俺の思うミカエル氏の執務室だ。
ノックする意味はないかも知れないが一応ノックをしてみて返事がないのを確認してからドアノブを回してみる。
もちろん鍵が掛かっている。
そのままドアをガタガタとゆすってみる。
そこで、俺は俺の嫌な予感が的中したのを確信した。
ドアをゆすって中の空気が少し漏れて来たのだろう。普通ではない嫌な匂いが鼻を突いたのだ。
顔を顰めてルカの部屋にとって返すがルカは留守だった。
そりゃそうだ。
兵に頼んでお堀の板を回収して復元するって言ってたもんな。
こうなることは薄っすら勘付いていたのだからあの場でルカの帰りを待つべきだった。
頭が回ってないな。
何気に少々パニック気味かも。
ああ、携帯電話が恋しい。
この場で直ぐに呼び出せるのに。
俺は小走りで階段を降り再びお堀を目指した。
早く早く、少しでも早く。
いや、急ぐ必要はないかな?
いやいや、急いだほうが良い。
さっきのお堀に着くと数名の兵士が縄を操って板の回収作業をしていた。
ルカも居る。
俺は駆け寄った。
「ルカさん、ミカエルさんは別の部屋も借りてませんでしたか?」
「よく知っとるな。ワシやお主の前任の教師が使っとった執務室をたまに貸しとった」
「その部屋の見分は?」
「しとらんが、、、まさか?」
「そのまさかではないかと」
ルカは掌で自分のおでこを打った。
「珍しくノエから鍵を返してもらったから何処か引っ掛かりを感じていたのだがまさか、、、ええい!」
ルカは走り出した。
俺も追う。
階段の途中でルカはバテて膝を手で押しながら登って行った。
ルカの部屋に寄って鍵を取り、怪しい執務室へ。
鍵を回してルカは手を止めた。
ルカも気づいたらしい。
荒くなっていた息が整うまでたっぷり待ってからゆっくりドアノブを回した。
そうしてくれて俺も助かる。
この空気は肺いっぱいに吸い込みたいものではない。
ドアを開けると独特な匂い。
ええと、諸君らは変死体の匂いを嗅いだ事があるだろうか。
俺は初めてだ。
キツイ話なのだが、腐臭の前に鼻に付くのは汚物の匂い。死体から漏れた糞尿の匂いだ。
その後に甘いのにもの凄く嫌な感じがする腐臭。
その臭いをひと嗅ぎすると部屋には入らずルカはそのままドアを閉めた。
ドアの奥は嵌め窓が閉められ真っ暗だった。
「オミよ、済まぬが手伝ってもらえるか?」
「もちろんです」
「では蝋燭を持ってこよう。先ずは窓を開けねば」
「灯りの魔術が使えますが、それでもいいですか?」
正直な話、蝋燭の明かりではちょっと怖い。
血や死体を踏んづけるのはできれば避けたい。
「明るいのか?」
「精霊よ、光の精霊よ。我ら盲の目に標を与えたまえ。闇を払う強き標を、ルチェ・ソラレ」
指先に明るい光が灯った。
さらに光を少し増やして指先から遠ざけた。
良かった、覚えてた。
「よし、では入るぞ」
「はい」
申し訳ないがドアは目一杯開けて開けっぱなしで部屋に踏み込む。
目に入ったのは倒れた椅子。
そして宙からぶら下がる誰かの足。
ああ、自殺だったか、、、
俺はそれらをあまり見ないように注意深く避けて奥の窓に取り付いた。
そして嵌め戸を引き抜く。
スリット状の窓から外光が差し込み部屋全体を明るくした。
見れば、天井の梁からぶら下がっているのはやはりミカエルだった。
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