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「先生、どちらへ?」
「いや、お邪魔しちゃ悪いかと、、、」
親方は悲しげに眉をひそめた。
「先生、失礼を承知で申し上げます。我々ドワーフの礼儀で申し訳ないんですが、酒を贈ったという事は盃を共にしようという事です。ここで先生をお帰ししたらウチの工房の名が落ちます。どうか」
奥さんもうんうんと頷く。
そういう事なら仕方がないか。
「では、ご相伴させてください」
「そう来なくっちゃ! じゃあ先生はこちらに」
ガシと肩を組まれた。
そういえばこの世界のアルコールは何歳から合法なのだろうか。
違法じゃないよね?
「ドワーフの皆さんの事を知らなくて申し訳ないのですが、皆さんはお幾つくらいからお酒を嗜むものなんですか?」
「母乳を卒業したら直ぐですな。もっともそれは液体の酒ではなくて酒を醸す白キノコを潰したものですが」
洞窟の中で育つドワーフの主食ってヤツか。
「それを瓶に詰めて暫く置くと酒精が濃くなりますんで大人はそちらを飲みます」
「なるほど」
工房の奥の部屋に案内されると作業台らしき傷だらけの木の机にグラスが並べられていた。
「では、、、」
親方はボトルのコルクを抜いた。
軽く刺してあるだけだから簡単に手で抜ける。
「それでは我々の新しい友情に。キップス!」
「キップス!」
多分、乾杯のことだ。
俺はグラスに口を付けワインを口に含んだ。
甘みが少なく酸味が強い。
舌がざらつくエグ味も結構ある。
アルコールは低め。
前世の感覚でもあまり良いワインではないと言える。
「うむ、美味い! これがワインか!」
「あ、初めてで?」
「ワインは他国からの輸入品ですから我々の口には滅多なことでは口に入らんですな」
「なるほど。奥さん、お味はどうですか?」
「とても味が強いですね。私たちの飲むユオマと比べると酸味は弱いですがそれ以外の味が色々して大変興味深いです」
ドワーフの酒はもっと酸っぱいのか。
するとイェネクト氏が口を開いた。
「それにやっぱりこの色が魅力的ですね。透明なガラスにこだわり、高値が付くのも納得です」
イェネクト氏はグラスを高く掲げ中身をクルリと回してグラスの内側に張り付き流れ落ちるワインの色をしげしげと見つめた。
「そうだな。あと匂いを楽しむためにグラスのフチをすぼめなきゃってのも納得だな、、、」
親方はグラスに鼻を突っ込んで匂いを嗅いでいる。
ただ飲めるってだけでテンション高めなのかと思ったら仕事熱心でもあるんだな。
自己紹介なんかをしながら飲んでいたらあっという間にボトルは空になってしまった。
四人で飲むにはワイン一本は少なかったかも知れない。
ちなみに奥さんの名前ははシリリャ。親方はオラヴィというらしい。
二人は夫婦でイェネクト氏は親方の弟なのだそうな。
兄弟仲が良くて良いな。
ちなみにお子さん達はもう別工房を立ち上げそちらで働いているらしい。
その工房はより精度の高いガラス細工であるレンズを作るための工房で、従業員を何人も抱える大工房なのだそうな。
二人とも誇らしげだった。
「ところで先生、我々の酒に興味はありませんか?」
「あ、ありますあります。飲んでみたいですね」
「アンタあんなモノをお城の方にお出しするなんて失礼だよ」
「いえいえ、大丈夫です。僕は貧しい漁村の生まれでドワーフの皆さんとは交流が一切なかったんでとても興味があります」
「では、まず白キノコそのままから、、、」
親方は床に置いてあった布を被した籠から白い塊を取り出した。
いわゆるキノコと分かる形はしていない。
古い切り株の周りにできる黄色い硬い塊みたいな見た目をしてる。
アレもキノコの一種な筈だがら同じような菌類種なのだろう。
それをナイフで切り分けてくれた。
皆が口に入れたので俺もいただく。
「では、、、」
味は殆どない。
生のマッシュルームを少しスポンジっぽくした感じと言えばいいだろうか。
アルコール感も殆ど感じない。
「これに火を入れると変わるんですよ」
イェネクト氏が残りのキノコを鉄板に乗せ、窯に入れた。
窯の余熱で良いらしい。
少し待ってから出すとキノコが汗をかいたようになっている。
それを指でひょいと摘んで口にする。
「あ、結構な甘みがありますね!」
「そうなんです。面白いでしょう?」
「ええ。それに美味しいです」
「これを熱いうちにすりつぶして素焼きの甕に入れておくとこうなります」
親方は工房の隅に置いてあった甕からオタマで白く濁った液体を掬い出した。
それをお茶碗みたいな陶器の器に注ぐ。
「いただきます」
飲むと完全にドブロクだった。
甘酒のアルコール濃度を上げたやつ。
濁り酒の濁りをめっちゃ濃くした感じ。
「おお、これは美味いですね!」
「先生、イケる感じですか?」
「ええ。なんならワインより好きですね」
これには親方も奥さんも嬉しそうだった。
うんうんと頷き戸棚から微かに白濁りした液体の入ったボトルを取り出した。
「これを濾してボトルに詰めて半年くらいたったものがこちらになります」
注がれた酒を口に含むとかなりの酒精。
味はかなり酸っぱめの日本酒のようだった。
お酢になりかけなのもしれない。
「これはこれでめっちゃ美味いです。これは魚に合いそう、、、」
「先生、分かっておいでで!」
「干した魚も焼いておきました」
すかさずイェネクトが窯から小魚の丸干しを取り出した。
いつの間に入れたんだ?
受け取って頭から齧り付く。
パリッとした頭の香ばしさにワタの苦味。
これこれ、これよ。
すかさず酒を口に流し込めば魚臭さを洗い流し魚の旨みだけが後味として鼻を抜ける。
「これは最高ですね!」
感極まってそう口にすればドワーフ達は一瞬固まった後に大笑いした。
「先生アンタ、本当はドワーフなんじゃないかい?」
「頭から魚に齧り付く人族なんて初めて見たよ!」
「それに急いで酒を口に運ぶ感じなんか全く俺たちと一緒だよ」
キャッキャと大騒ぎだ。
「いやー、漁村育ちだからですかね? 前から頭を捨てる人を見るたびにもったいねえなと思ってたんですよ」
「いや先生は名誉ドワーフだわ。飲みっぷりも気に入った!」
「アタイ達の祖先がこの地に根を下ろしたのも鉱物だけじゃなくて魚が獲れるからって言われてるくらいだからね」
「おいアニキ、アレもお好きなんじゃないか?」
「どうだろうな、、、?」
「アレは流石に、、、」
なんだよ、気になるじゃん。




