114
王子の授業後の午後の稽古は色々だが、比率的に多いのは騎士団の皆さんとの騎士武術の稽古の割合が多い。
騎士というのは馬に乗ったまま戦う事に特化した部隊なので剣はもちろん槍や弓、ランスを使った決闘の練習など習得すべきメニューが多いので当然だろう。
その騎士団を率いる王族ももちろんである。
これらの稽古は馬に乗るのがやっとの俺にはレベルが高すぎる。
乗馬の上達のためだとポロのような競技にも誘われたこともあるが、あんなの馬を怪我させる未来しか見えないのでお断りさせていただいた。
その他、騎士団との稽古は概ね遠慮させていただく。
じゃあ何をするのかと言えば、サナ語の辞書の執筆である。
執筆ができそうな日は執事さんかメイドさんに言って文書館に夕食を持ってきてもらう。
文書館はずっと明るいので幾らでも書き物ができるのだ。
以前、文書館で執筆せよとトンマーゾ氏言われた時は面倒に思ったが、自室だと多分夕方五時くらいまでしか書き物はできない。
窓は付いてるが方向が良くないのか暗くなるのが早いのだ。
朝が早いから寝るのも早くて問題ないのだが、それではいつまで経っても執筆が進まない。
長官のお呼びが掛かるまでに書き終えておかないと未完の書になってしまう。
文書館で飲み食いして良いのかって?
トンマーゾがそうしているから問題なしだ。
トンマーゾはトンマーゾで歴史書の執筆で忙しい。
最初はマッテオ氏の授業の書き起こしだけやっていたが、それでは本の体裁にならないと授業ごとに前文や補足などを書き足している。
少し読ませてもらったが、歴史書を新たに作る意義や領主への謝辞から始まり、今までの歴史書への文句、執筆時現在の世相などが書き記され読み応えがある。
俺が辞書を目次から作ろうと黒板びっしりに項目を書き出していたら、トンマーゾがそれを見て感銘を受けたらしく何か喚いていた。
本に目次を付けるのは大発明らしい。
ページ数を紙の端に書き込むとさらに便利になるよと教えたら俺までやらされそうなので黙っておいた。
俺の辞書は、といっても辞書というかこれも教科書とか参考書といった感じだ。
挨拶の仕方から始まり、時間に合わせた挨拶。あなた私といった敬称。簡単な例文。
疑問形の使い方、形容詞編、副詞編、現在形過去形、現在進行形過去進行形といった感じにサナ語を学べるようにした。
そしてシチュエーションに合わせた会話例、最後にひたすら単語をジャンル別に羅列していく。
天気、動物、食べ物、身体の部位、感情表現、五感の表現などなど。
例文を考える時にどうしてもリンに言われた例文が頭をチラつく。
例えば形容詞編だと「私の胸は平たい」などだ。
その場で聞くと爆笑間違いなしの破壊力だったが、文字に起こすと意味不明なことこのうえない。
却下だ。
ところで、文書館がいつまでも明るいといっても城は別だ。
映画やアニメ、ゲームで見る中世の城にはそこいら中に松明や蝋燭が立っていて明るいが、それはめちゃくちゃ裕福な城だけの話であろう。
ポリオリはそこそこ裕福な国ではあるが夜に明かりがあるのは門の辺りと夜勤の衛兵の詰所くらいである。
つまり窓のない廊下は真っ暗である。
夜に移動する時は蝋燭の明かりを持って歩く。
ちなみに外は前述した通り風が強いので蝋燭を持って果樹園を抜けるのはむりである。
ビュービューなのである。
そんな訳で真っ暗になる前にお開きにする。
大体夜七時くらいだ。
このくらいだとまだ空が薄っすら明るいのでなんとか城にたどり着ける。
晴れた夜なら夜中でも月明かりで城まではたどり着けると思うが、そこまで天候に気を向けながら残業するのも面倒だ。
門の所で蝋燭を借りて部屋まで行き翌朝に返す。
ちなみに蝋燭があっても自室にたどり着くのは多少苦労する。
城というのは侵入者が迷う様に、迷路とまではいかないがかなり複雑に通路が作られているのだ。
自分の部屋とはいえ、かなりの集中力を必要とする。
しかも、どの部屋も同じような木の扉で表札だってないのだ。
間違ってメイドさんの部屋にでも押し込んでしまったら現行犯逮捕か、責任を取って結婚の二択になってしまうだろう。
我々、下々の部屋には鍵なんてないのはもちろん、メイドさんには若い子も居るが妙齢の淑女もいらっしゃるのだ。
そんな恐ろしい賭けには出られないのだ。
これ以上婚約者を増やすような真似はできない。




