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「防衛を強いられたクスカの民は数万。一方、ガルダナから送られてきた戦士は数千。数だけ比べれば圧倒的クスカの有利だがガルダナ側は戦意の高さが違う! 彼らはクスカを落とすために鍛えられた精鋭じゃ! そして決戦当日、、、」
俺は口を挟む。
「事前に交渉とか、通達とか、宣戦布告とかそういうのはなかったんですか?」
「またお主か、、、。事前交渉はあったらしい。当時クスカは城外の畑を放棄し、全ての民を城内に招き入れ、かつてのエルフの居住区をそ奴らに解放しエルフの農地を引き継がせていた。それが功を奏し、数年分の食料を備蓄していたと噂されていた」
「上手くやれてたんですね」
「うむ。そこに目をつけたガルダナはクスカの全収量の1/4をガルダナに寄越すよう交渉に出た」
「大きく出ましたね。それで?」
「もちろんクスカはそれを拒否。代わりに農業指導者を何人か派遣しようと、そう提案した」
え、それは悪くないよね。
饑餓さえ何とかできれば侵略なんてする必要がないのだから。
「良い案ではないか?」
王子も口を挟んできた。
「ガルダナをその案を蹴ったのか?」
「はい。当時ガルダナは女たちに農業を任せ、男は全員が戦士として育てられました。その体制でガルダナに流れてくる難民を撃退。男は全員殺し女は農奴として迎え入れ労働力を増やす。それで上手くやれていたのです」
王子が顰め面をした。
「では何だ。今回の作戦もクスカの食料を奪うのが目的ではなくて、女と農地を奪うのが目的か」
「さようで。男は皆殺し。女は奴隷としながらも子を産ませてもよし。そういう考えだったようです」
男ばかりが集まって全員が脳筋になると、そんな最低な案すらまかり通ってしまうのだろうか?
男ってホント最低よね。
でも戦いに明け暮れてて、ふいに「ハーレムを作れるよ」と言われたら腕っぷし自慢の男なら揺らいでしまうかもしれないよな。
「それで、どうなったのだ?」
王子が尋ね、マッテオ氏が我が意を得たりと頷いた。
ババン!
「決戦当日、その日は雨じゃった! 長旅を終えてクスカにたどり着いたガルダナ兵にとってそれは不利に働くはずじゃったがクスカ壁外には放棄された町と農地があった。荒れ果てた農地には野生化した野菜が実り、家々にはまだ屋根があった。ガルダナの兵はそこで雨を凌ぎ腹を満たし、決戦に向けて英気を養う事ができた!」
おお、なんとも皮肉な。
「ガルダナの使者がクスカの門の前に立つ。曰く『門を開け放ち、我らが軍門に下るのであれば男であっても命は取るまい。門を開けよ!』とな、もちろん返答はない。ガルダナは巨大な破城槌を用意した。それは成人男性一人でも抱えきれぬ太い巨木を切り出したものだった。数百人がその槌に取り付き門を破壊しにかかる!」
王子が身を乗り出す。
ここまで下地を知るとやはり気持ちが乗るものだ。
きっと王子はクスカを応援する気持ちで聞いている筈だ。
もちろん俺もクスカに勝ってもらいたい。
「通常であれば、破城槌を振るう敵というのは無防備なのでここに矢を放ち、火を放ち、叩くのが防御側のセオリーじゃ。しかしクスカは沈黙!」
「何故だ?!」
王子の問いかけに答えずマッテオ氏は続ける。
「破城槌を幾度となく打ち付け、いよいよ門が破壊されガルダナ兵が怒号をあげてなだれ込む! しかしガルダナ兵は足を止めた!」
何だ何だ?
「世界樹の力で光に満たされている筈のドーム内が真っ暗だったのじゃ!」
おお、罠を張ったのか!
「しかもじゃ、通常、門の先は広場になっておる。それがどうしたことか、細い通路が左右に伸びるのみ。天井も低く、剣を振り上げることもできない! ガルダナ兵は勢いよく突き進むことができず、一時撤退を余儀なくされた。そして松明を用意して改めて侵入を試みるが、やはり足は進まない! 何故か?!」
「何故だ?!」
「王子、想像してくだされ。天井が低い所で松明を使うとどうなります?」
王子の頭の上にハテナマークが浮かぶ。
「そうです! 松明を高く掲げる事ができないのです! 顔の前に火を持つしかなくなり、これでは先が見通せません!」
なるほど!
クスカは完全に準備を整えて待ち構えてたんだな。この策士め!
「そろりそろりと足を進める斥候が通路の角を曲がった所で突然倒れる! 床に落ちた松明に照らされたのは通路の奥に見えるクスカの弓兵じゃった! しかし敵が見えた以上、怖気付くガルダナ兵ではない! 剣を抜き、怒号をあげて走り出す! そこにクスカの二の弓、三の弓が矢を放たれガルダナ兵はこともあろうか松明の上に倒れ込んでしまう! そしてまた訪れるまことの闇、、、恐れ知らずのガルダナの猛者もこれでは進むことができん。息を潜め、目を凝らし、聞き耳を立てると奥からは弓を引き絞る音、、、」
すると突然金物を木に打ち付ける音が鳴り響いた。
全員がビクッとして音の方を振り向くと、おずおずとドアが開けられた。
顔を覗かせたのはメイドさん。
「あの、お食事はいかがなさいますか、、、?」
ドアノッカーの音だったか。
そしてもう昼だったか。
「あの、、、」
「いただこう。待たせてしまって済まなかったな」
一瞬、面白いところを邪魔しやがってとメイドを睨みつけた王子だったが、落ち着いて返事をした。
「時間がもったいない。続きは食事をしながら聞こう、オミも諸兄らも同席してくれ」
いつもは食事は別だ。
王子とはメニューが違うからだ。
メイドさんが尋ねる。
「では食事は客間で?」
「うむ、できるか?」
「はい、ではご用意いたします」
メイドさんは早歩きで出て行った。
俺も着いていく。
王子の部屋にあるA4黒板を取りに行きたかったからだ。
話が続くならメモは取りたい。
メイドさんは扉のない部屋の前に立ち、執事長に食事場所の変更を伝える。
「クラウディオ王子がお客様とお食事をご一緒するそうです」
「マッテオ様と?」
「はい、あとトンマーゾ様とオミクロン様もご一緒するそうです」
「そうか、では第五客室を使っていただこう」
「はい。ご用意いたします」
ちなみに俺はその第五会議室の場所を知らない。
下働きをする人たちの食堂は炊事場の直ぐ横だが、そことは別なのだろう。
メイドさんはすぐさま歩き出し王子の部屋の二つとなりの扉の鍵を開けた。
中央に長いテーブルのある絨毯敷きの豪華な部屋だった。
メイドさんは窓のはめ戸を外して明かりを入れると机の上をさっと拭き、それで準備完了。
メイドさんは俺を見てちょっと困った顔をする。
「あの、お手伝いして頂かなくても大丈夫ですよ?」
「あの、すみません。僕は王子のところから黒板を持ち出したいんです。食事しながら授業が続くみたいなんでメモが取りたいんです」
メイドさんは頷くと部屋を出て王子の部屋に向かった。
メイドさんはお盆に乗った食事を手に取り、俺は黒板とチョークを引っ掴んで部屋を出る。
メイドさんが会議室の上座にお盆を置くと執事長が何処からかカートに乗せた食事を持って来て下座に並べる。
所作が流れるようで美しい。
王子の急な我儘にも慌てることなく即座に対応するあたり、流石だなと思う。
この人たちもプロだな。
いや、この城にはその道のプロしかいないのか。
ど素人なのは俺だけか。
「ではオミクロンさまのお席はこちらになります。このままお待ちください。お客様方を呼んで参ります」
「ありがとうございます」
執事氏に言われ俺は頭を下げる。
すると執事氏から一言。
「オミクロンさまはメイドや執事への対応を少々学ばれた方が良いかもしれませんね」
「あ、何か不味かったですかね?」
「ええ、まあ。ルカさまと相談しまして今度お声掛けさせていただくことにいたしましょう」
「はい、よろしくお願いします!」
俺はまた頭を下げた。
するとトンマーゾとマッテオの話す声が聞こえてきた。
「なんじゃと? ルカがあの手紙をあの小僧に読ませたというのか?」
「まあ、よいではないか。古い話だ」
「よくないわ。そもそも何であ奴があの手紙を持ってるんじゃ!」
マッテオがぷりぷり怒っている。
部屋に入って来るなり俺を睨みつける。
何だ何だ、手紙?
あ、手紙といえばルカ氏に何か読まされたな。
婚約者に宛てたような恋文を。
あれマッテオさんの書いた手紙だったのか。
え、それをルカ氏が持ってるのは確かに何でなんだろ?
ひょっとして、あれはルカ氏に宛てた手紙だった?
ご両人はそういう感じ?
ここへ来て老人ふたりのBLストーリーが始まるの?
俺自身はそのケはないが、別に嫌悪感もない。きっと需要もあると思うがどうだろう。