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それから数日経った。
イータとイオタは毎日ギルドに現れ、字の練習をしている。ふたりは直ぐに読み書きを覚えて、いよいよ本格的に魔術の訓練に行くはずだったのだが、、、。
ふたりは字の覚えが良くなかった。
毎日同じことをしているのに、何かが抜けたり、鏡文字になってしまったり、これの次はなんだっけ? と順番が分からなくなってしまったりして中々「合格」とは言いにくい成績なのだ。
バルドムに相談しても「普通はこんなもんだ。すぐに覚えたお前がおかしい。じっくり時間をかけて教えてやれ」と協力はしてもらえなかった。
ふたりも、特にイータは毎日同じ事の繰り返しなのが飽きたようで態度が悪くなってきた。
「はーあ、今日もまたおんなじことを粘土に書くだけ? いい加減飽きたわ」
「仕方ないだろ、全部の字が書けるようにならなかったら次には行けないんだから」
「もう全部分かってるわよ!」
「じゃあなんでテストで間違うんだよ!」
「テストなんかするからでしょ?!」
不毛なやりとりだ。
でもまあ単語なんかに行ったほうが追々字も正しく覚えるかも知れない。
「じゃあ、単語に行こうか?」
「単語? 何それ?」
「物とかの名前とかだよ、例えば『魚』はこう書く、、、」
「また字? もう字は飽きたわ!」
「ええ? じゃあ何しに来てんの?」
「このままじゃあたしが魔術に呪われて家族が危ないって言うから来てるんじゃない! なのに毎日まいにち字ばっかり! バカじゃないの?!」
「こっちは自分の時間を削って字を教えてるのにバカとはなんだ。俺だって教えたくて教えてる訳じゃないんだぞ!」
「じゃあ辞めればいいじゃない!」
挑発的なこの一言で、逆に俺の頭はクールダウンした。辞めてやると言ってしまうのは簡単だが、仮にも呪いの危険のある少女を救うミッションなのだから簡単に投げ出す訳にはいくまい。
イオタに至っては僕らの怒鳴り合いが怖いのか泣きそうな顔になっている。
筋トレ、勉強、女に優しく!
そうだ、これは人生勉強だ。そして女だ。今は真っ黒いガキだが、あと10年、いや5年もすれば俺好みのシュッとしたいい女になる可能性がある。いや、きっとそうだ。
俺がこの世界で大事にする努力目標のふたつが並んでいるのだ。やらねばなるまい。
「じゃあ今日は字の練習は休んで遊ぼう」
「え、いいの?」
「歌でも唄って楽しく過ごそう!」
「え、歌?」
「そう。女たちは畑仕事しながら歌を唄うんだろ? それを教えてよ」
「なによ、急に、、、」
「まあ、いいから。さん、ハイ!」
ふたりはおずおずと歌い出した。
俺は歌詞をメモしながら聴いていた。
単純なメロディとシンプルな歌詞。
前世でいうところの童謡とか子守唄という感じだ。
「いい曲だね。なんていう唄?」
ふたりは顔を見合わせて困惑しているようだった。曲名がないんだろうか?
「これはね、母さんが子供の頃に住んでた村で唄われてたヤツなんだって」
珍しくイオタが口を開いた。
「ホントはね『森と土の唄』なんだけど、ここには森ってないから歌詞を変えて『海と砂の唄』って唄ってるの」
そう言って顔を赤らめた。
姉を差し置いて発言したことに照れてるのだろう、可愛い。同い年だけど。
「ああ、だから『砂は海の母』なんだね。ホントは『土は森の母』なんだ?」
「そう、だから『海は鳥のゆりかご』なの。ヘンだよね?」
イオタはくすくすと笑った。
この村で見られる海鳥は海に浮いていることもあるが、巣は崖の岩穴に作っているのは村人なら誰でも知っていることだ。
「ふん、アタシがちっちゃい頃は『森』で唄ってたわ。そしたらタウとかファイが森なんかないのに変だって言い出して勝手に変えて歌い出したのよ。変えた方がヘンなのに」
イータの言い方はぶっきらぼうだったがイオタを見る眼差しは優しかった。良い姉なのだろう。
俺にも前世で弟がいたけど、仲は悪かった。自分勝手なことを言い出すクセに都合が悪くなるとすぐ泣いて俺を悪者にするのだ。
弟が中学に入る頃にはもう口を聞かなくなっていた。俺の働いているコンビニには来たくないのか、わざわざ離れたコンビニまでチャリで行っていた。
今も親の居なくなったあの家にひとりで住んでるのだろうか?
光熱費や固定資産税は払えているのだろうか?
そもそも元気なんだろうか?
この世界に来て初めて俺は郷愁を感じた。仲の悪い弟のことを思い出したのにおかしなことだ。
「オミくん、泣いてるの?」
気付くとふたりが顔をのぞき込んでいた。泣いてなんかないやい。
「僕も覚えたいからもう一回唄って」
俺はふたりに「森と土の唄」を教わった。歌詞をさらに変え「土は森の母」は「海は雲の母」に、「木々は鳥のゆりかご」は「砂は貝のゆりかご」にしてみた。
イータはヘンだと言っていたが、イオタは良くなったと言ってくれた。
最後にこの歌の節に合わせてアルファベットを歌詞に乗せて遊んだ。ふたりはちょっとウンザリしつつも諦めたように合わせて唄ってくれた。
バルドムやラムダ達は呆れたように見ていたがやめろとは言わなかった。