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「という訳で、ミカエル様に叱られてしまいまして、、、」
「ふむ、しかし我も言われた通りに歴史の本や貴族の本は読んでいるのだぞ?」
うん、知ってる。
「そこでです。そもそも、僕がこの国のことを何も知らないんで教えていただけませんか?」
「我が?」
「はい、今までも剣術や乗馬を手取り足取り教えてくれたではありませんか。お願いします!」
王子は少し考えた。
「まあ、確かにな。我が教わっている時間よりもお主に何か教えている時間の方が長いか、、、」
「そうですよ、クラウディオ王子師匠!」
「ふむ、、、」
王子はまんざらでもなさそうだ。
「よかろう。では何からどうする?」
「この国の歴史からお願いします」
「よし」
王子は立ち上がり棚に置いてあった本を取り上げた。
「この本を貸してやろう。この国の歴史が全て書いてある」
「そうではありません。王子が大事な部分をかいつまんで教えてください。ちなみに建国はいつなんです?」
「む、建国は、、、」
王子は本を開き、最初の方を何ページかめくった。
「書いてないではないか!」
「なるほど、分からないほど古いということですね。どのような成り立ちなのでしょう?」
王子は本を開いたまま目を泳がせた。
「ええと、この地には昔からドワーフが住み着いていて、炭鉱を営んでおった」
「ドワーフの国というのは多いのでしょうか?」
「いや、かつては種族ごとに別の国を作っておったらしい。エルフはエルフの国、ドワーフはドワーフの国といった具合に」
「では獣族や人族も?」
「いや、獣族は国を持たなかったそうだ。いや、獣族の土地というのはあったらしいのだが、王だとか法だとかそういうのはなく、小さな部族の集まりだったらしい。今でもそのような感じだな」
「ほほう、人は?」
「人族も国を持たず、その頃はエルフに使役されていた」
「あ、その辺はギルドのマニュアルに書いてあったんで読んだことがあります。西方から人族が立ち上がってエルフに立ち向かったのだとか」
「そう、それがカイエンだ。カイエンはエルフから逃れて来た者たちが立ち上げた初めての人の国だ」
「なるほど、では何故カイエンが王都ではないのですか?」
「それはな、、、」
王子は時折り本をめくって確認しながらこの国の成り立ちを教えてくれた。
カイエンにはカイエンに人がたどり着いた時を元年と数える独自の暦を持っているとか、今は王都を中心としたアーメリア建国からの暦が標準であるとか、今まで知らなかったことが大量にある。
俺はひとまずA4黒板にメモを取って聴いていたが、ノートが欲しい。
王子も歴史が覚えられないのってノートを取らないからじゃないの?
しかし、紙100枚のノートが銀貨2枚か、、、。
ちょっとどころじゃなく高いよな。
ジロ河のほとりに沢山生えてた紙の代わりになる葉っぱはこの辺では見かけない。
違う葉っぱで代用できるだろうか?
いやいや、王族に葉っぱでノート取らせるのはなんかマズイ気がする。
かといって紙を無駄使いしては国庫に負担が出そう。
なんか良い案がないかしら、、、?
俺は文書館にデカい黒板があったのを思い出した。
「王子、こないだ文書館に行ったら大きい黒板があったのを見たんですが、他にも大きな黒板ってあったりします?」
「あれか、あれはあそこだけだな。父の執務室にもあるが我々が使えるものではない」
「ちょっと今から文書館をお借りして続きをやりませんか?」
「まあ、良いが、、、?」
「じゃあ行きましょう。ささ、、、」
俺たちはルカ氏に声を掛けてから文書館に移動した。
文書館の主であるトンマーゾ氏にも許可をもらう。
「王子の勉強の為とあればどうぞお使いください」
「我のではなくオミのだがな?」
「同じことです。王子が何かしらの勉学の為にここを使ってくださるのなら光栄なことです」
「うむ」
俺はA4黒板にメモした内容をデカ黒板にざっと書き写す。
注釈入りの箇条書きという感じだ。
「先ほど教えていただいた内容がこちらになります」
「ふむ」
「何かこの時代で付け足しておきたい重要な事柄などありますか?」
王子は黒板を眺めながら顎をさすった。
「そうだな、ポリオリの人々が、いつどこからやって来たのかについてまだ話してなかったな」
「おお、なるほど。お願いします」
「時期についてはこれも確かな記述はないのだが、カイエンの民と出自は同じと言われている」
「あ、そうなんですか?」
「北方のエルフの国での奴隷生活から逃れた人々が南へ流れていく先々で奴隷にされている人々を勧誘し、数を増やしながら移動を続け、ここポリオリに到達。当時、ドワーフは農業を営んでくれる労働力の不足に悩んでいたため人族の移住を歓迎して受け入れたのだそうだ」
「ははあ、、、」
「しかしポリオリは土地が狭く、全ての人が住める訳ではない。更に先を目指した連中がたどり着いたのがカイエンだったという話だ」
なるほど、そういう流れだったのか。
俺は大まかな地図を黒板に書いた。
そこに矢印で人の流れを書く。
ポリオリは細長く、カイエンは丸く書く。
ジロ河も書き加える。
長官の部屋にあった地図をもっとよく見て覚えておけば良かったな。
「脱北した人々の移動が終わり、それから世界はそのまま安定していたらしい」
「この頃は戦争とかがなかったんですね?」
「そのようだ」
「この時代はどれくらい続いたんです?」
王子は本をめくる。
「それもよく分からんな。この本に書いてあるのは主にエルフが移動を開始して世界が混乱期に入ってからの歴史が中心になってるな」
「なるほど、では今日はここまでにしましょう。ありがとうございました」
俺は深々と頭を下げた。
王子の部屋と文書館での授業を合わせて1時間ちょっとかな。
本格的に歴史の始まる前の前史としては充分なのではないだろうか。
ちょっと休憩してからドワーフの暮らしについて聞いてみよう。
なにしろポリオリに来てからまだ一人のドワーフも見ていないのだ。
街に出れば普通にいるらしいが、基礎知識は頭に入れておきたい。
その前に黒板を綺麗に消しておこうと雑巾を手にすると鋭い声が飛んできた。
「待たれよ! それを消すのか?」
トンマーゾ氏であった。
「ええ、休憩を挟んで次はドワーフについて教わりたいので、、、」
「書き残すべきだろう! 世界の歴史だぞ?」
「だって、既に書かれた本があるじゃないですか」
俺は王子の本を指差した。
「お主はあの本は読んだか?」
「いえ」
「王子、ちょっとお借りしても?」
「うむ」
トンマーゾは俺を手招きし、机に本を開いて見せてきた。
長ったらしい冗長な文章がダラダラと続く要点も何も分からない。昔の難しい小説みたいだ。
どこまでが事実でどこからが著者の感想なのか俺には判別できない。
「こんなので歴史を勉強するんですか?」
「お主もそう思っただろう? 王子の簡潔な説明は実に的を得ている。お主の至極簡単な覚書も非常に分かりやすい。これはこの国始まって以来の偉業になるぞ。残せ!」
俺と王子は顔を見合わせた。
「そう言われましても、、、」
「もうよい、ワシが書き残す!」
トンマーゾは黒板を上下入れ替えた。
「これでよかろう、下を使え!」
トンマーゾはプリプリ怒りながら書棚に行き紙束を持ってきた。
机に座りペンを取る。
「いいんですか、こんな事に貴重な紙を使って?」
「こういう事に使わなくてどうするのだ、門兵の日誌か? カカカッ、あちらの方がよっぽど無駄じゃわい!」
トンマーゾは怒ったまま高笑いという器用な技を見せた。
どうやら門兵が日誌に紙を使うのは許せないらしい。
いやいや、ギルドの日誌は面白かったよ?