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 それはそうと、俺たち「入江の住人」の見た目についてだ。


 なんていうか、目鼻立ちは割とハッキリしている。

 そして黒髪が多い。目の色は茶と黒が半々くらいの割合だ。

 西洋人っぽいといえば、ぽいのだが、中東系なのでは? と突っ込まれたら強く反論できない。

 スペイン、イタリア、ギリシャ辺りにいれば自然かもしれない。


 かといってポリネシア、ミクロネシアみたいな「海の人たち感」もある。だって、なんつったって海だし。日焼けで真っ黒だし。ほとんど裸だし。

 でもインドとかにもこういう顔立ちのひと居るよねと言われればそんな気もするのだ。

 そんな感じだ。


 俺の両親については割と美男美女といえるが、俺自身の顔についてよくわからない。

 だって鏡がないんだもん。

 水面に写る顔なんて逆光だわ風が吹いて揺れるわでとてもとても鏡の替わりにはならない。

 そういう描写の絵本やアニメを散々見てきた気がするが、ちょっと文句を付けたいところだ。


 一方、バルドムたちギルド員は金髪だったり青眼だったり、きっちり西洋風だ。

 正直、現世でいうヨーロッパ人の顔つきで国が特定できるほどは人種について良くは知らないのだが、ギルド員らの名前からはラテンヨーロッパの香りを感じる。

 どうあれ、海軍があるくらいなのだからある程度は豊かな国なのだろう。

 いつかこの眼で見て回りたいものだ。


 そう、いつか。

 俺は大人になったらこの村を出る気マンマンだが、それを思うたびに両親に申し訳なく思ってしまう。


 特にかあさんは俺に立派な漁師になってもらいたいと思っているようで、何かと言えば、お父さんみたいになれるように頑張れと口癖のように言うし、初めて魚を獲れた時も一番喜んでくれたのはかあさんだった。

 あれから何度も何度も俺が突いた魚が美味しかっただの、誰よりも早く獲物を獲れて立派だの、事あるごとに褒めて煽ててくるのだ。

 目が良いだの、集中力があるだの、銛の扱いが上手いだの、よくそんな褒める項目が思いつくなと逆にかあさんの「褒め力」を尊敬できる程だ。

 もちろん俺だって褒められて嬉しいのだが、とうさんが苦笑しているのを見るとやはり褒め過ぎなのだと思う。

 男ってモンはもうちっと厳しく育てなければならないんじゃないかと助言してみようかな?

 まあ、褒められる度に俺が耐えきれずにニヤけるのが面白くてやってるだけかも知れないけど。


 とにかく、そんな風に俺に期待してくれてる両親を置き去りにしてふらりと村を出て行って良いものかと、人道的にそれはないんじゃないかと俺の良心が囁くのだ。


 思春期の頃合いを見て「うるせえなババア!」くらい言ってみた方が良いかもしれない。


 そんなこと口にしたら、とうさんがどんなリアクションをするか心配だけど。



 イータとイオタがギルドに現れた次の日、俺がギルドに到着すると予想通りイータとイオタが待っていた。


 二人ともズタ袋ワンピースを着て裸足なのはいつも通りだが髪をすいたのか、心なしかボサボサ感が少ない。

 やはり身だしなみという概念はあるにはあるのだ。勉強を教わる立場としてなかなかの心構えと言わざるを得ない。

 俺はフンドシ一丁だがそれは仕方ない。だって服なんて持ってないんだもん。


 それはそうとして授業だ。

 俺は座った二人の前に立ち、ラムダに教わったのと同じようにギルドマニュアルの最終ページにある文字の一覧表を見せた。


「こんな風に文字には大文字と小文字があるんだ。今日は大文字を勉強しましょう」


 そう言って書取りをスタートしようとしたらイータが口を挟んだ。


「なんでふたつもあるの?」

「え?」

「だから、なんで大きい字と小さい字があるの?」

「えーと、大きい字は文章の始めや、人とか物の名前の一文字めに使います。こんな風に」


 俺は何ページか戻して文章を見せた。


「ふうん、大きい字はあんまり使わないのね。じゃあ小さい字から覚えましょ? ね、イオタ」


 勝手に授業内容を変えられてしまった。


「ち、ちょっと待って。大きい字を先に覚えないと」

「なんで?」

「なんでって、、、俺が先生なんだから言うこと聞けよ」

「なんで?」

「二人とも俺に字を教わるんだから俺の言う通りにするのが普通だろ?」

「そうなの?」

「そうだよ!」

「ヘンなの、あたしは年上だし魔術を使えるわ」

「僕は魔術はまだだけど字は読むのも書くのもできるし計算もできる」

「あたしが習いたいのは安全な魔術よ。字や計算じゃないわ」

「ぐぬ、、、」


 一瞬、イータをひっぱたいてやろうかと思ったが、ぐっと堪えて深呼吸。怒りは6秒待てば何処かに消えてくって言ってたのは誰だっけ? 1、2、3、4、5、6、、、

 ほら、落ち着いた。

 冷静になってみれば簡単なことだ。習いたくないなら別に無理に教える必要はない。


「あ、そう。じゃあお好きにどうぞ」

「ふん」


 論破してやったわと言わんばかりに鼻を鳴らしてイータは字の表を眺め出した。

 イオタは横暴な姉と俺を見比べてオロオロしている。

 俺はそんなイオタに少し笑顔を見せると向かいの席に腰掛け、読みかけのギルド日誌を開いた。


 業務日誌なんか面白い訳がないと思うよね? 

 いやはや、これがまた面白いのだ。


 要は村のサバイバルの記録なのだ。

 開村してまもなくの頃、上手く行かない漁。遅々として進まない村の整地建設。続く雨。少なくなっていく食料。仲間割れする村人たち。

 種籾にする筈だった麦に手を出してまで飢えを凌ぎ、漁を続け、いよいよ撤退の判断が迫る秋口!

 なんと、鮭の遡上が始まり魚がどんどん獲れるようになったというのだ。

 喜びに湧く村人。胸を撫で下ろすギルド員たち。そして村長のジルの妻ベニータが身篭って村は更に活気づく!


「、、、ねえ、ちょっと。これを見れば字の形は分かるけど、なんて読むのよ」


 良いところだったのにイータが声を掛けて来た。

 俺に習うんだか習わないんだかハッキリして欲しい。


「左から順にアー、エー、イー、オー、、、」

「コレは?」


 だから何で順番を飛ばすんだよ?

 俺は舌打ちをグッと堪えて答えた。


「ティー、、、」

「ふん、じゃあこれであたしの名前になるわね!」


 紙の替わりの粘土の端っこにイータは小さく自分の名前を書いてみせた。

 なんだ、まずは自分の名前を書きたかったのか。カワイイかよ。

 俺は大袈裟に驚いてみせた。


「なんだ! イータはもう書けるじゃん! じゃあじゃあ、イオタはどう書く?」


 イータはアルファベット表を見ながら、イオタは姉の手元を見ながら粘土に名前を書いてゆく。


「そうそう、スゴイスゴイ! でもってシータはこの字、エスから始める」


 イータもイオタも真剣な眼差しで粘土に母親の名前を記した。


「ラルゴはどう書くの?」

「ラルゴはこう、、、」


 俺は自分の粘土に大きくラルゴと書いた。

 聞いたことのない名前だが多分死んだ父親の名前なのだろう。

 ふたりはそれを見ながら慎重に粘土を魚の骨で引っ掻いて字を記す。


「これで家族が揃ったわ」


 イータもイオタも満足そうだ。

 しかしまだだ。


「ひとの名前の時は最初の字は大きい方の文字を使うんだ。こうなる」


 俺が粘土にお手本を書くとイータは嫌な顔をした。


「書けてるから良いのよ」

「ダメだよ、これじゃひとの名前って分からない」

「いいのよ、アタシが分かれば!」

「良くない、大事なひとの名前は大事にすべきだ」


 イータは俺を睨んできたが、イオタは素直に書いてくれた。

 イータはそれを見て


「確かに最初を大きくすると特別な感じになるわね」


 と呟いて、イオタに倣った。

 かと思うとまた大声を出した。


「なんで小文字と形が違うのよ!」


 そう来るんじゃないかと思ってたので俺は驚かなかった。


「元々は大きい方が正しい字だったんだけど、より簡単に書けるように小文字が出来たんだ。ちょっと形は似てるでしょ?」

「ふん、似てないじゃない、、、」


 ブツクサ言いながらイータは家族の名前を書いた。


 思い付いた事があるので俺は俺の粘土の表面を擦ってさっき書いた字を消した。

 それをイータに渡す。


「大きく並べて4人の名前を書くといいよ」

「なんで? 何度も練習させたいの?」

「違うよ、干してから焼けば頑丈になる。家の入り口に下げれば表札になるよ」


 イータは何も言わずに家族の名前を書いた。

 ああ違うとか曲がったとか口の中で言いながら何度もなんども書き直して表札を作った。

 イオタも同じように何度も書いて練習した。


 二人が粘土板を見せ合って微笑んだ時、俺は何とかなりそうだな、と思った。


 かあさんにいつもされているように二人をおだてたからだろう。

 ありがとう、かあさん!



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