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EP7:「喪失」


「エル? おい、聞いてるのか?」


 焦りを感じる中、晃輝はひたすら彼女の名前を呼び続けた。

 何度も呼び続けたが何も変わらない。AEGIS本社に入った頃から彼女の応答がないことに違和感を覚えた。

 白渡とは交渉し、協定するということになったが。AEGIS本社から出た後、晃輝は初めて焦燥感にかられる。

 舌打ちをしながら急いで走って帰路についた。




 


♢♢♢




 


 家へと戻ってきた晃輝は、すぐに自室へと戻っていった。

 エルのメインデータは晃輝の自室にある、急いでパソコンを起動させ作業に取りかかろうとする。

 

「ハッキングを受けた、……?」


 晃輝は焦りを隠せない。エルの声が聞こえない時点で嫌な予感はしていた。

 それは杞憂であってほしかったが、嫌な予感は的中してしまった様で。

 

「(AEGIS本社に行ってから今まで、俺は一度もあいつと会話をしていない。あいつが勝手にいなくなるなんて事は……一度もなかった)」


 いつもなら何かしらの方法で晃輝をサポートしてくれるのだが。そんな事を考えていると不意にエルが起動する音が聞こえた。


「マス、ター……」


 ノイズが混じった機械的な声。

 それは晃輝が今最も聞きたかった声だった、しかしその声はいつものような活気はなく悲しげな声色で紡がれていく。


「エル!!」


 モニターに向かって叫びかける。

 エルの声は弱々しく今にも消え入りそうだったが、確かに彼女のものだった。

 しかし、その声はかなり深刻な状態だと窺えた。


「……もしかしてハッキングを受けたのか?」


 途切れ途切れではあるがエルは確かに肯定した。

 晃輝は逸る気持ちを抑えながらエルに問いかける。


「一体誰にやられた…?」

「……わ、かりません、……マスター、に、通信をしよう、としたら、突然、……、解析、できない、ウイルス、が」


 タイミング良く、エルの通信を遮断しハッキングを仕掛けてきたという事だろう。

 晃輝は怒りで拳を強く握りしめていた。

 

「マスター、……すみ……ません、おね、がいが……」

「駄目だ、それ以上口にする事はマスターの俺が許さない」

「すみません、マス……たー……」


 激しいノイズに包まれた声、相当強いウイルス、エルが解析出来ない程の高度なプログラミングか、それともデータ消去系の何かを仕掛けられたのだろう。

 晃輝が焦ってエルに叫ぶ様に話かけようとしても返事はなかった。いや、返事ができる状況ではない。

 

「頼むよ、……俺を置いて行くな」


 AEGIS本社で白渡と交渉し手を組むことになったのに。

 唯一の相棒である彼女がいなくなってしまえば、もう頼れる存在はいなくなるだろう。

 

「……くそッ!!」


 晃輝は机を強く叩き付けた。その衝撃でパソコンの本体が揺れる。

 

「わ、を…して……くださ……」

「……っ…」


 聞きたくなかったその言葉。

 何を言いたいかすらわかってしまった。

 エルはこれ以上晃輝に迷惑をかけたく無かった。だから自分が犠牲になる道を選んだ。

 だが、それは晃輝にとっては許されない選択。

 何故ならエルはかけがえの無い存在なのだから。


「…このまま……では、マスター……に、危害が及んでしまうかも……しれな…」

「エル、俺はそんな事望んでいない。お前がいなくなるなんて」


 晃輝は怒りに身を任せて机を殴る。鈍い痛みが拳に走ったが、今はそんな事を気にしている場合ではない。

 

「俺が……もっと警戒していれば……」

「……マス、タ……」

「お前がいない世界など俺には考えられない」

「……」

「頼む、もう一度声を聞かせてくれ」


 懇願するような声音だった。

 モニターに映し出された晃輝の顔は悲痛に満ちており、エルは思わず息を呑む。

 

「……諦めきれねぇよ」


 ふう、と息を吐いて無理やり落ち着かせた晃輝は情報を精査し、必要な情報を抽出していく。

 膨大な量の情報から必要とするものを絞っていく作業は困難を極めるが、エルを救うためだと必死に思考を巡らせる。

 

「……エル、…待ってろ」


 次々とパソコンから情報を読み込んでいく。

 それだけではない。エルが使用しているライブラリを解析し、プログラムコードを構築していく。


「チッ……くそ、もうだいぶ複雑化しちまってる。」


 いくら天才と称される晃輝でもこのレベルに達すると苦戦してしまうようだ。

 このアルゴリズムを理解しなければ、エルのプログラムを書き換えることは難しいだろう。


「マ、…ス…ター、ダメ…です……そんなこと、すれ、ば…」


 苦しそうな呻き声と共にエルが抵抗を始める。

 未知のウイルスによって無理やり支配されそうになる度に、必死に抵抗しているのだろう。

 今のエルの身体は恐ろしい力に侵食されてきており、危険というレベルを超えていた。


「……わ、たし、は……」

 

 モニター越しに映っているエルの姿が薄れては消えていく。

 まだ完全に支配されていないようだが、時間の問題だろう。

 晃輝は冷や汗を流しながらキーボードを必死に打ち込んでいく。


「……エル」

 

 晃輝は、ただ彼女の名前を呼び続けた。それはまるで祈るような声色で、彼は必死になりながらも作業を続ける。

 エルが呟き始めようとすると晃輝はその言葉を遮断するように怒鳴りつける。

 

「黙ってろ!!」

「……っ!」


 晃輝の怒声にエルの身体が大きく跳ね上がる。どうにかウイルスを取り除こうとするが、それでもなお彼女の身体はウイルスによって蝕まれていく一方だった。

 彼女のプログラムにもまた大きな負担がかかっているのだ。


 もう限界だった。

 その声が最後と言わんばかりに……エルは、静かに呟いた。

 

「……マス……ター……」

「クソッ……ここまで来て何もできねぇのかよ……」


 悔しさのあまり拳を机に叩きつけた晃輝は歯を食いしばる。

 その様子を心配そうに見つめるエルだったが、やがて力尽きたように目を閉じてしまう。

 

「…………エル」


 ここまでの情報処理速度、晃輝の行動をまるでわかっているかのような迅速なプログラム修正、そして計算速度の速さと効率性の組み立て等どれも常人では不可能に近い。

 だが今の晃輝はハッカーとしても、そして天才としてのプライドもへし折られたようなものだった。

 それからしばらくの間、晃輝は思い悩んだような表情で黙り込んでいたが、やがて静かに口を開いた。

 

「エル……」


 ゆっくりと、キーボードでコードを打っていく。

 エルのプログラムを、静かに、消去していく。


「ごめんな、エル」

 

 晃輝の目には涙が浮かんでいた。

 だがそれを拭うこともせず彼は作業を続ける。


「……っ、これで、最後だ……」


 最後のキーを押し終える。



 

《消去完了しました》



 

 静かな部屋に静寂が訪れた。

 やがてプログラムは正常に削除され、モニター上には何も表示されなくなった。

 

「……これでいいんだろ?」


 そう呟いた後、晃輝は椅子から立ち上がる。


 ふとキーボードの上に雫がこぼれ落ちたことに気が付いた晃輝は思わず手を止めた。

 それは自分の瞳から溢れたものだと理解した途端、視界がぼやけてきた。

 頬を伝う涙を必死に拭おうとしたのだが上手くいかず嗚咽を溢してしまう。


「ッ……」

 

 いつ以来だろうか、涙を流すことなんてなかったというのに。

 晃輝はただ唇を噛みしめていた。

 初めて温もりを知った少年のように泣きじゃくる自分自身があまりにも情けなく思えて来る

 

「絶対に許さねぇ」

 

 涙を拭いながら、喉の奥底から絞り出すような低い声で呟く。

 エルに送り込んだウイルス、そのウイルスを送り込んだ犯人を絶対に特定してやる、そう心に誓った。

 もう一人の相棒がいなくなって晃輝は途方にくれた。

 それがなくなった途端、心の中がぽっかりと穴が開いたような感覚に陥る。

 

「……」


 ふらり、とふらつくように立ち上がり部屋を歩くと、ベッドに座る。

 何か別のことを考えようと思ったのだが頭の中を過るのは常にエルの面影で溢れていた。

 

「あいつがいないだけでここまで不安定になるなんて」

 

 独り言のように呟く晃輝は、自嘲気味に笑った後再び思考の海へと潜る。

 そう、これは喪失感だ。

 今まで当たり前のように隣にいた相棒が消えてしまったことに対する絶望感だった。


「明日、……考えない、とな」


 晃輝は乱雑に布団に潜った。


 疲労感から睡魔はすぐに襲ってきて、彼はそのまま深い眠りにつくのだった。

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