EP5:「共犯者」
『管理局』にて、セントラルエリア・ケセドの主電力が停電した事、さらに防衛壁が外部からハッキングを受け、制御不能状態に陥りシステムがダウンし、緊急の重要案件として扱われていた。
そんな中、管理局員達が慌ただしく動く。
「至急防衛システムを復旧させろ! ……急げ!」
「はい!」
職員達は焦りながらも次々と指示に従い作業を始めるが、すぐに出来るはずもない。
その間にもこの現象を起こした犯人の居場所を特定すべく管理局員達は急ぐ。
「まずは、侵入者の情報を洗い出せ! 監視カメラの映像から何か分かるはずだ!」
しかし一向に犯人の尻尾を掴む事が出来ない、監視カメラも全てハッキングを受け映像が乱れる始末。通信機器も駄目になり、外部と連絡を取る事も出来ない状態だ。
「くそ……! 一体どうなっているんだ!」
この異常事態に管理局はパニック状態だった。
それもそのはず、今までこのような事件などなかったのだから。
次々に他の情報網を使って犯人の居場所を探ろうとするも手掛かりなしと来たものだ。
「……駄目だ、何も分からない! 監視カメラの復旧も回復したと思えば、すぐにハッキングされる!」
「くそ! 一体誰がこんな事を……!」
管理局員達は苛立ちと不安、恐怖が入り混じりながらも犯人探しに躍起になっていた。
だが、その努力も虚しく犯人は一向に見つからないまま時間が過ぎていった。
—— 一方。
管理局に潜入完了した晃輝は監視カメラの映像をハッキングし、次々と映像を変えていく事で混乱を煽っていた。
此方が歩いている映像に誤作動を引き起こし、晃輝が存在しないように差し替える。
「こんなものか」
監視カメラの目という目を通り抜けて誰にも悟られることなく管理局の中を移動する。
だが監視カメラの目を掻い潜っただけで自由に歩けるわけではない。
管理局員も歩いているのだからそれを避けながら進んでいく必要がある、だがそれは、一人で行動している場合だ。
「マスター、右側に生体反応があります」
装着しているヘッドフォンデバイスからエルの声が響く。
晃輝はその声に導かれ、身を隠して視線だけを向けると、一人の若い男性局員の姿が目に入る。
「どうしますか?」
「手は出さん、面倒だ」
その間に管理局員はインカムか何かで話をしながら廊下を駆け抜け、部屋から出ていった。
局員がいなくなり辺りに再び静寂が訪れる。
「このフロアのマップを表示してくれ、最短距離で目的地に向かう」
「了解しました。マップを表示します。」
晃輝の視界に地図が表示されると、その情報を元にして移動を開始する。
「マスター、正面の扉から複数の生体反応があります」
「……エル、監視カメラの誤作動を引き起こせ。こういう馬鹿共は機械が全てだと思い込んでいる。素直に向かうだろうよ」
「はい、了解しました」
晃輝の考え通り監視カメラの誤作動により撹乱された情報を元に向かっていく。
晃輝は局員達の動きを観察しながら鼻で笑った。
「やはり、馬鹿ばかりだな。」
向かうべき場所は情報管理室、そこで機密情報を盗み出せば此方のやることは終わりだ。
あとは立つ鳥跡を濁さず、という奴だろう。
「マスター、今ならいけます」
エルの合図と共に晃輝は走り出す。
局員達は突然の誤作動に混乱し、慌てふためくが晃輝の姿を捉える事は出来なかったようだ。
「よし」
そのまま情報管理室に辿り着くと、扉を開き中に入る。
そこには多くのモニターとキーボード、そして様々な情報が映し出されていた。
晃輝は端末を操作すると目的の情報を探し始めた。
「管理局とセラフィムの関係性、セラフィムのデータ、……あればいいんだが」
晃輝はどんどん情報を引き出していく、そこで得られた情報は殆どが管理局の上層部しか知らないような内容ばかりだ。
だが晃輝が求める情報はない、セラフィムに関する情報は全く無い事に舌打ちをした。
「仕方がない」
セラフィム関連の情報を探すのを諦め、管理局の機密情報だけは手に入れておこうと、USBにデータをコピーさせていく。
機密情報だけあって結構な量があった為、作業時間は掛かったもののそれもようやく終わりを告げたようだ。
「……エル、帰るぞ。終わった。管理局もそろそろ此方の妨害に動く筈だ。」
エルに伝えると手早く撤収の準備を始める、長居は無用だろう。
晃輝が端末の電源を落とした時だ。突然警報音が鳴り響いた、同時にアナウンスが流れる。
「侵入者あり! 全職員に告ぐ! 直ちに持ち場に戻り警戒せよ! 繰り返す……』
「もう遅い、データは既に手に入れてるからな。」
晃輝はそう言って笑うと踵を返し、此方の痕跡を一切残さないようにして、情報管理室を後にした。
……エルと晃輝の前では、敵無しだ。
通る所全て、セキュリティシステムをハッキング。
制御下に置いたり、監視カメラに誤作動を起こさせ混乱を招いたりと様々な手を使って管理局の出口まで辿り着いた。
「マスター?」
エルの言葉に晃輝は何も反応しない。
だがその表情は何処か楽しげであった。
まるでこの状況を楽しんでいるかのように。
「少し、遊んでやるか」
彼は指を鳴らした。
その瞬間——。
バチン、と何か弾ける音がする。
管理局が所持しているデータが全てクラッシュした。
突如起こった管理局への大規模クラッキング。
警報と同時に誰もが衝撃を受けただろう。
そこにあった物が突如として姿を消したかのような状況に陥った管理局は混乱を極めた。
「マスター! これは、やりすぎですよ?!」
「少し遊ぶと言っただろう?」
晃輝はそう言うと再び指を鳴らした。
すると今度は管理局内の全ての電源が落ちてしまう。
暗闇に包まれた管理局、混乱と恐怖が入り混じった声が響き渡る中、晃輝だけは冷静であった。
「これで暫く大人しくなるだろう」
晃輝は楽しげに笑うと歩き出す。
その足取りに迷いはない。
管理局から出ていけば、そこはケセドの夜。
人工的な光に彩られた都市は、夜になるとその美しさが際立つ。
「……?」
管理局から少し離れた場所にバイクが停まっている、それは晃輝が訪れた修理屋に置いてあったバイクだ。
それに乗っているのはヘルメットを被った琥白だった。
「マスター、あのバイク……」
エルが何か言いたげにしているのを晃輝は察したのか、小さく笑った。
「琥白か?」
突然声を掛けられた事に驚いたのか、琥白の体が跳ねるように反応を示す。
しかしすぐに落ち着きを取り戻すと振り返った。
「……ん、待ってた。ここから離れる」
「いいのか? 俺に手を貸せば、共犯者だが?」
「別に構わない、元々管理局自体私は好きじゃない。……乗って」
琥白はそう言うと晃輝にヘルメットを投げ渡す。
「っは、気に入った」
晃輝はそのヘルメットを装着すると、琥白の後ろに跨った。
「っ、よいしょ」
ガスンッ! と低い音が響くと同時に発進したバイクは一気に加速していく。
晃輝はその運転技術に関心を抱きながらも口を開いた。
「ほぉ、速いな」
「……白々しい、君が修理したバイクだよ。修理したついでに、改造したでしょ、これ」
「よく分かったな、流石は修理屋か。」
「まぁ、それで今まで生き残ってきたしね……で? 何処へ行くつもり?」
「取り敢えず管理局の施設から出て、AEGIS本社へ」
「……分かった。なら、こっち」
琥白はアクセルを一気に吹かせ加速する。
アスファルトを走るバイクはリズムよく音色を響かせて。
まるでサーキットに居る気分だと晃輝は思った、まあ実際に走る事は無いのだが、気分の問題だ。
「……大胆」
「何がだ」
「セントラルエリア全体の主電力を落としたでしょ。……あれで、大混乱。」
「だろうな、傑作だろう?」
晃輝はおかしげに笑った。
この都市を嘲笑うようなそんな笑みだった。
彼の笑みに釣られて、琥白もまた小さく笑う。
セントラルエリア・ケセドで猛威を振るった晃輝を乗せた琥白のバイクは走る。
夜間でありながら道を走るその様は風を切るかの如く、ネオンライトの残光が尾を引き、彩られていた。