EP4:「最強で最高のハッカー」
『セントラルエリア:ケセド』、快晴の中。
晃輝はセントラルエリアを散策していた、AEGISでの一件があったものの、まだ時間はある為、少し気晴らしに散歩でもしようと言う事になり今に至る。
「それにしても広いな」
「そうですね、中心地ですし……」
ケセドの面積は地上で言えば、都心ぐらいの広さだろうか。
様々な店や娯楽施設が充実しており、公共交通も充実している為、移動手段に困る事は無いだろう。
また、時間帯によってはシャトルバスも出ているらしく、住民からすれば至れり尽くせりの楽園だろう。
「……だが、」
晃輝は快晴の空を見上げる。
日差しが眩しかった為、手で太陽を覆い隠すとそのままその手を下ろし、指先を見つめた。
「この空は本物じゃない。この暑さも、気温も」
全てはセラフィムが設定したもの、このセントラルエリアに暮らす人らにとっては、それが当たり前になっているが晃輝は違う。
「本当の空ってのは、もっと澄み渡っていて綺麗なものなのだろう」
晃輝はぽつりと呟く。
その呟きは誰に届くことも無く消えていく。
「セラフィムを壊す前に、管理局をなんとかしなければならないな」
「そうですね、まずはそれが先です」
商業施設が立ち並ぶエリアからは離れ、少し人気のない裏路地へと入り込む。
「あ、マスター、あそこに何かありますよ?」
エルの声を聞いた晃輝はそこで立ち止まる。
そこには少し古びた修理屋を見つけ、壊れているバイクを直している少女がいた。
「えと、……何か用?」
「ああ、すまないな。少し見ていただけさ」
晃輝はそう言うと修理屋に置いてあるバイクを見る。そのバイクは所々錆びており、今にも壊れそうな状態だった。
「かなり昔の型だな。」
「この型はかなり古いものだよ、三層にある廃材置き場から拾った」
修理屋の少女が、貨車を動かしてようやくバイクの下から顔を出す。
その容姿は、小柄で銀色の長髪の少女だ。だがバイクを修理していた為か黒い汚れがあちこちについていた。
晃輝はそんな彼女に近づくと、着ていた上着を彼女に被せる。
「わぷっ?!」
「……女の子がこんな格好をしていたら風邪を引くぞ」
晃輝はそう言うと、少女の頭を撫でてやる。
「えと、……」
少女は一瞬驚いたような表情をしたがすぐに俯いてしまう。
「ありがとう……でも汚れる、慣れてるし……」
「直したいんだろう、直してやる」
「……うん」
修理屋の少女は少し間を置くと小さく頷いて返事をした。
晃輝は無言で彼女を作業台の前にある椅子に座らせると、少女が使っていた工具箱を使って、バイクを修理し始める。
「アンタ、名前は?」
「……九條琥白」
「そうか、俺は蒼井晃輝。……ハッカーをやっている」
「ハッカー……凄く、頭がいいんだね? 天才、だとか?」
動かしている工具の手が一瞬だけ止まる。
「…………」
知識量が多い事には自信があるがそれを誇るつもりは毛頭無い。
彼自身、天才と言われるのも好まない、ただ「天才」と呼ばれただけ。
そんな称号は捨てられるものならさっさと捨てたいものだ。
「……俺は天才なんかじゃない」
「でも、凄いよ、私は、……何もできないから……」
「そうか、だがお前にも出来ることはあるだろう?」
「え?」
「修理屋としての腕があるじゃないか」
「……でも、……それは趣味みたいなもので」
「……なら、趣味でいいんだ。お前のやりたいようにすればいい」
晃輝はそう言うと再び作業を始める。
その横顔を琥白はただ黙って見ていた。
「これで、終わりっと……」
三十分程してバイクの修理が終わる。
軽くメンテナンスをすればまだ十分使えそうなぐらいに綺麗な状態に戻っていた。
「凄いね、すっかり直った」
「自分でパソコンを作るからな、メカニックの心得はある」
修理したバイクを琥白に返す。
工具も綺麗に戻せば、元に戻した。
「ほら、直ったぞ」
「ありがとう……」
琥白はバイクを受け取ると嬉しそうに微笑む。
その様子を見た晃輝はふっと表情を和らげて笑った。
晃輝が何か言おうとした瞬間、タブレット端末からエルの声がした。邪魔するように入ったのは間違い無いだろう。
「……むぅ」
「嫉妬か? エル」
「違いますよ! マスターの馬鹿!」
「冗談だよ、エル。」
「……全く、もう。次から気を付けてくださいよね!」
「はいはい」
エルの説教を聞き流しつつ琥白へと視線を向ける。
「悪い、俺のAIが煩いからそろそろ行く。」
「うん、またね」
晃輝は軽く手を上げて挨拶を済ませると、エルと共にその場を後にした。
しかしエルに自我の目覚めをさせるため、心のプログラムを搭載したのはいいが、感情豊かになりすぎて不気味の谷現象を起こしてしまっているような気がする。
「エル、少し落ち着け。まず、俺が女性と話してもいいだろ、別に好きにもならん」
「何を言いますか、マスター。私と言うものがありながら! 私以上にマスターに相応しい女性がいますか? いや、いません!」
「……いや、そういう問題じゃないだろ」
晃輝は頭を抱えつつもセントラルエリアの繁華街へと戻るべく歩く。
「大体お前は過保護すぎるんだよ。」
晃輝はため息混じりに呟く。
その横でエルが不満そうに頰を膨らませているのもお構い無しだ。
だが、そんな二人のやり取りなど知らぬ存ぜぬといった様子で辺りの人々は忙しなく動き続ける。
「マスター、……私、不安なんです。」
エルは急に声の調子を落として呟くようにそう告げる。
晃輝はその一言を聞き逃さなかった。
「……何がだ」
「私はまだ生まれたばかりです」
「で?」
「だから、……もっと勉強して、ちゃんとマスターの役に立てるようにしたいんです」
エルのその言葉には嘘偽りない本音が籠っていただろう。
だからこそ晃輝も真剣に答える事にした。
「そうか、なら……もっと勉強して俺を支えてくれ」
晃輝はそれだけ告げると再び歩き出す。
エルも晃輝の言葉を聞いて、「はい」とはっきりと返事をした。
ケセドの繁華街を歩きつつ、晃輝は思考を巡らせる。
セラフィムを破壊する前にまずは管理局から情報を引き出す必要があるだろう。
それには管理局に侵入する必要がある。
「……仕方がない、管理局内に侵入して、直接データを盗むぞ」
出来れば、こんな事をしたくはない。
だがセラフィムが邪魔をしてくるのであれば、管理局の内部に侵入してデータを盗み出すしかない。
もう少しいい案が無いか試行錯誤するが、全てセラフィムによって妨害が入ってくる事を想像すれば、一番手取り早いのは管理局に侵入する事だろう。
「……やりましょう、マスター」
「あぁ、やるしかないな」
晃輝は決意を新たにすると、繁華街から姿を消した。
♢♢♢
管理局はケセドの中心に存在している。
巨大な高層タワーであり、電波塔にもなっている。その周りは複雑な防衛壁に囲われており、外部からは内部が見えない仕組みだ。
一般人は絶対立ち入る事の出来ない聖域とも言えようか。晃輝はエルと共に管理局へと潜入する為、まずは下調べを行う事にした。
「マスター、このタワーのセキュリティは厳重ですよ」
エルがタブレット端末に映し出されたデータを見ながら言う。
その画面には管理局の全体図や防衛壁の見取り図などが表示されていた。
「……ふむ、なるほど、そういう仕組みか」
防衛壁のセキュリティデータを読み取り、頭の中に叩き込む。
次にこのセキュリティを破るプログラムをその場で作り上げ、侵入させ誤作動を起こさせればいい。
「簡単だな」
「はい、マスターなら余裕です」
晃輝は自前のノートパソコンを取り出して、早速作業に取り掛かると、ものの数分程度で侵入用のプログラムを完成させる。
後はこのプログラムを防壁内にばら撒くだけだ。
それだけでは異変に気づいてしまうだろう。だが晃輝の脳内には、何十のプランが浮かんでいた。
「……一瞬だけ、このケセドの主電力を落とす。その間に防衛壁にアンチプログラムを打ち込む」
「分かりました」
「この防衛壁は、ケセドの電力を使っていない。独自のエネルギーで動いている。監視カメラなどはケセドの電力を使っているだろうが、念のためだ。此方の証拠は一切残すわけにはいかない。……まぁ、残したことはないが」
「マスターですからね、最強で最高のハッカーですから!」
エルは胸を張って自慢気に言う。
それに対して、ふっ、と息が漏れ笑みを浮かべる。
「これで俺も犯罪者ってわけだ、面白くなってきた。……さて始めるか」
「さて、マスター、侵入経路を確保しました。ルートを転送します」
エルの報告を聞きつつ、次の手を打つ準備をする。
「了解、ケセドの主電力を落とすぞ」
かちり、エンターキーを押した瞬間、全電源が落ちる。
——ガコン。
それと同時に防衛壁に仕込んでいたアンチプログラムが作動し、防壁に穴が空いたようにセキュリティシステムがダウンした。
「……行くか」
晃輝は即座に行動を開始する。
今の状態なら混乱に乗じても安全だ。防衛壁もオーバーフローを起こし、エラーを吐いている頃だろう。
管理局は同時の対応に追われるだろう、侵入者へも警戒はするだろうが、晃輝はそれすらも計算に入れている。
「マスター、予備電源で監視カメラが再起動しそうです」
「問題ない。既に手を打っている。」
監視カメラの位置は全て覚えた。
此方を映すであろう監視カメラの場所を見据え、手を翳して横に振る。
その瞬間監視カメラの映像が乱れ、次々とブラックアウトしていった。
「よし、これで良い」
監視カメラからまるで幽霊のように姿を消す事ぐらい晃輝にとっては容易く造作もない事だ。
敵は監視カメラが駄目ならと、監視ドローンを飛ばすか通信機器を利用して相手を炙り出そうするのが定石だろう。
だが此方はそれ以上に時間を掛けるつもりはない。
「さっさと終わらせようか」
晃輝は監視カメラを見ながら不敵に笑った。