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EP:29「ティファレトの異変」

遅くなりました、何やら何まで練り練りしてました。

またよろしくお願いします

 足元には柔らかい合成芝が広がり、宙には人工光のフィルター越しに模造された太陽が、優しい光を注いでいた。

 枝分かれする木々の影が、歩道に緩やかな揺らぎを与え、冷却水脈から流れ出た水が、無音に近いせせらぎを描いている。


 だが、晃輝の視線は一切その風景を映していなかった。

 植物の成長を制御する演算波のノイズの、そのまた裏側。微かに紛れ込んだ「ずれ」。

 人工的に調整された風の流れが、ごくわずかに巻き返す。

 その違和感が、彼の足を止めた。


 「……いるな」


 小さく呟いた声に、端末越しのエルが応じる。


 「え? 何かありましたか、マスター? ……システム異常は……」


 だがエルが言い終えるより早く、晃輝は手を上げて制した。


「観測型ドローン、5基。いや、6だ。配置は、前方樹木エリアに3、右手の高架支柱裏に2、最後の1体は……後ろから動いたな。配置バラけてる。索敵じゃねぇ、囲みに来てる」


 エルが一瞬、音声処理を停止した。


「……まだシステム警告は出ていません……感知すら……」

「そういう時もあるんだよ。ノイズとして処理されたか、もしくは演算中枢が観測の必要性なしって判断したか」


 晃輝の声は静かだった。

 淡々と、しかし確信のこもったそれに、エルもようやく自身の演算を最大まで引き上げる。


「確認。……います。マスターの演算による探知と一致。6基。観測型から……強制的に戦闘モードへ切り替わっています。これは……!?」

「たぶん、こっちの侵入を殲滅対象として再定義したな。つまり最初から、誰かがそう仕向けた」


 木々の合間から、黒光りする金属の機体がゆっくりと姿を現した。

 晃輝が確認した通り、六基。

 どれも同型でありながら、武装の仕様がわずかに異なる。円筒形のフレームに鋭角的なセンサー部、側面には可変式のバイパスブースター。

 重装備ではないが、その動きに無駄はない。浮遊姿勢を維持したまま、無言の圧力だけがじりじりと迫ってきた。


「……なるほど。信号は控えめに、でもいつでも撃てるという空気は出している……、小癪な連中だな」


 晃輝は肩をひとつ回しながら、小声でぼやいた。

 だがその指先はすでに自身のヘッドフォンデバイスに触れていた。


「マスター、警告はまだ出ていませんが——この状況、やはり……」


 エルが問う前に、晃輝は短く頷いた。

 

「戦闘モードに切り替わった時点で、警告出す意味はない」


 視線を上げる。

 ドローンの一機が、そのセンサーを微かに輝かせた。

 エルが小さく息を呑む、その間でも晃輝の演算は止まらない。

 思考が、意識の先を滑っていく。反応速度、解析能力、演算最適化のフィードが自動で脳内に走る。

 フェイタルの補正が、じわりと脳神経に干渉してきた。

 

「補完処理、前より滑らかになってるな。今なら想像する前に対応できる」


 彼の脳にかかる負荷がわずかに高まった瞬間、耳にかけたヘッドフォンデバイスの出力が自動でシフトする。

 思考のオーバーフローを抑えるフィルター処理が、静かに全身へ拡張された。

 

「……マスター、無理しないでくださいね。あまり急激に出力上げると、また過負荷に……」

「安心しろ、ぶっ倒れねぇよ」


 軽く指でヘッドフォンを弾いた。

 エルが静かに安堵の息を吐く。

 木々の隙間から、ドローンが再び動き始め、包囲の距離を縮めてきている。

 

「攻撃を開始する、か」


 それだけ呟けばドローンが先に動いた。


  正確には、その武装ユニットが内部可動を始めた瞬間、晃輝の網膜には点がいくつも並ぶように認識された。

 

「セーフモード解除。全機、殲滅プロトコルへの移行」

 

 こちらに対する敵意信号が、数値化されて届いてくる。

 

「銃口の起動時間、約0.5秒。こっちの対応、0.3秒。勝てるな」


 晃輝はヘッドフォンデバイスの出力を一段階引き上げると、全身に走る演算ラインを同期させ、疾風のように走り出した。

 視界がブレる前に、先に処理する。筋肉と脳神経、そしてフェイタルがほぼ同時に最適化され、もはや「人間離れ」の域に突入していた。

 

「……来ます!」

 

 エルの声と同時に、第一のドローンが火花を散らして銃口をこちらに向ける。


「俺は戦わないんじゃない」

 

 瞬間、地面を蹴る。靴裏が地面を叩き、反発を受けて一気に加速。

 足場にしていた枝付きの植栽を軸に、身体を捻る。しなやかでありながら鋭い、まるでコードそのものが跳躍したかのような動作で、晃輝は宙を舞った。

 

「別に、戦う必要性がなかっただけだ」


 地面を蹴りつけた瞬間の衝撃が脳内にフィードバックされる。足首の関節に負荷がかかり、その信号が即座にヘッドフォンに伝わって緩和される。

 しかし肉体への負荷は残る。筋肉が悲鳴を上げ、脳内の演算がさらに加速して調整をかける。

 思考速度と肉体の反応速度が一致しているような状態。まるで自分というハードウェアのリミッターが外れているようだった。

 晃輝の脳が情報を処理する速度と身体が動く速度は完全に同調し最適化された挙動を可能にしていた。

 空中で銃口の向きを見切り即座に軌道修正。弾道のわずかなずれすら計算に入れ回避行動を取る。

 

「左斜め上方3.4m! 銃口角度マイナス12°」


 エルが告げる次の瞬間には別のドローンが横槍を打つ。

 銃弾が風を裂く。だがそれすらも彼は見切った。晃輝はその場で反転すると同時に両脚で地面を踏みしめる。

 脚力が増幅され筋肉の伸びを補助するかのように重心が跳ね上がった。

「右脚着地後0.8秒で重心反転! 着地地点予測完了!」

「ナイスだエル。予測完璧だな」


 着地と同時に彼は身を翻し銃弾を避けつつ次の一手を考える。

 地面に残る僅かな摩擦痕が次の軌道を示し彼の視線がそれに合わせてスライドする。

 銃口の光が煌めく。だがそれさえも晃輝にとっては遅かった。

 ヘッドフォンのフィードバックが強まり彼は加速する世界の中で動く。全てがスローになりながらも思考だけは速くなる。

 

「……フェイタル、確かに、人類が生きていたなら、人類はこれを欲しがるな」


 晃輝はフェイタルの恩恵を確実に受けながら、実感していた。しかし、メリットしかないものは有り得ない。その分デメリットも大きい。

 メリットしか見えていないのなら、扱えないのは当然のことだと、晃輝は少し呆れてしまう。

 

「マスター! 来ます!」

 

 エルの叫びと同時に銃弾が空中を裂く。その音を晃輝の耳は捉えていたが身体は既に回避行動をとっていた。

 地面へと着地をすれば、体勢を立て直して立ち上がる。視線はドローンに固定されたまま思考が並行して高速で働く。

 

「……このドローン、自動学習機能があるな。俺の動きに順応してきてやがる」


 晃輝は小さく舌打ちする。そこから彼のヘッドフォンから聞こえるエルの声。

 エルは冷静に分析しているがその声色には若干の緊張が含まれていた。


「マスター! ドローンの動作精度が向上しています! おそらく戦闘データをリアルタイムで更新しながら対応してるんです!」

「はぁ、面倒な事になってんな。……わかった、エル。……俺の実験に付き合え」

「じ、実験って何をするつもりですか?!」

 

「……現実と電脳世界の()()()()、フルダイブをしながら()()()()()()()()()

 

「それって相当難易度高くありませんか?!!」

「だとしてもやるしかないだろうが、エル」

「でもでも……」

「エル」

「……わかりましたよ……、でも気をつけてくださいね?!」


 エルがやや不貞腐れるように文句を言いながらも同意をする。

 晃輝はそれに苦笑しながらもヘッドフォンデバイスの出力を一気に引き上げた。



「フルダイブ、開始」

 

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