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EP:28「走れ、蒼き機体で」

 人工灯の明かりが照らす静謐な病室の中。

 ベッドの上で横たわる晃輝。薄い白布の下で規則正しい呼吸を繰り返す。

 彼の身体は病み上がりであり、いまだに演算過多とフェイタル干渉による負荷が残っていた。

 だがその静けさを破ったのは、電子端末の微細な発光だった。


「マスター、システム再同期確認。……起きてください」


 傍に置かれたデバイスから、エルの声が静かに届く。だが晃輝は瞼を僅かに動かすだけで動こうとしない。


「まだ……もう少しだけ寝かせてくれ……」

「ダメです。マスターが寝ている間にマスターのハッキング能力を使って再ハッキングされたらどうするんですか」

「んん……」

「ほら早く起きてください」


 その言葉に彼はわずかに唸りながら身を捩ったがやがて諦めたように上体を起こした。


「……それでログ、送信者は誰だ?」

「湊音さんですね、暗号階層4以上の通信。発信経路は追跡不能。中身は暗号化されてます」

「……まったく身体はまだ治りきってねぇのに、頭だけ勝手に動くとは。全く、俺の脳は性格悪い」

「マスターの脳ですから当然のことではないんですか?」

「おい」


 エルの言葉にツッコミ入れながら、晃輝のデバイスから映し出されたのは、直線と曲線の交差だけで構成された奇妙な暗号。

 晃輝は指先を滑らせながら読み取っていく。


「観測レイヤーの揺らぎ。しかも、揺らいでんのは中枢系か……誰か触ったな」

「アクセスは検出されていません。ログにも異常は記録されていないようです」

「観測系異常だな。記録されていない異常は、観測側のスコープが改変された時に起こる」


 晃輝は点滴をゆっくりと引き抜き、吐息混じりに独り言を漏らす。


「ログが存在しないなら、ログを取っていた存在が上書きされたということ、誰にも気づかれずにな」


 晃輝は目を閉じ思考を加速させる。

 情報と記憶を走査し答えに至るまでの道筋を探り当てる。

 その速度は普通の人間なら気が狂いそうなほどであったが晃輝にはそれが当たり前の行為だった。

 白い静謐を破り、晃輝はベッドの端に腰をかけると、点滴の針を引き抜いた腕からは、細く赤い滴が伝い落ちるが、彼は無視して立ち上がる。

 腕の内側に青白い光の筋が一瞬だけ走った。


——フェイタル。


 人間では適応しきれず神経構造を焼くその力を、晃輝は無言で受け止める。


「マスター?!」

「……問題ない。エル、第二層……ティファレトの観測ノードを調べろ、データの改竄があったのなら、必ず痕跡が残ってる」

「……わかりました、ですが病み上がりの身体に無理は禁物です。脳波はまだ正常域を超えていますよ」

「正常ってのは凡人の基準だろ。俺の脳は過剰に最適化されてる。むしろ、演算が足りてない方が危険なんだよ」


 晃輝はデバイスを手に取り再び演算を開始する。


「観測ノードへの侵入経路……パターンAからCまで同時進行で試せ。ログ監視レイヤーも三重に構築。……もし潜伏が確定したら即時切断だ」


 エルは晃輝の指令に従い即座に暗号化通信を傍受し解読を開始する。


「ティファレトから異常反応を検知。自然制御回路へのアクセス履歴に不明な痕跡が追加されています」

「追加じゃない。書き換えだ」

「……やはりそうですか」

「再度ロールアウト。紫織が動いた。彼女がセラフィムの守護者であるならこの改竄は宣戦布告だ」


 ベッドから降りる、服装を整えてから静かに扉を開け、廊下を抜ける。


 医療区画を抜け、暗い搬出口のシャッターを越えた先。

 地下搬入口の隅に、無骨なシルエットが佇んでいた。


「……?」


 一見して軍用とも思えるそのバイクは、鋼鉄の骨組みを露出させ、冷却管が脈動していた。塗装は蒼を基調に、縁にはマットブラックが走っている。エンジン部には一枚のメモ。

 彼のイメージに合わせて塗装されたボディには、手書きでメッセージが刻まれている。


『勝手に盗むと思うから、置いておく。勝手に使って。

晃輝用に魔改造しておいた。琥白より』


「こっちの行動、全部読まれてんのがムカつくな……」

「まぁ、わかりやすいですからねぇ。マスターの行動って」

「単純て言いたいのか」

「そうですけど?」


 他愛のない話をエルとしながらc試しにバイクの駆動音を鳴らしてみる。

 耳に届くより先に骨を振動させる低周波となって全身を叩いた。

 サイレントベーン式ホイール、直流加圧式のスラスト推進機。

 それらを包むフレームは、九條琥白製の魔改造品だった。

 跨がると、バイクが小さく反応した。エンジンではなく、制御核が彼の神経波形に同調する。魔改造、という言葉に偽りはない。

 これは完全に晃輝専用に最適化されていた。彼の脳のリズムに合わせてフレームが共鳴し車体全体がわずかに浮き上がるように安定する。


「マスター、行き先を指定してください。ルートを確保致します」

「ティファレトだ、ゲートはそのままぶち切る」

「大胆ですね、マスターのそういうところ好きですよ」


 エルの言葉を聴きながら笑みを浮かべる。そしてヘルメットを被ると、自動で視界にホロHUDが展開される。

 生体認証。思考伝達。全てが彼に合わせて設計されていた。


「流石は琥白、充分だ。行くぞ、……エル」

「了解です、マスター」


 加速。


 空間を引き裂くように、蒼いバイクが地下都市の空間を駆けた。

 人工空の灯りが反射し、壁面を滑るように走る。制御通路を超え、外周軌道を抜け、やがて第二層ティファレトへと向かう。

 晃輝の脳内には既に、いくつもの仮想回路が展開されていた、琉夜から送られてきた生命の樹の構造。

 そして、ティファレトでの異変。その背後にある記録に残らなかったアクセス。

 その痕跡を追うために彼の意識は思考領域を無限に増殖させていた。


「フェイタルが、俺の脳の限界を引き上げてくれているのか。成程な、フェイタルを数百年前の人類が欲しがるわけだ」


 晃輝はバイクを操縦しながら呟いた。フェイタルで超人じみた力を手に入れるのは確かに万能エネルギーと言える。まるで、八尾比丘尼。

 人魚の血を飲めば永遠の命を手に入れられる。フェイタルはそれと似ている。


 第一層から第二層へと移動する、しかし目の前に立ちはだかるのは、《ゲート・アウターティファレト》。


 AEGIS本局が設計した鉄壁の境界線。外周は耐衝撃複合装甲、内側は粒子制御膜、そして三重の演算セキュリティ。鋼鉄と多層合金の複合遮断構造、軍用ドアクラスの質量を持つ非ハッキング構造とされる鉄壁。


「マスター、ルート確認済み。正規通行は不可能。ハッキングも無理ですね」

「だったら、物理で行く」


 次の瞬間。

 スロットルが深く絞り込まれ、推進圧が一気に跳ね上がる。

 バイクの制御装置がエラーを吐く前に、晃輝は強制的にオーバーライド。

 直進、速度過多。しかし晃輝の指先は迷いなく、ブレーキスロットルと加重制御を逆に操作した。

 その瞬間、金属が溶けたような衝撃音が耳を劈く。

 制御ゲートが悲鳴を上げて火花を噴き出し、晃輝はそれすら意に介さず推力をそのまま。

 

 ゲートの合金外装が、強引に開かされた。

 

 リベットが一斉に弾け、内部フレームが崩壊。冷却液が霧のように噴き上がり、亀裂の走った壁面からデータ用の光ファイバが引き千切られたように飛び散る。

 バイクは破砕された扉を蹴り飛ばし、そのままティファレト第二区画に突入。


 瞬間、後輪が軋み、鋭い音を立ててアスファルトを擦る。


「……ッ……!!」


 機体は激しくスライド。

 逆荷重ドリフトを意図的に発動させ、カーブを描くように地面を斜めに横滑りしながら急停止。

 遠心力に耐えながら、身体ごと傾けた晃輝の姿勢は崩れない。


 そして、滑走。

 ブレーキシステムが内部で焼ける音と共に、リアタイヤが赤熱しながらスパークを散らす。

 スパークと蒼い光の軌跡を背後に残しながら、バイクは完璧な角度で横滑りし、ぴたりと停止した。

 振り返るように、晃輝は片足を地面につき、わずかにバランスを取った。

 ゲートの破片がゆっくりと空中を舞い、蒼い軌跡を背景に重なる。

 細かな金属片が夜の闇に溶け、無数の点滅する光となって宙に散った。


「……着いたぞ、ティファレト」

「着地成功、マスター。記録に残しておきますね。かっこよかったです」

「要らん、恥ずかしいわ」


 苦笑気味に返しながらも、晃輝の表情には一切の迷いがない。

 彼の視線はすでに、前方に拡がるティファレト区画内部を射抜いていた。


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