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EP21:「エゴイズム」

誠に遅くなり、申し訳ありませんでした!!!

「まず、俺とシンギュラーは、現実を電脳空間に変える事ができる。他のハッカーは出来ない。理由は簡単、技術の問題だ。演算能力がまず違う。……一度見た景色を瞬間的に記録し、構造も何もかも理解して計算し直し、電脳空間でそのまんまもう一つの世界を広げる」

「確かに、マスターもやっていましたね……」

「それで、現実世界で別の次元を作る。電脳空間は、悪用すれば現実と区別がつかないほどに、リアルさが保持される。さらに維持する情報の総量自体恐ろしい、計算しただけで頭が痛くなるし、最悪気絶する」


 琉夜の話を聞いたエルはゾッとしたが、すぐに思考回路を切り替える事にした。


「それをやって、どうやって連れ出すんです?」


「現実世界と電脳空間を同時に成立させてしまえばいい。電脳空間と現実空間、それぞれ別に入れば、違和感はあるだろうが、それを同時に重ねてしまえば何も問題はない。それに以前、紫織に対して電脳空間を展開したが、彼奴は何も影響が無かった」


 その言葉を聞いてエルは、首を傾げる。

 ふと浮かんだ疑問点。

 フルダイブ、現実世界への電脳干渉。

 それらを組み合わせれば出てくる疑問だ。


「待って下さい、電脳世界は本来であれば私のようなAIや琉夜さん、マスターなどが生きられるはずです。現実の人が不用意に電脳世界へと干渉すれば、脳が焼き切れて、廃人になってしまいます。でも、今、橘紫織は電脳世界に入っても何も起こらなかったと言いましたよね、それってまさか」


 エルの疑問に琉夜は黙る。

 彼自身検証を試みていたこともあったが、エルの話を経て確証を得たようで、長いため息をついて額に手を当てた。


「……その通りだ、その答えが正解だよ、エル」

「橘紫織は、セラフィムを護る為に作られた守護型自律機械人形……、アンドロイド、ですね」


 電脳空間内で活動出来る理由、それは紫織の肉体がアンドロイドだからなのだとエルは理解した。

 アンドロイドの身体であれば電脳空間と現実世界の行き来は可能だ。


「管理局に雇われていても、従う気は一切ない、ただ、セラフィムを私物化しているかどうか、セラフィムをどう扱っているのか、その動機を知りたかっただけに過ぎない」

「……では何故、マスターを」

「憧れていた」


 琉夜の言葉にエルは、短くも驚愕の声を上げる。


「憧れていたと同時に才能を殺したくて仕方がなかった。勝負を挑んでも、勝てなかったけどな。あいつはなんでも持っている、俺も才能を持っている、だから人のせいになどは出来ない。それは言い訳になる、が、一つだけ言うのであれば」


 琉夜は、また長いため息をする。

 そのあとに額から手を退けて、エルの方へと改めて目を向けた。


「……誰でもいいから、俺の才能と、俺を見て欲しかった」


 切なげに、小さくそう呟く琉夜。

 それを聞いたエルはどう答えようか迷っていた、秀才も天才も、見ればただの人。

 感情もあれば五感もある、ただ才能に溢れているだけで、孤独に堕とされただけだ。


「琉夜さん。私たちが見ます。マスターも、私も見ます。だって私たちにハッキングできたんですから、自信を持ってください。それが出来るのは貴方だけなんですからね!」

「……褒め言葉になってんのか、それは」


 エルの言葉に琉夜は苦笑する。

 だが彼女の言葉で、どうやら少しは自信を持てたようで琉夜は椅子から立ち上がった。


「……今は素直に受け取っておく。……で、任務の話の続きだ。電脳空間の維持時間は、俺の演算機能に依存する。大規模に展開すると俺は動けない、それでエル。お前が、自分の主人を救え」

「……わかりました、確実に成功させます」

「……成功させなきゃ、この次元はリセットなんだよ……」


 ぼそ、と琉夜は呟く。

 エルには聞こえない程度に独り言で。

 そこから思考を切り替えて、モニターの方へと目を向けた。


「……AEGISの奴らはどう動く?」

「マスターを救出するために動いています。ですが、私は会議の途中で抜け出して、琉夜さんのところに来たので詳しくは……」

「ああ、いい。AEGISが少しでも動いているのなら、大丈夫だ。……今は目の前の事に集中しろ」

「はい」


 二人は短いやり取りを交わす。

 琉夜は、目つきが一転変わり、演算能力をフル稼働させ、集中力を発揮し始めた。

 本来であれば脳が焼き切れるであろう高度な演算と処理能力、現実の空間を把握するだけでもかなりの技術が必要だろう。


「"フルダイブ、現実干渉。開始"」


 フルダイブ、晃輝だけが持つ技術を琉夜が使用した事にエルは目を見開いた。

 彼がフルダイブと唱えた瞬間、現実世界の空間と全く同じ別次元の空間が生成される。

 大規模な電脳空間。

 現実とは違い、無数の0と1、電子粒子などが浮かんでおり、色褪せてセピア色、というように単純な色へと景色が変わっていた。

 勿論、エルも琉夜の端末にいたが電脳空間ではいたいけな少女の姿で顕現することが、出来ていた。


「ふぅ……無事出来たな。」


 琉夜は維持しながらも額に伝う汗を指で拭き取る。相当な精神力を消費しているだろうが、それでも顔に出さない。

 エルは琉夜の前に浮かんで、心配そうに見ているが琉夜は必要ないと言わんばかりに首を振る。


「……いいか、もう一度言うぞ。俺はここから動けない。少しでも演算が崩れると一気に電脳空間が崩壊する」


 琉夜はそれだけ伝えるとエルの返事を待たないまま、集中に入った。


「……わかりました、ありがとうございます」


 エルは琉夜に深くお辞儀をする。そしてすぐさま駆け出すとその場を後にした。





♢ ♢ ♢




 ——そして、エルは管理局内を浮遊しながら移動する。ここまで広い現実に広げられた電脳空間は初めてだ、と思いながら周囲を見回す。


「確か、……地図の構造ではここら辺ですね。独房棟……」


 大きな電子ドアがついた部屋を発見したところでピタリと動きを止めた。

 

「……マスター!!」


 そう叫ぶと扉に手を添えて、外部からのハッキングを繰り出す。

 即座に開錠すると勢いよく中に飛び込んだ。


「……!」


 その独房は異質であった、無音。

完全に音を遮断する仕組みとEMPが微弱ながら作動しており、完全にハッキング対策と言えるような独房だった。

 その真ん中に拘束されているのは、見間違いようがない自分の主人の姿だった。


「……傷は、ついていないですね。今すぐに解除します……!」


 解除出来る事を確認して、晃輝の拘束を解くと彼の身体はぐったりとした様子で倒れ込んだ。

 顔色はかなり悪く頬に手を当てれば冷たく感じたほどだ。

 素早く手を首に当て脈を確かめる。鼓動が僅かに感じるとホッと安心した顔を見せる。


「よかった、……帰りましょう、マスター」


 抱えようとしたエルは、驚いた表情で晃輝を見る。晃輝の身体が思った以上に軽かったからだ。


「……ああ、こんなに軽かったんですね。マスターは」

「…助け出すことはできたみたいだな、それじゃあ——」


 無線が途切れた途端、電脳空間全体がブレ始めた。琉夜の集中が切れたのだろうか……。

 エルは急いで、晃輝を抱えてどうにか脱出を試みて、電脳空間内を浮遊していく。

 その間に晃輝の様子を確認したものの特に反応がない。


「急がないと……」


 電脳空間から現実世界へと戻ればエルの姿は電脳空間の姿ではなく、現実へと引き戻され、アンドロイドの姿へと変わってしまう。

 電脳空間であるならば、エルは無敵に近いが現実世界ではそうも行かない。


「……行きますよ、マスター」


 エルは抱えた晃輝を見ながら、独房棟の外に出る。

 琉夜がいるモニタールームは恐らく向かうことができないと判断したエルは、管理局のエントランスへと出た。しかしエルの視界には驚愕する光景が広がっていた。

 先程よりも更に重苦しくなった空気を感じると緊張感が高まる。

 ざざ、とノイズ。電脳空間に亀裂が入り始め、不安定のまま静けさが恐怖と不安を募っていた。


「……どうやら鼠が迷い込んでいたようで。……随分と生意気ですね、貴方は」


 エントランスにいたのは戦闘態勢に入った武装部隊、さらにそこにいたのは橘紫織。武装部隊の人数は、凡そ三十五人程だろうか。それらが全て、エルに対して銃口を向けており、臨戦態勢に入っていた。そして、紫織はかつん、と革底の靴の音を響かせながらエルを見据えている。

 武装部隊がいる、ということは琉夜のフルダイブが切断され、電脳空間から現実へと一気に引き戻されてしまったらしい。


「……まぁ、あの程度では大人しくならないと思っていたので想定通りでしたが、……ミオソティスも、AEGISも、私に反抗するのですね、非常に残念です」

「……橘紫織、貴方の目論見はわかっています。人類の再構成をするなんて、貴方はこの世界の神になったつもりですか……ッ!!」


 エルは、紫織を睨んで叫ぶ。しかし紫織は動じることもなく、ただ冷たい視線を送り続けた。


「それがどうしたのです? 結果的に人間は復活するのですよ? 全人類の復活に対して一人の犠牲で済む。合理的で効率的ではありませんか。人類さえいれば問題はありません。むしろ新たな世界を創造できるのですから喜ぶべきなのですがね」

「そんなものは貴方のエゴイズムでしかない!!」


 エルは、そう叫ぶ。

 しかし紫織はやれやれといった様子でため息を吐くと、ゆっくりと口を開いた。


「命の価値など等しく平等ではない。人間一人の命も無駄にするなと言うのならば、人間を全て滅ぼして新しい生命体でも作ればいい」

「……そんな理屈が通用すると思ってるんですか」

「無駄ですよ、貴方は所詮ただのプログラムにしか過ぎないのです。人形風情が偉そうに」

「作られたプログラムなのは貴方もでしょう……!」


エルは紫織に対して怒りをぶつける。感情を露わにしているエルに対して紫織は非常に冷ややかな視線を送り、ため息を吐いた。


「貴女は皆が羨む天才製、高性能で感情豊かかもしれない。でもそれだけでしょう? 私を作ったのは、その上。……雨宮聖歌が作った高性能型自律人形が、私。貴女とは出来が違う、性能も何もかもが私の方が上だ」

「……雨宮、聖歌、……では貴方は、何年以上稼働して……」


 そう、雨宮聖歌は数百年前の地上で亡くなっている。セラフィムを完成させ、全てを託した天才科学者。

 つまり橘紫織は、セラフィムを最初から守護し続けていたのだ。


「……っ、……それでも、……」

「煩わしい。貴方はそういう人間、……いえ、人形でしたね」


 紫織は冷たい声でそう言うと、手を掲げる。


「殺せ」


 周囲にいた武装部隊は一斉に銃を構えて発砲した。

 エルは、晃輝を抱えて庇うようにすれば、エルと晃輝の前に銃弾の雨が降り注ぐ。

 二人に銃弾が接触すると思いきや、同時に、外から窓が割れる音。その銃弾は斬撃によって弾かれた。

 降り頻る硝子の雨、それらが晃輝に刺さらないように、庇いつつ目をぐっと、閉じる。

 やがて落ち着けば、静かに顔を上げる。

 エルの前に着地したのは、純白の刀を携えたAEGISのCEO、無護白渡だった。


「……白渡、さん?」

「時間稼ぎ、ご苦労。蒼井晃輝も無事に救出出来たようだな」


 白渡は、静かに紫織を見る。その目は獲物を捉えた蛇のようにも見えるほど冷たく、鋭い。

 その表情を見た紫織は無表情のままだが、少しだけ驚いたように見えた。


「邪魔をするつもりですか」

「言ったはずだ。宣戦布告をしたはずだと。橘紫織。随分と管理局を私物化してくれたようだが、その代償はきっちりと払ってもらう。」


 白渡が構えた刀は、美しく光り輝いていた。それはまるで未来を照らす星の光のよう。

 そして二人が睨み合うと同時にエルに通信が入る。

 立体映像のモニターに映し出されたのは、AEGISのハッカー、湊音だった。


『ふう、どうにか間に合いましたね』

「湊音さん、……?」

『ミオソティスさんのことですが、ご心配なく。クリフォトの皆さんと遥華さんが向かって回収する予定です』

「………、では私はこのまま脱出、ですね」

『ええ、白渡さんがここに来る間にクリフォトの皆さんと遥華さんが、外にいる部隊全員片付けたので、楽に脱出できると思います。……というか、その、白渡さんの間合いから絶対避けた方がいい、可能な限り距離を取って脱出してくださいね』

「わ、分かりました。ありがとうございます」

『いえいえ、それではまた後で』


 通信が切れ、エルは晃輝を抱えて、外へと飛び出した。その様子を見届けた白渡は、納刀している刀の鍔を親指で弾き、紫織を見遣る。


「さて、ここからは慎重に言葉を選べ。貴様らは既に俺の間合いだ」


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