EP:20「ブリーフィング」
AEGIS、会議室にて話し合いが行われていた。
そこにはAEGISのCEOである白渡を筆頭に、数人の姿があった。
数人とは言っても、遥華が呼んだクリフォトのメンバーである琥白、そのリーダーである奏。AEGISの三人、それと湊斗の端末の中にいるエル、という面子だった。
会議室にあるテーブルは円卓型だが、白渡と遥華以外は座っておらず、空気が緊迫している中、目の前にいる者達は、緊張した面持ちで立っていた。
その一方で、白渡は椅子に座り腕を組み、更にはテーブルに、足を乗せながら思案するように目を閉じている。
「どうやら集まったようですね」
声を高らかに上げたのは、AEGISのハッカーを務める湊音だ。
「では——」
「AEGISがクリフォトと協力関係を結ぶ? アンタら信用出来るのかい?」
湊音の言葉を遮る。少々褐色肌、目つきの悪い女性、クリフォトのリーダーである天羽奏が、AEGISに対して不信と疑問を抱いて発言する。
「元管理局所属ならば、よく理解していると思ったが見当違いだったか? 天羽奏」
白渡が目を開けて威圧的な態度で奏を見る。その眼光に射抜かれるような感覚がするが、怯むことなく、奏が白渡を睨み返す。
「アタシはアンタを信用していない。そもそもアタシらはアンタの部下じゃない、対等の立場なんだよ。勘違いするんじゃない」
「僕たちは貴方達に対して、特別扱いをしていません。ですが貴方達は特別扱いにされている……、そう思い込んでいる時点で貴方達は自意識過剰です。余程自信がある様ですね」
湊音が淡々と発言する、それに対して奏は少し不快な表情を見せた。
奏は用心していた、AEGISは大きな企業とは言えども、管理局と協力体制を取っていた。管理局と対立している奏にとっては、信用することもできない。彼女にとっては敵の本拠地にいる、という感覚だからだ。
「血の気が盛んなのはいい事だけど、それは僕たちじゃなくて管理局に向けてやってくれない? そこまで言うなら君たちで管理局の武装部隊ぐらい殺せるんだろ?」
「遥華さん。火に油です」
苦笑しながら注意を促す湊音。
湊音に対して、手をひらひらと振って「はいはい」とそれ以上言わなくなる。
二人の様子を見た白渡はため息を吐いて、椅子から立ち上がる。
「争いをしたいわけではない。俺達を信用しないのであればそれでいい。天羽奏、貴様はこの世界をどうしたいのか、それだけだ。貴様が、滅亡の樹の名を命名したのであれば、それが答えだろう。俺達は、管理局に従順ではない、“協力体制”だっただけで、何も従うことなどしていない。我々が完全に管理局側であれば、貴様達の首を斬って管理局に献上している所だが」
白渡の言葉一つ一つが、冷たく鋭い。それらの言葉は奏の心臓を刺して、彼女自身の行動を止めているかの様。
言葉を間違えば、一瞬で首は飛ぶだろう。
そう思わせるには充分な圧だった。
「奏、刺激させない。私もエルも、AEGISに助けてもらった。晃輝もAEGISと協力してる、私は、この人達を信じる。そんなに邪険、しないで」
奏の隣に立っている琥白が、奏に対して説得する。琥白の言葉で奏は、ハッ、と我に返り、全ての疑問を振り払う様に頭を振った。
「……それもそうだ、助けてもらった恩がある。仕方がない。……すまなかったね、話の続きをしておくれ」
奏は湊音にどうぞ、と手で促す。湊音は琥白に「ありがとうございます」と言いながら一礼をして、一歩前に出て、口を開いた。
「では、話の続きをしましょうか。まず始めに、我々AEGISはクリフォトに正式に協力要請を申し入れます。そして今後はクリフォトの活動を支援し、共に戦う覚悟があると宣言致します。管理局に捕縛された蒼井晃輝さんを救出。管理局の壊滅。そして、セラフィムの破壊、地上への進出、全て貴方達の目的と何も変わらないはずです。どうですか?」
「一つだけ聞きたいことがある」
奏が口を開き、湊音に対して疑問を投げかける。
それを聞いた湊音がどうぞ、と手で促す。
「どうして、わざわざ協力を申し込んできた? アンタらがその気になれば簡単に潰せるはずだろう?」
「……蒼井晃輝さんの存在が大きいですね、僕たちとクリフォトにとってはなくはならない存在でしょう? セラフィムを壊せるのは恐らく、彼しか居ませんから」
彼の言葉を聞いた奏は少し考える素振りを見せてから頷き、納得した様子を見せた。
「なるほどね、理解したよ。それで? 協力内容はどうするんだい?」
「AEGISとしてはこちらの情報を提供致します。クリフォトの皆さんにも武器調達……資材も提供致します、それでいいんですよね? 白渡さん」
「問題ない。お前達の力が必要だと判断した時はこちらから協力を求めることもあるだろうからな」
琥白はとんとん拍子に進む話を聞いて首を傾げた。
「……此方にメリットしかない。AEGISから此方に対して何か要求は無いの?」
「ありません、このセフィロトだけの共同戦線です。地上に進出すれば、AEGISとしての権限も失いますので。ですから今のうちに交流を深めておくべきかと思いまして」
それを聞いた琥白は納得がいったらしく、それ以上追及することはなかった。
「では、本題に——」
湊音が切り出した瞬間、湊音の端末に何か送信された。
否、正確にはその端末内にいるエルに対して、だろうか。
それを確かめたエルは、送信されてきた相手の名前を見て目を見開いた。
「どうしました? エルさん」
「……ミオソティスから、データが届きました。ですが暗号データです、かなりの高度暗号化が施されています」
それを聞いて全員が驚く。
まさかこんなタイミングでメッセージが届くとは思っていなかったからだ。
「ミオソティス……、管理局に雇われているハッカーか」
「なになにー? 管理局に所属してるなら、宣戦布告ってやつかなぁ」
白渡と遥華がそれぞれ反応を示す。それに対してエルは、急いで暗号メールを解読しようと試みる。
エルが対応しやすいように仕向けたらしく、解読は簡単に成功したようで文面の内容を伝えた。
その内容は、管理局に所属している紫織の計画の事や、晃輝の現在地など、そしてイェソドで生成されているエネルギーの正体など記されていた。
「……で、これ信じていいわけ?」
遥華が、湊音の端末を覗いてエルに話しかける。
エルは考える。エルにだけ送信してきたということは、少なくとも信頼されているということなのだろう。
「……信じます、それにミオソティスが単独で動く、と言うよりマスターと協力を得て私に送った可能性が高いです」
「……分かりました。ひとまずそのデータを基に作戦を練りましょう」
「あの、皆さん。その、私はこれからミオソティスのところに行こうかと思っています」
エルがそう言った瞬間、一斉に視線が向けられた。
驚いたというより心配そうな様子に見える。そんな彼らの様子を見たエルは「あ、いえ……!」と慌てて付け足した。
「えっと、大丈夫です、私もこう見えて強いので! ある程度は対処できます!」
力強く言うと拳を握りしめてみせるとガッツポーズを作った。
それを見た周りはポカンとした顔で見ているだけで何も言わない。
エルは何かまずいことでもしただろうかと考えを巡らせていると湊音がため息混じりに言った。
「……貴方ならばそう言うと思っていました。引き留めはしません、ただし無理はしない範囲でお願いします」
呆れているが何処か安堵したように見える。どうやら心配してくれていたようだ。
優しい人たちに囲まれているなと感じたエルはそのまま笑顔で応えた。
「はい、では行ってきます!」
そして、エルは湊音の端末から姿を消してミオソティスの元へ向かったのだった
♢♢
「さて、もうそろそろ来る頃か」
管理局のモニタールームで待機している琉夜、モニターを見ながらそう呟いた瞬間、モニターの中に予想通りそこにはエルがいた。
「ミオソティス、ミオソティス、聞こえますか?」
「ああ、聞こえている。やはり来てくれると思っていた」
エルは、琉夜のリンク先へと辿り着いた。
何も罠もなく、すんなりと辿りついたことに疑いを向けつつ、改めて琉夜をじと見る。
「意外とお若いのですね。マスターと変わらないですよね? すみません、初めまして、改めて私は超優秀高性能AI、エルです」
「……自分で言うんかよ」
思わず琉夜は素で突っ込んだ。ため息を吐いた琉夜は、現状を伝えた。
それを聞いたエルは、深刻な表情を浮かべた。相当危険な状況ではあると理解出来た。
「彼奴は俺がアンタにハッキングかけた事を許すそうだ。エル、アンタ自身は俺を許すか?」
「ハッキングされたのは私の落ち度です。許すも何もないです。それに貴方はハッカーとして正しい行いだと分かります。ですから今は私の演算能力を活用してください」
琉夜はエルの言葉に耳を傾け、観察していた。
エルは確かにAIだ、だが此処まで感情豊かで心も表現し切れている。エルを作り上げた晃輝の技術を再認識させられる。
琉夜は晃輝に追いつきたいがあまり、彼自身の技術を盗み取ったがこればかりは敵わないな、と感じていた。
「ああ、よろしく頼むよ」
「はい! よろしくお願いします!」
エルの笑顔を見て、琉夜は少しだけ心が和んだ。どうにかやっていけそうだな、と心で呟けば本題に入るため真剣な表情を浮かべた。
「では、俺から蒼井晃輝を救う作戦を伝えよう」