EP18:「特定」
管理局が来る前、晃輝が自分自身をハッキングして数分。
エルと琥白は、倒れている晃輝を支えて壁に背をもたれさせて座らせていた。
だが未だに息苦しさが取れないのか過呼吸気味に荒い呼吸をしていて顔色が悪いままだ。
「……生成層から送られてくるエネルギーセルで、皆生活していて……、普通の、リサイクルエネルギーだと思っていた」
そう言っていたはずの琥白自身も驚いていた。
第四層イェソドにこんなエネルギーがあるなんて、と困惑していた。
琥白の話を聴きながら、エルは晃輝のバイタルをチェックをしていた。
脈拍が高くなっており血圧が低下し、体温も上昇しきっていた身体は非常に危険な状態だった。
額に掌を乗せて冷却措置をとるのを促す、それでも心臓の動きはとても速いものだった。このままでは危険だというのにどう対応したら良いのか迷ってしまう。
「……すぐに、ここから立ち去るべきかもしれません。嫌な予感がします、このエネルギーを摂取し続けるのは好ましくないと感じます。……私達だけでは対処できるかどうかわかりません」
焦る気持ちを落ち着けつつ、冷静に考えるように言ったつもりだったが不安の色が滲み出ている声色になってしまう。
一刻も早くこの場から離れなければいけないと感じる。
きっともう時間がないはずだと思ったその時だった。
その時、エルが感じ取ったのは、逆ハッキング。
第六感というものだろうか、瞬時に理解したのだ。
電子扉がハッキングされる音、それに危機感を感じたエルは真っ先に立ち上がった。
「……エル」
「マスターが意識を失ったからマスターのハッキングブロックが解かれて、……琥白さん、マスターを見ていて下さい」
「う、うん……」
突然の事で驚き戸惑う琥白はすぐに言われた通りにしていた。
その間にエルは電子扉へと歩いていくと、手を伸ばしてハッキングを行う。
少しでも晃輝の時間を稼ぐ為にだ。
しかし、そのハッキングはすぐに無駄に終わる。プロテクトが掛かり、強制的に弾き返されてしまう。
やはり対策はしっかりしていたらしい、こちらの意図を読んでいるような手際の良さ。
相手はミオソティスだろうか。
やはり侮れない存在だということを改めて感じる。
その数秒後、管理局の武装部隊がその場に飛び込んできて琥白、エル、晃輝を囲むようにして、銃口を構えて威嚇をする。
そしてその中央にいるのは管理局を率いている女性、橘紫織。
「ミオソティス、サポート感謝致します」
耳に装着している無線に手を当てて、そう言う紫織。
セフィロトの中を移動する際は必ず管理局の許可が必要になり、申請しないと通行すら許されない場所だ。
ハッキングをすれば、その僅かな乱れに反応し、逆探知されるだろう。しかし、それは一般のハッカーだった場合だ。
晃輝とエルがミスをするなど到底あり得ない事であり、証拠を残すことなど絶対になかった事なのだから。
では何故? とエルは考えた所でやめた。
今はそんな事を考えている暇はない。今の状況は非常に最悪だという事を再確認してからどうするかを決めなければならない。
「このエネルギー、ただのエネルギーだと思っていましたか? 情報媒体そのものなのですよ、ハッキングに反応して電波をキャッチして特定した。それだけです」
紫織は静かにそう言い放った。
彼女が発した声は冷たいものだった、明らかに敵意を向けているのがわかった。
その威圧感は半端ではなくとても怖い。エルは自分の主人を守らねばと思い構えると晃輝を庇うように立ち塞がった。
そんな姿を見た彼女は鼻で笑ったかのように息を吐き、言い放つ。
「主人を守るアンドロイド、いえ、AIですか。無駄な事は止めて大人しく両手を挙げなさい。もう逃げ場がないのですから、抵抗はしない方がいいでしょう?」
「私は……」
エルが何か言おうとしたその時、背後から琥白の声がした。
振り返ると武装部隊に取り押さえられた琥白の姿が見えた。
手足を電子手錠によって固定され、身動きが取れなくなっていた。
必死で抵抗するも多勢に無勢。所詮無意味でしか無いという事を思い知らされているようだ。そんな事を無視して紫織は指示を出す。
「まずは蒼井晃輝の精神を戻しましょうか。意識を覚まさせる程度で充分でしょう、肉体を傷つけすぎると後々面倒だ」
「やめて下さい……!!」
紫織の言葉に反対の声をあげる。
その言葉が気に入らなかったのか眉を顰めて舌打ちを鳴らし、エルに向けて、EMP弾を発砲した。
バチっと激しく弾けて周囲に被害を与える。
「あぁ……ッ……!!」
衝撃の強さにより、エルもその身を大きく震わせてしまい地面に倒れる。
その様子を見た紫織は大きくため息をついた後、言葉を続けた。
「教育がなっていませんね、その二人は連れて行きなさい」
紫織は部下達に指示を出し始めたようだ。
指示通り彼女達の手首に手錠を巻き付けて動けなくさせると、第四層の空間から連れ出していく。
紫織は銃を手にして、晃輝の眉間に銃口を押し当てた。
しばらくすると晃輝の瞳がゆっくりと開かれるのが見えた。
♢♢♢
そして今に至る。
「ゲームオーバーですよ、蒼井晃輝」
「管理局、か。随分と、隠し事をしているようだな。そんなに真実を知られてほしくないか」
眉間に銃口を押し付けられているにも関わらず、晃輝は冷静沈着の態度を保っていた。
強がって見せた訳でも無く本当に平然としており、それが紫織を余計に苛立たせるものとなる。
晃輝からすれば別に怖じ気づいたわけではなかった。
ただ単に相手がどういったことを仕掛けてきて、これから何が起こるのかと予想していたからだ。
「……俺を殺せないだろう? なんせ、人類は俺一人なんだから」
「ご安心を、殺しはしません」
「否定しないってことはそういうことか。それに薄汚い管理局の考えだ。分かるよ。殺さない代わりに、俺の頭脳が欲しいんだろ? 欲深いもんだなぁ……本当」
呆れたように嘲笑しつつ皮肉げに言う晃輝の言葉に動揺の色など一切見えない。
むしろ余裕がある態度を見せつけているのかのようだった。
紫織もまた冷静に相手の様子を窺いながらも話を続けた。
「貴方は大犯罪者、本来ならば問答無用で極刑ですが。研究対象として実験台として、実験され続けてくださいね?」
「はは、あー、そりゃあ最高だな。……楽しませてくれよ、クソ女が」
その言葉を聞いて満足気に微笑んだ紫織は、部下達に指示を出す。
その指示を受けた武装部隊は晃輝に近づき、ハッキングが出来ないように特殊な電子手錠をかけて、無理矢理立たされる形で移動させられる事となった。
「さぁ行きましょうか」
紫織は最後に一言言った後、踵を返して歩き出した。
その後にぞろぞろと武装部隊が続く。晃輝は、ついていくしかない。
銃口を向けられ、何か少しでも怪しい行動を取れば撃たれてしまうだろうから。
「(まぁ……これでいいか)」
♢♢♢
エルと琥白は先に武装部隊に拘束され、第四層から繋がる第一層への通路を進み続ける中どうにか抵抗できる事はないか二人は思考を張り巡らせていた。
「……、琥白さん、何とかなりませんか」
「ん、難しいと思う。私達、武器を持ってないし。それに拘束具を付けられている以上どうしようもない」
琥白の言う通り二人は手錠で自由に動けない。さらに首輪も付けられた状態で歩くことを余儀なくされており、不便極まりない。
だがそれよりも気がかりなのは蒼井晃輝の安否だった。
「あの場で、私達は何もできませんでした。せめて、マスターのように強かったら……」
「大丈夫だよ、晃輝は強いから。あんな奴に負けるわけない」
琥白は、信じているからこそそんな言葉が出てくるのだろう。
だがエルは素直に喜べないでいた。
何故なら自分が晃輝の足手纏いになっているかもしれないと思っているからだ。
「だけど、私じゃ何もできないんです。マスターを救う事も守ることもできません。このまま連れて行かれたらどうなるか分からないのに……!」
「落ち着いて、エル。大丈夫、晃輝ならきっと上手くやれる。私達が信じてあげなきゃ」
琥白はそう言って励ますが、エルは納得できなかった。
自分が役に立たないせいで大切な主人を失ってしまうのではないかと思うと、いても立ってもいられなかった。
「琥白さんは、不安じゃないんですか? 怖くないんですか……?」
「もちろん、怖いよ。不安だよ。だけど、私は信じると決めたから。何があっても晃輝を信じる」
琥白の目は真っ直ぐで曇りのないものだった。
その目は嘘をついているとは思えないもので、本気でそう思っているのだと理解できた。
だからこそ、その言葉に嘘偽りは無いと信じることができた。
「私が思うに、晃輝の事だから今頃何かしらの準備はしてあると思う」
「準備、ですか」
「ん、晃輝はいつだって先を見ている。先の先、その先まで考えて行動している。……きっと今も、考えてる」
武装部隊に連行されつつも二人は話していた。
周りには聞こえないように小声で囁くように。
「待て、何かいる」
そう言って武装部隊が立ち止まる。
前方を見ると前方に何やら人影のようなものが見えて警戒していると武装隊員の一人が声を出した。
「誰だ!」
その人影は足音をゆっくりと立てていけば、次第に早くなる。走ってきているのがわかる。
すかさず数人の武装部隊は銃をその人物に向けて引き金を引くが、その人影は銃弾を回避する。
ひらりと舞うようにステップを踏みながら躱して、その人影は一人の眉間に銃口を向け、容赦なく発砲をする。
放たれた銃弾により額を貫かれたその者は血を吹き出してそのまま倒れ伏す。
残りの隊員たちは何が起こったかは分からない状況で固まっていた。
「……その二人、渡してもらおうか?」
「貴様……!」
残った兵士たちが一斉にその人物に向かって銃弾を浴びせてくるが全て躱していく。
無駄の無い動き、その動きは只者ではなかった。
兵士一人一人の動きをしっかりと見極めていて紙一重の差で攻撃を繰り出していた。
最後の一人の攻撃も軽々と避けるとその者の顔面を掴んで地面に叩きつけた。
トドメに、銃口を向けて撃ち抜いた。
そんな一瞬の出来事だった為か、エルと琥白は呆然としていた。
あまりに素早く現れたせいか思考が追いついておらず言葉が出なかった。
「やっほー、AEGIS所属の緋城遥華だぜ。白渡に命令されて、シンギュラー君を確保するように言われたんだけど、間に合わなかったから君たち二人を助けようかなって?」
少し伸びた真紅の髪、黄金色の瞳、少し着崩したAEGISのマークが入ったコートを羽織り、黒い革手袋に包まれた華奢な体格。
可愛らしい顔に似合わず身体能力の高さを感じさせていた。
そんな人物が明るい声で話しかけて来ていた。
見た目は可愛い女の子なのだが発言からして恐らく男性だろうと思われるが。
突然現れて窮地を救った遥華に呆気を取られて言葉が出てこず呆然としていたがようやくエルは口を開くことができた。
「AEGISが助けてくれるのですか?」
「まぁね、白渡がさー、管理局に宣戦布告しちゃったみたいでね」
エルと琥白の拘束を外しながら、苦笑しつつ軽く言う。
その姿からは想像できないくらいにすごい人だと思いながら、助かった喜びと安心感でいっぱいになる。
「私たちを守って、くれる、のですか……?」
「うん。君たちを保護する、それに……」
琥白の方へと向く、その視線からは真剣な目つきだ。
その視線の意味を感じ取ったのか真剣な顔付きに変わる。
「君たちが所属している反抗組織クリフォトにも協力を得ようか」
「えっ……なんで知って……」
「第三層ビナー、あそこ管理局の目は届かないだろうけど企業たるAEGISが偵察できる場所はいっぱいあるんだ、悪いけどね」
驚愕しながら話を聞く二人。そんな二人を余所目に話を進めていく。
「その話を聞いてクリフォトの存在を知ってね、利用したいなーって」
含みのある言い方をして言っている割には満面の笑みを浮かべているのはなぜなのかと思いつつ話を聞いていた。
不思議だと感じる部分もあったが今は聞く余裕もなく琥白は頷くだけであった。
「さっ、とりあえず急いで戻ろうか」
手をひらひらと振りながら二人の案内を始めようとする遥華に付いていくことにする。
信用できるかは置いておいても心強い人物であることは確かな事だ。
追手が来ない内に、気づかれない内にと三人は急ぎ足でその場から立ち去った。