EP15:「宣戦布告」
大変長らくお待たせしました。
本当に遅れてしまって申し訳ありませんでした。
これから再開致しますのでよろしくお願いします
一方、橘紫織は管理局内の廊下を歩いていた。
「蒼井晃輝の居場所はまだ分からないのですか?」
険しい表情を浮かべている紫織の問いに局員の一人が首を横に振る。
その態度に苛立つ紫織だったが、耳に装着しているデバイスに報告が入ってきた。
『此方、ミオソティス。あー、ケセドで彼奴の家を特定して、向かったんだが、どうやら先手を打たれたようだ。勘付かれたのか、彼奴の家はもぬけの殻だった。しかもご丁寧にパソコンの中身まで消されている、サーバー内にも残っていない』
「そうですか、分かりました。ありがとうございます」
一方的に紫織は通信を切る、相当苛ついているようで、舌打ちまでも聞こえてくる。
その態度に周りの局員達は冷や汗を流しているしかなかった。
「彼の居場所は未だ分からず……ですか」
こんな状況でなければ優雅にカフェで紅茶でも嗜みながら読書をしているというのに……。
そんな事を思っている紫織のデバイスに、また通信が入ったようだ。
今度は画面に出た表示を無視しようかと考えたが、仕方なく手に取った。
「此方、管理局の橘紫織です」
『ああ、ようやく通じたか。』
紫織の通信相手はAEGISのCEO、無護白渡だった。
彼の声が響くと、紫織にも緊張が走る。
「何の用ですか?」
『蒼井晃輝の事で話がある。奴の件は此方に預けて貰えないか』
その言葉に、一瞬思考が停止しかけたが、言葉の意味を把握する。
「それは無理な相談ですね。」
『ああ、其方が身柄を確保したいのは分かっている。……奴の頭脳が欲しいのだろう?』
「…………」
白渡は紫織の沈黙を肯定として受け取ると続けた。
『橘紫織、貴様の思惑は知っている。貴様は蒼井晃輝の頭脳を利用し、セラフィムの核にしようと企んでいるのだろう。あの人材は特別だからな』
「それで? 彼の件をAEGISに任せて、どうするつもりですか? 匿うつもりでならば、私は貴方達との協力同盟も解除しますが」
『随分と大きく出たな。お前の一任で全てが決まると。管理局を私物化している事だけはある。見事だ。』
紫織は動揺を見せず、ただ機械のように言葉を続けた。
その様は感情が感じられない程に能面のように無表情だった。
「蒼井晃輝に関しては我々管理局が拘束します。貴方達の手には渡しません。」
『AEGISとしても困るのだよ、奴は我が社の取引相手でね。独立ハッカーとは言えども、彼の技術力と知識は貴重だ』
「取引相手? 彼は我々の敵ですよ。排除しなくてはいけません。その邪魔をしているのはAEGISではないですか?」
『やってみるか? 其方の全部隊に対して、俺一人で相手してやろう。数分で壊滅するだろうがな』
まるで殺し合いをするように両者共譲らずの主張を続ける。
お互いが自分達の意見を貫こうとする姿からは、覚悟以上のものがあるように見える程に過激で硬かった。
「AEGISが管理局に宣戦布告した、という認識で宜しいですか?」
『好きに取るといい』
「……分かりました。」
紫織はそれだけ言うと通信を切る。
「はぁ……」と深い溜息をつきながら、彼女は頭を抱える。
「……彼とはやり合いたくないものですが……」
そう呟いた彼女の目はどこか遠くを見ているようにも感じたのだった。
♢♢♢
AEGIS本部内にて、紫織から通信が途切れた白渡は一人佇んでいた。
ため息を吐けば、煙草を手に取り火をつける。
長い銀髪が揺らめき、その藍色の瞳には殺意にも感じられる程凍てついた瞳をしていた。
外が見える硝子窓へと視線を向ければ、地下電脳都市が映る。
快晴だった空は夕暮れとなり、陽が落ちてきているが、どれもこれも、偽物の空、景色。
全てはセラフィムが調整し、管理する。
その中で生きて暮らす人間達は、自分が小さな箱庭で飼われているだけに過ぎないという事実に気づかず日々を過ごしているのだろう。
胸糞悪い気分だ、と思いながら、白渡は、煙草を口に咥えながら湊音に連絡を取る。
「俺だ。湊音、遥華を呼べ。早急にだ」
湊音からは『わかりました』とだけ返事が来て、そのまま切れる。
暫くすれば、ドアをノックせずに入ってくるのは赤髪の青年だった。
「呼ばれてきたよー、白渡」
AEGISに所属する武装部隊のリーダー、緋城遥華。
彼は常にやる気はないが、必要ならば平気で人を殺せる人間だ。
肩までの血の様な赤髪に、黄金に輝く黄色の瞳。
AEGISのロゴが入った軍服のコートを羽織り、その下は半袖のシャツ姿と言うラフな格好をしている。
「で? 僕を呼ぶって事は、何か問題でもあったの?」
「今セフィロト全体で指名手配されている蒼井晃輝、知っているだろう?」
「ああ、彼か。それで?」
「……管理局が奴を見つける前に、此方で確保したい」
白渡の言葉に遥華は「ふーん」と言いながらも、興味を示してはいなかった。
だがそれは会話している白渡からすれば、いつもの事でこの態度を見ていれば彼が何を考えているかもわかる。
「……まぁいいや、僕はただ命令された事をやるだけだからね。でもさ、管理局のお姫様が先に彼を見つけたらどうなる?」
「その時は、お前が潰せばいい。」
「あっは、簡単に言ってくれるね」
そう言いながら白渡が持っている煙草の箱に手を伸ばし、一本手に取る。
そして口に咥えてから白渡が咥えている煙草の先端とくっついた。
それを強く息を吸い、吐けば燃焼されていく灰を床に落としていく。遥華の愛想笑いの後ろに隠れている姿を隠してることなど白渡にはわかり切った事だった。
「……要は、AEGISと管理局はどっちが先に蒼井晃輝を見つけるか競争してるってこと?」
「ああ、そういうことになるな。管理局が先に奴を見つけた場合、最悪な事態になるだろう。彼の頭脳を欲しがっている理由は、恐らくセラフィムと同期させ、新たな核にするつもりだろう。」
「……へぇ」
「だから管理局より先に俺達が見つける必要がある」
「わかった、僕が暴れやすいように理由をつけてくれてるのは嬉しいねぇ」
遥華は煙草を指で挟みながら、煙を吐き出して笑った。
その笑みには狂気が宿っており、まるで獲物を見つけた獣のような目をしている。
吸い終わった煙草を灰皿に指で弾いて捨てる、同じ様に白渡も灰皿に捨てた。
「簡単にまとめると、その蒼井晃輝君を管理局が見つける前に僕が確保しろってことでOK?」
「そういうことだと、頼むぞ」
「あーい、りょーかーい」
そう言うと、遥華は部屋から出て行った。
煙草の残り香が部屋を満たしている中、白渡はまた一つため息を吐いた。
「橘紫織、貴様は一体何を企んでいる?」
その疑問に答える者は誰もいない。
ただ静寂だけが部屋を支配していた。