EP14:「反逆組織《クリフォト》」
「協力するとは、言ったが」
第三層エリア:ビナー。
工業都市を歩きながら晃輝は琥白についていく。そういえば、同じ地下都市だ。
管理局は全ての層の管理をしているのだからここの層も管理内の筈だ。管理局の摘発も来るだろうが、それは一体どうやっているのだろうか。
「気になるだろうから言うけど、ここも管理局が管理している」
琥白は晃輝の思考を読み取ったかのように答えると、そのまま進んでいく。
「でも、管理局が管理しているのは、表層だけ。裏層は管理局の管轄外」
「……まさか、掘り進んだのか」
「ん、そういうこと。管轄区域から抜けるなら、新しいエリアを作るしかない。管理局への反逆の証。裏層は独立した私達の世界だよ。監視も何もない」
琥白の言い分ではこのビナーは表と裏が存在しているらしい。その裏層はセラフィムが支配する世界から独立し、自らの力で作り上げてきたものということだ。
しかしよく考えたものだ、と感心を覚える。
「マスター、AEGISと連絡が取れません。通信不可となっています、いえむしろ、向こう側から通信拒否されています」
「だろうな、AEGISと俺が協力しているとバレれば管理局が黙っちゃいない。……黙ってくれていれば助かる。AEGIS側も自分を守ると同時に俺を守る方法を行っているだけだ、向こうを責めるなよエル」
「分かりました。連絡を取らずに状況を見守りましょう、マスター」
晃輝はエルの言葉に頷くと、そのまま進んでいく。
「ここがビナーの裏層」
そう案内された場所は巨大な工場のような場所だった。広さもかなりあるようで天井も高い、そして何より驚いたのが機械の数の多さだ。
一体どれだけの電力を賄うのかという程の量である事は一目で分かる。
「……エネルギー資源は第四層からか」
「ん、ちょっと借りてる」
第四層から再生エネルギーやリサイクルエネルギーを借り、完全に管理しているらしい。質素ながらも生活が可能であると琥白は説明した。
食事、娯楽品、衣食住から何までが揃ったコロニーともいえるべき空間だ。
「……反逆するなら、武器はあるのか?」
「無い。武器を作る設計図がまだ未完成。最初に作った自爆覚悟の大型爆弾ぐらいしかない」
「いや、最初に作るもんがおかしいだろ」
思わず晃輝はツッコミを入れる。確かに反逆の意思を示すなら爆発も辞さないだろう。だがそれは余りに発想が飛びすぎている。
「設計図はともかく、火薬はどう用意するんだよ?」
「……強奪した物を奪って作るしか無いかな」
はーっと大きなため息をついた。
どうにも行き当たりばったりにしか思えないこのプランには頭が痛くなるばかりだ。
「いいか、……いいか? 管理局がここを襲撃したからと言って、すぐに自爆させるなよ。フリじゃねぇからな」
「分かってる」
そんな淡白なリアクションに更に頭痛が酷くなったような感覚に陥る晃輝だったが、ここで諦める訳にも行かない。
「とりあえず、武器は俺がなんとかしよう。俺が設計立ててやる」
「……ん、わかった。あ、でもその前に、案内するべき場所がある」
「……?」
「この反逆組織は私がリーダーじゃないから、リーダーのところへ行く。それに私がリーダーだったら、晃輝を副リーダーにしてた」
「……協力するってだけだ、所属するつもりはない」
「でも、私は晃輝を信頼しているし、それに……私の命を預けることが出来るのも晃輝だけだと思ってるから……」
「……やめてくれ、そういうのは。」
命を預ける行為など、晃輝にはあまりにも重い言葉だ。その言葉に息が詰まる思いがする。
それからしばらく歩くと、ある場所で琥白は足を止めた。
無造作に、不安定に、廃材で建てられた家が幾つもある場所。
縦に、横に、斜めに、四方八方に。どうやら皆が自分に合った住居を築き上げているらしい、とても無機質かつ冷たく整いすぎている情景には人間味が感じられず恐怖すら感じるような場所である。
そんな廃材の"塔"は、どこか歪さを感じさせるものだったがそれ故に逆に目立っているようにも見える。
「ん、ここ」
中は狭く、五人ほど集まればいっぱいになってしまいそうな空間だった。
電気の光や必要最低限のものしか存在しない状態のようで部屋は真っ暗で殺風景と感じてしまう。
「リーダー、例のハッカー連れてきた」
「は?」
琥白? と言おうとした矢先、暗い奥から飛んできたのはナイフ一本だ。
琥白はしゃがんでそのナイフを避け、晃輝に向かって飛んでいく。
「マスター?!」
エルが驚いた声を上げる。
「……おい」
エルの声に反応した晃輝は、そのナイフを視認する前に掴み取った。
他の人だったら絶対に避け切れずに眉間に刺さっている事だろう。
だがこれでいいのかもしれない、不審者がやってきた可能性を考えれば、牽制は必要だが……。
「あっは、いいね。避けると思ったが受け止めるとはねぇ?」
奥からやってきたのは高身長の女性。170cm程か。見えた髪は腰まで伸びているが、所々跳ねていてボサボサ。
服装も黒を基調とした作業着に紺色のホットパンツという格好をしており、肌も日焼けして褐色気味だ。髪色は紺に灰色のメッシュが入っているようだ。
顔は容姿端麗で、危険な美しさとでも言うのだろうか。
「アンタ、随分と肝が据わってるねぇ? 普通、ナイフを投げてたらビビって漏らすか気絶してたさ」
「いや、流石にそれは大袈裟過ぎる。それにその反応見せる前に刺さって死ぬが?」
冷静に晃輝は返す。
それに対して彼女は一瞬笑うと、さらに笑った。
「面白いねぇアンタ。私の名前は、天羽奏だ。この反逆組織の現リーダーだ。まぁ座ってくれ、座りながら話そう」
「マスター、この人信用していいんですか? マスターに対してナイフを投げた人ですよ? 私は信用できません」
エルが晃輝の端末内で、注意をするかのように囁く。
その言葉というより奏は、エルに興味深々なようで、晃輝の端末を覗く。
「ひゃぁ!? 何ですか!?」
「……へぇ? 面白いの連れてるねぇ、感情があるAIか」
端末から出た悲鳴に奏は愉快そうな笑みを浮かべる。エルはおどおどしながら晃輝に聞いた。
「マスター……この人は敵じゃなさそうですか……?」
「敵だったら、潰すだけだ。今は信用するしかない」
その答えに安心したのか、エルはほっと安堵の溜息を吐いたが、警戒はしているようだ。
「物騒だねぇ、だがそれがいい。所属するつもりもないんだろうし、協力関係ならそれが一番いい。」
奏は胡座をかいて座る。
そして真っ直ぐこちらを見つめたまま微笑んだ。
その瞳には、鋭い殺気を孕んでいるようにも感じる程に冷たい視線を突き刺されていた晃輝だが、彼は何も動じない。
晃輝もそこら辺にある椅子に座っては足を組む。その後に手に持っているナイフを、奏に投げ返した。
「マスター、天羽奏はセラフィムとデータ同期していません。マスターと一緒です」
「……そりゃあそうだろう、じゃなければこんな場所作れない」
「そ、そうですよね。すみません」
「エルって言ったっけか。アンタのAIも面白いな」
奏はエルに対して興味を持ったのか目を輝かせながら観察する。
その視線を嫌がり、エルは端末の画面から外れるように、奥に隠れた。
「……セラフィムを壊すことの意味を理解しているのか、確認だ」
「ああ、簡単だよ。セラフィムを壊せば、この世界は崩れる。それでセラフィムの支配から抜け出して、私たちが本来住んでいたであろう地上へと進出するって奴な」
「……地上の話はどこで知った?」
「それは私が管理局所属だったからだよ」
奏がその事実を明かす。
晃輝は驚いた表情をした。
「管理局所属だったのか、だからデータ同期の解除方法も知っていて、地上も知っていると」
「そういうこと、まぁ、これ以上教える事も無いけどね」
奏はそう言うと、立ち上がり晃輝の前まで近寄ってきた。
そして手を差し伸べてくる、握手のつもりなのだろうか、晃輝はその手を素直に取る。
「私はアンタが気に入った、よろしく頼むよ」
「……ああ、よろしく頼むよ」
奏の手は暖かくて優しいものだった、だがそれはすぐに離れてしまう。
「さてと、とりあえず今日はここまでにしとくかねぇ?アンタも疲れただろうし、寝床を案内しないとさ」
「分かった、助かるよ」
こうして奏との邂逅は終わった。
その後エルが「あのリーダーさん怖いです……」と言っていたのは内緒だ。