EP13:「そんな世界は望まない」
療養し終えた晃輝はエルと共に、セントラルエリア:ケセドを散策していた。
エルは晃輝の隣を歩きながら、時折興味深そうに辺りを見回す仕草を見せる。
そんなエルの様子に晃輝は苦笑しつつ、彼女の手を引きながら歩いていた。
「迷子になっても知らないぞ、エル。危なっかしいから俺の端末の中に入れ」
そう言って晃輝は自身の端末をエルに向かって放り投げるとそれを器用に受け止めたエルは、首をかしげながらもそれを受け取る。
だが晃輝の意図を理解したのか小さくうなずき返した後素直に彼の端末の中に入っていく。
「よし、それでいい。」
端末を操作するとエルの姿が映し出された。
やはりこれが日常だ、エルがいる日常が当たり前になっている。いない日常など考えられない。
「……」
晃輝はぴたりと足を止める。
足を止めたのはケセドの様子がおかしいと気付いたからだ。
その異変に気付いたのか、晃輝は舌打ちをする。
「マスター? どうしたんですか?」
「……先手を打たれたな」
晃輝の端末の中からエルが話しかけてきたが、晃輝はそれどころではないようだ。
大通りから抜け路地裏へと入る。
「エル、今すぐに俺の家にあるデータを全消去しろ。跡形もなく、サーバーにも残すな」
「え、あ、は、はいっ」
晃輝の言葉に驚いたのかエルは慌てて返事をするとデータを確認しながら処理していく。
「……家には戻れない。管理局が動き出しやがった、ミオソティスが俺の情報を提供したんだろう」
晃輝が路地裏へと隠れた瞬間、大通りに見えたのは管理局の拘束部隊だ。
「マスター、サーバーからデータ消去しました。これで特定されることはありません」
「了解した。セラフィムに人物データを同期していなかったのもこれを危険視していたからだ。同期しているとセラフィムのシステムに全て管理されることになる。少しでも悪行をすればすぐに管理局に通達が行き、拘束部隊が出動する。」
「でも、マスターは……」
「俺は同期していない。その分助かっている、だがそれもこれまでだろう。俺はセラフィムに反逆した犯罪者として認定されるだろうな」
晃輝の言葉にエルは言葉を失った。だがそれも無理はない。
彼はセラフィムを壊そうとしているのだ、それは即ち管理局と敵対するということであり、つまりそれは都市から追放されることを意味する。
「分かりきっていた結果だ、この事象も予測していた。……行くところは一つだ、行くぞ」
「……はい」
♢♢♢
ケセドの路地裏、この間晃輝が立ち寄った修理屋。
そこに晃輝は向かっていた、あそこならば自分の味方がいるかもしれないと思ったからだ。
「琥白、いるか?」
修理屋へと辿り着いた晃輝は、店の中に声をかけた。
あまり大きな声は出せない、大声を出してしまえば拘束部隊が気づいて向かってくる可能性があるからだ。
「……ん、晃輝だ」
そんな小さな声で反応し扉を開いて姿を見せた琥白。
晃輝の真剣な様子を見てからか、琥白は店内へと案内させる。
「……その様子じゃ、大変そうだね」
「まぁな、管理局が気に入らないって言う発言を思い出して此処に来た。すまないが匿ってくれないか?」
「そう言うと思った、ケセドの大規模停電事件もいずれバレるだろうなと思ってたから」
そんな会話を交わしながら二人は店の奥にある居住スペースへと向かうと、そこでエルを呼び出した。
端末の中から出てきたエルに晃輝は声をかける。
「エル、これから此処に住むからそのつもりでな」
「……はい! ……え?」
「その子は確か、この前、声掛けてた子だよね?」
「ああ、エルだ、俺が作ったAIだよ。凄く優秀だぞ、スーパーなエルだからな」
「……晃輝、君の語彙力はどこにいったの……」
「そんな事言ってもいいだろ。……何より俺のエルだから良いんだよ」
晃輝はそんな事言いながらふと、思い出す。
確かに晃輝はセラフィムとは同期していないが、琥白はどうなのだろうか、と。
「琥白、セラフィムのシステムにデータ同期してるのか?」
晃輝が聞くと、琥白は首を横に振る。
「……セラフィムと管理局自体、嫌い。だから一度もしていないしする気もない」
その言葉を聞いて安堵の表情を見せる。琥白ならば信頼してもいいかもしれない、と晃輝は考えていた。
それに機械系統の話になれば精通しており、晃輝にとっても有難い存在となるだろう。
「……こっち、ついてきて」
琥白は居住スペースの奥へと、歩いていく。その後を追うと一つの壁の前で立ち止まった。
琥白は壁に手を当てて、何か複雑なコマンドを入力しているのか電子音が静かな室内に響く。
「この壁は」
晃輝が呟くと、琥白は手を退けた。
するとそこには下に続く長い階段だった。
「地下……?」
晃輝は首を傾げるが、琥白の案内でそのまま下へと降りていく。
長い時間、降りて行くと、そこに広がっていたのは工業地帯だった。
「ここは……」
晃輝は辺りを見渡す。
そこには様々な機械が並んでおり、まるで工場の様だった。
「……セラフィムと管理局に反抗する為の組織を作ろうと、晃輝とエルが来る前に準備してた」
琥白は、振り返って真剣な目で晃輝を見据える。
「此処は第三層《エリア:ビナー》、ケセドとは違って、セラフィムと管理局に反抗する人たちが集まった、工業都市」
「ビナー自体は知っていた。ただの工業層だと思っていたが、そんな裏があったのか。」
「うん、此処は世界から切り離された場所。セラフィムに管理された世界じゃない、私達が作り上げた、もう一つの世界」
晃輝は目の前に広がる機械群を前にして思わず呆然としてしまう。
辺りを見渡すと、そこには様々な機械が所狭しと並んでいる。中には大型の物も置かれており、まるで秘密基地のような雰囲気だった。
エルも端末から辺りを見渡して感嘆とした声を上げる。
「すごい、大きい機械がたくさん並んでいます! これを使って発明もしてそうですね!」
「それも出来る」
琥白は機械を観察してからこちらへ振り返る。その目は何か決意を固めたような目だった、そして口を開いた。
「私はセラフィムを壊そうと思う」
「……」
その言葉を予想していた晃輝は表情を変えることは無かったが、小さく溜息をついた。
「セラフィムを壊すということがどういう意味か、わかって言ってるのか?」
「ん、分かってる」
それは決意を感じさせる声色だった。
きっと彼女も自分と同じ考えを持っているのだろうと、そう確信させられる物言いだ。
「……セラフィムの消滅はこの地下にいる人間達をも、絶滅に追い込む行為だ。お前はちゃんとそれを考えているのか?」
「……だからこそ」
少し間を置いた後、彼女は口を開いた。
「隔離されて、完全に支配される世界。管理されるということは、人を諦観させる事。管理されていれば何もしなくていい、個性も何も消えていく世界になる。私はそんな世界を望まない」
「……」
晃輝は、彼女の言葉に対して何も言わない。
セラフィムが支配する世界では、個性や自由などは存在しない、ただ管理された世界で生きていくだけだ。
それが幸せだというのなら、その者はそれで良いのだろう。だがしかしそれを望まない者の方も存在する。
「多くの犠牲が出るぞ」
「わかってる」
晃輝が呟きのような反論、それに応じるようにして琥白も返事をした。
言葉だけではなく覚悟もあるのだろう。まっすぐ見据えてくるその強い意思は濁りの無いものであることが見て取れる。
これはもう何も言えないな、と晃輝は悟った。
「……分かったよ」
溜息混じりで発した言葉に、琥白は微笑みを浮かべる。
エルも緊張した表情を崩し、ほっとしたような顔をしていた。
「……ん、私は晃輝の味方だから」
その言葉には嘘偽りなど無いのだろう。その真っ直ぐな眼差しに晃輝も思わず苦笑してしまった。
そして改めて思うのだ、この少女は強いと。自分とは違う強さを持っているのだと実感した。
「……、ありがとう」
晃輝は小さく呟いた。
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