EP12:「最悪の火種」
「……で、どういうことだ?」
管理局内のモニタールーム。
ミオソティス、もとい雨宮琉夜はモニタールームの椅子に座りながらも管理局の戦闘部隊に四方八方から銃口を向けられていた。
その琉夜の視線の先には紫織が立っている。そんな現状の中、琉夜はただ真っ直ぐに彼女に視線を向けて淡々と話すだけだった。
「まぁ、俺を見張るなど、いつかは絶対に来るだろうと思っていたよ」
まさかの受け答えに周りの隊員たちは警戒度を高めている様子だ。
しかし、それに萎縮することもなく琉夜は言葉を続ける。
「簡単な思考だ、俺がアンタ達に対してまともな仕事をしていないからとか、勝手な行動をしすぎだ、とか、そんなよくあるような理由だろう?」
琉夜は、まるで他人事かのように淡々と話し続ける。
その様子はあまりにも冷静であり、それがまた不気味さを醸し出していた。
「だがそれはアンタ達の都合だ。俺は俺のやりたい事をやる」
その言葉に紫織の眉間に皺が寄った。
「……管理局の指示にも従わず、自由な行動を取る。貴方は私にどれだけの迷惑をかけたと思うのですか?」
それに対し琉夜は鼻で笑うように笑った。
それが紫織の神経を逆なでしたようで、ギリッと歯を食いしばる音が聞えてきた気がしたが無視して口を開いた。
「……“私に”?……悪いなアンタ一人に向けて言った言葉じゃないんだが」
琉夜の言葉の途中で再度周りの銃口は彼に向けられる。
だが彼はそれを気にも留めず話を続けた。
「俺はこの組織に忠誠を誓うつもりもないし従う気もない、雇われの身だがこうやって拘束しに来ているのなら、俺は今すぐにでも管理局との契約を解除するが?」
「……それは、」
紫織は言葉を詰まらせる。
だがすぐに冷静さを取り戻すと再び口を開いた。
「その技術を管理局に提供しないというのであれば、貴方の身の安全は保障しません。その代わり、貴方の脳だけを摘出し、人工知能として使うだけです」
「アンタの考えは随分と恐ろしいんだな?筋が通ってても言われた側からしたら暴論で詐欺だろそれ」
そう言いながら琉夜は、指を鳴らす。
ぱちん、と部屋に響くような軽快な音が鳴り響くと、琉夜に銃口を向けている戦闘部隊の隊員達に電流が走り、動きが停止した。
「……いつの間に」
「最初からここを電脳空間に変えていただけだ」
紫織はモニターの分析システムを発動させ、何が起こったのか確認する。
それを見た紫織は苦い表情を浮かべていた。敵に回してはならない相手を、敵にしてしまったのではないかという恐ろしさを肌身で感じるような威圧感を感じる。
この部屋に入る際に権限を解除してから入ったはずだが既に対策されている以上は逃げ場もない。
「俺もアンタと話したかったんだ、こんな馬鹿な部隊を持ち込んできたから話ができなかったがね」
「……話、とは?」
紫織は冷や汗を流しながら問いかける。
「……アンタ、セラフィムをどう利用しようとしている? 管理局とは、セラフィムと共にこの地下電脳都市、セフィロトを見守る為の組織だった筈だ。だがね、俺が個人で調べたんだが、アンタ……この管理局を私物化しようとしてるだろ? いや、もうしているよな」
琉夜は、すーっと目を細めた。
「……俺はな、アンタのそのやり方に賛同は出来ない。セラフィムを私物化しようとしている時点で俺はアンタと相容れない」
「それは誤解です。私はただ、セラフィムの存続を願って——」
紫織は必死に弁解しようと試みるが琉夜は聞く耳を持たない様子だ。
彼はそのまま話を続ける。
「アンタのやり方ではいずれこの地下電脳都市の秩序が崩れ去るだろうよ、だから俺は管理局と手を組むつもりはない。……今のが最後の警告だ」
それはまるで警告ではなく脅しのように聞こえてしまったかもしれない。
紫織は恐怖を感じたのか僅かに肩をビクッとさせるような仕草をした。
それを察した琉夜は小さく息を吐く。
「……話を変えるか」
表情を一変させ微笑むように口を開いた。
「管理局へハッキングした人物を特定出来た。聞くか?」
「……それは一体」
「シンギュラー。……唯一の天才ハッカー、蒼井晃輝。」
琉夜の言葉に紫織は目を見開くと、そのまま黙り込んでしまう。
「管理局に手を出した犯人がコイツだ。」
その言葉に紫織は眉を顰める。
「貴方は一体何を」
「簡単な話だ、蒼井晃輝は、危険因子だ。セラフィムを破壊しようとする"最悪の火種"、その火種は、セフィロトを跡形もなく焼き尽くす。この楽園に存在するあらゆる命を犠牲にして“地上に出ようとする”だろうね」
「……地上の事を。やはり知っていましたか」
紫織は、琉夜から放たれた、地上という言葉に反応を示す。
本来であれば、絶対に知ることが出来ない。管理局ですら一部の人でしか知らないからだ。
楽園が偽りだと知られれば、確実にセフィロトに住んでいる人間達は混乱、暴動などを起こす可能性もある。
最悪、この建物の一部が破壊され、大変な事態を招く可能性があるからだ。
何か言おうとした紫織の言葉を遮り琉夜は続けた。
「セラフィムを守りたかったら、蒼井晃輝を探せ。それがセフィロトが生き残る唯一の道だ。管理局はそのためにある組織だろ?」
淡々と、それでいて決定事項のように言われる言葉に対して反論すらする事が許されないと感じたのか、紫織は眉間に皺を寄せ深く息を吐き出すだけだった。
「貴方の言い分は分かりました。確かに我々が貴方を拘束してしまったら、蒼井晃輝の行動を止められない。貴方への拘束は取り止めましょう。ですが、蒼井晃輝への指名手配は取り下げません」
「ああ、それで構わない。……だが、直接対決はさせてくれよ? メインディッシュまでも奪うなら、俺は契約解除してアンタ達の敵に回るからな」
その言葉には確かな重みがあり紫織は思わず息を呑むが、すぐに冷静さを取り戻すと琉夜に対して鋭い視線を向けた。
「……分かりました。ですが貴方の行動にも目を光らせておきます。」
「それは怖いな、気をつけるとしよう。」
そんなやり取りの後、電脳空間も解除され、倒れていた隊員達も起き上がる。
紫織の命令によって武器を下げ、紫織と共にモニタールームから出て行った。
「……」
一人残された琉夜は天井を見上げながら呟く。
「やっぱ人間扱いする奴らじゃなかったな。俺に対して、道具としか思っちゃいない。」
琉夜は拳を握りしめた後、何度か振り感覚を確かめたあと立ち上がる。
モニタールームのドアノブを摑むがその後ろで動きを止める。
僅かばかり感傷に浸りそうになる自分自身を制止し、小さく呟く。
「雨宮聖歌、アンタは」
何故晃輝を選んだのか、何故自分を選ばなかったのか。
今更、と我ながら自嘲めいたため息をつき、口角を上げる。
「俺は俺だ、雨宮聖歌を模して作られたとしてもそれは変わらない。」
そう理解はしているものの、どうしても考えてしまう。
そしてその度に自分の無力さを感じる。
「俺は、」
そこまで言って口を噤んだ。これ以上は考えてはいけない気がした。
琉夜は首を振り思考を切り替える。だがしかしどうしても考えてしまう。
雨宮聖歌の模倣品であり、粗悪品であること。
その事実だけが琉夜の心に重くのしかかった。
まるで精神の足場が徐々に崩壊していくようだ。
「絶対にお前だけは許さない。シンギュラー、お前が……セラフィムを破壊する前に、俺が……お前を殺す。」
そう決意を固めた琉夜の瞳には強い意志が宿っているようにも見えた。