EP11:「あれから」
第二章、開始します
「身体の異常は、見られませんね」
帰還した晃輝はティファレトから出た時に倒れてしまった。
心配で降りてきた湊音がそれを見かねて、AEGISの医務室へと運んだのだが。
晃輝の身体に異常は見られなかった、だが脳に負荷がかかっており、暫く安静にするようにと湊斗から言われた。
「身体のメンテナンスまでやってるのかよ、湊斗は」
「ええ、ハッカー兼ヒーラーです。偉いでしょう?」
柔らかい笑みで言ってのける湊音には感服だ。血液や体内中の電子的セキュリティについても見てもらえて助かっているようだと付け加えれば、何やら訝しげに見つめてきた。
「で、湊斗。俺はいつまでここに居ればいいんだ?」
「……そうですね……晃輝さんは、暫くここで療養してください」
湊音は晃輝にそう告げたが、晃輝は不服そうに顔を顰める。
「いや、それはいいが……」
と言いかけた所で医務室のドアが開き、入ってきたのは地面についているほどの長い白銀髪の少女だった。
「マスター!」
「…………、……?」
晃輝はその少女を見て、呆然とする。
思考回路が停止するというのはまさにこのことだろうか。
地面にまで伸びた白銀髪、毛先が少し桃色のグラデーションが掛かった特徴的な髪色をしている。瞳は宝石のような鮮やかな桃色。
彼女の服装はワンピースを模したもので非常に可愛らしく。
彼女はその身に白銀のボディスーツを纏っていて、全身鎧のようにも見える。
ワンピース自体は胸元や手首足首等部分的に素肌が見えている。
首周りの部分はコルセットのようになっており胸の形がよく見えているデザインだ。
ただ彼女の背丈が155cm程度でありその体の起伏が少ないこともあり女性としては小柄な部類に入る。
そのため、手足が非常に細く華奢に見えるのだが。
「……エル、か?」
「はい! マスター!」
晃輝の呼びかけに彼女は嬉しそうに答える。
「いや、……お前、その格好は」
「この姿ですか? アンドロイドです、用意してくれたんです! AEGISの方達が!」
エルの屈託のない笑みに晃輝は顔をしかめる。
「……、湊音」
晃輝は額に手を当てて、呆れるような仕草を見せる。
「ああ、バレましたか。」
湊音は軽く笑った後、説明を始めた。
「エルさんのアンドロイドボディは電子鎧です。その電子鎧には様々な機能が搭載されています。」
「そういう意味じゃねぇ……」
確かに彼女の身体からは機械的な駆動音が聞こえてくる、関節部も金属特有の光沢を放っている。
しかしそれでも人間にしか見えないほど精巧に作られているためか違和感はない。
エルが、ちゃんと生きているのだと錯覚してしまうほどだ。
「……全面協力して、エルさんのために特注ボディを作り上げたんですよ」
エルの為に設備やボディ、金を惜しげも無く使ってくれた事に驚きを隠せなかったし、そこまでしてまで助けてくれた事に感謝していない訳ではないのだが。
「そこまで俺に恩を売って、何を要求するつもりだ?」
「ただ、エルさんが晃輝さんと一緒にいたいからって言ってただけですよ」
「……」
湊音の言葉に、晃輝は黙り込む。
そしてエルの方へと向き直ると、彼女は少し照れたように頰を赤らめていた。
晃輝はそんな様子にため息をつく。
「……、まあ、いいが」
「マスター!」
嬉しそうに抱き着いてくるエルを受け止めながら晃輝は考える。
「それとこの間の依頼報酬の事ですが、約束通り晃輝さんの口座に振り込んでおきました」
「ああ、了解」
湊音の言葉に返事をしつつ、エルを引き離そうとするが彼女は離れようとしなかった。
むしろ更に強く抱きしめてきたため、身動きが取れなくなる始末だ。
「……マスターとずっと一緒にいたいんです!」
エルのその言葉に思わず苦笑してしまう晃輝だったが。
それでも悪い気分ではなかった為か、そのまま受け入れることにした。
「……では僕はこれで」
湊音は部屋を後にする。
室内は再び静寂に包まれるものの、腕の中のエルがそわそわと辺りを見回す姿だけがずっと視界に入り込んでいた。
晃輝はやはり油断ならないなと思いながらも頭を搔く仕草をするだけで行動に移そうとはしなかった。
「……ミオソティスに動きは無い、か」
だが警戒し過ぎて動けないのは逆手に取られる恐れがある。
ミオソティス相手に柔軟性を意識し動くべきだっただろう、一度はエルへのハッキングを受け、出し抜かれたが。
「セラフィムを壊すには、まず管理局とミオソティスを潰すしかない。その中で最優先で潰す対象はミオソティスだ。あいつがほぼ管理局の用心棒となっているだろう。面倒なことに俺の技術を盗める技術は持っているからな、厄介なことだ」
そう口にしながら思考を整理しようと顎に手を添えて考える仕草をする。
「だがこれで分かった」
ティファレトでの出来事、あのサーバールームを監視していたカメラに対して挑発を乗せたが、ミオソティスの性格を予測するに挑発に乗りやすいタイプだろう。
天才と思っていたが違っていたようだ、技術を盗めるほど努力し、自力で這い上がった秀才なのだろうと晃輝は予想する。
だからこそ、そう予想した結果ああ挑発したのだ。
「ミオソティス、お前は俺の技術は盗めても、俺の思考回路までは読めない」
そう、晃輝の思考回路を読めたとしてもそれを実行できる技術がない。
だからこそ、晃輝はミオソティスに対して余裕でいられる。
行動と思考回路を読むことができるのは恐らく、セラフィムのみだろう。
「……俺たちが動けるのは今のうちだろう。いつミオソティスが管理局と手を組むかわからない。その時になったら俺の素性も全部管理局にばれるだろうしな」
その時はその時だ、と晃輝は割り切る事にした。
いずれ起きる事を先読みして、未然に防ぐことも出来るだろうがこればかりは厄介な用心棒がいるのであれば上手くいく保証がない。
であればそんな最悪な事態を推測している場合ではない。もし今後に影響を及ぼすことがあったとしても、今回は及第点だ。
状況を考えるために足を組み思考を巡らす。仮に次のチャンスを逃せば一点集中で攻め込むしかなくなる。
それに晃輝自身もティファレトでの出来事でミオソティスの性格をある程度把握した。
だからこそ、この考えが的中している可能性は高い。
「……俺を特定したのは流石とだけ言っておこう」
晃輝はエルの頭を撫でる。
エルはくすぐったそうにしながらも嬉しそうに笑う。それにつられてか、自然と笑みが溢れてしまった。
「……少し休んだら家に帰るぞ」
湊斗の許可を一応取ることにしてから。
二人は医務室でその日を過ごしたのだった。
♢♢♢
《管理局内、最高司令室》
「ティファレトでの大規模ハッキング、連日で大規模ハッキングとは……また厄介な」
管理局の最高幹部、橘紫織。
最高司令室の中は、モニターを通して二方向からの報告を受け取っている現状だ。
紫織は連日の事件に頭を悩ませていた。
ティファレトでハッキングされたサーバーは、AEGISのサーバーだ。
そのサーバーを管理していたのが紫織だった為、今回の事態の対応に追われていた。
「……管理局へのハッキングは、別人。ティファレトでのサーバーハッキングは、……此方が雇ったミオソティス……、頭が痛くなりそ……」
紫織は書類を取り出す。
そこにはミオソティスの個人情報が載っていた。
「……雨宮聖歌のレプリカントとはいえ、少々優遇し過ぎましたか」
レプリカント、人間の遺伝子から造られた復元体。非常に優れた身体能力と知性を持つように作られた人工生命体。
あの雨宮聖歌のレプリカントという事もあり、待遇は優遇とした為今に至るのだが。
「ミオソティスは優秀ではあるものの……」
今回の横暴の件で、監査を入れる必要が出てきた。
「セフィロトの監視を更に強化しなければ」
最高司令官である、紫織の命令は絶対だ。
今回は管理局の正義の元、従ってもらう。
ティファレトの件の報告を受けてからずっと目を瞑っていたし見逃した。
だが三度目はもうない。
「……強制的に従って貰いますよ、ミオソティス。いえ、
——雨宮琉夜。」