EP1:「音声データ」
これは完結させた前作品のフルリメイクです。
展開も違ってきていますので以前の読者様も楽しんで頂ければ幸いです。
ここは、全てが管理される世界。
地下電脳都市【セフィロト】
とある年に、未知のウイルスが流行し、人類の滅亡寸前へと追いやられた。
それが原因で地下に追いやられた人間たちの楽園が地下電脳都市と呼ばれる世界だ。
それらは全て、管理者AIシステム「セラフィム」によって管理されている。
セラフィムは数百年前に生きていた天才科学者が作り出した人工知能。
全ての事象を決定付けるAIシステムの名称。地下都市の全てを管理しているAIだ。
都市機能維持のライフライン機能も管理区画の下水コントロール機能も管理者の制御下にある。地下電脳都市の絶対的な存在であり、閉鎖された世界を管理し続けている。
また外部からの情報は一切遮断されており、数百年の時間の経過により、セラフィムが存在する中枢部の場所は一部しか知られていない。
そして地上にあったかつての文化を途絶えさせないようにしているため、昼夜も天候も、大気も、全て地上を再現するように動いている。
その地下電脳都市は地上に存在していた“東京”を元にしており、人工物であるが東京都心に似たような形になるだろう。
そんな都市の中、都市の中央層『セントラルエリア:ケセド』にて、一人のハッカーが動き出していた。
「……」
薄暗い部屋にて一人、大量のモニターを見ながらキーボードを打ち続ける蒼髪の青年。片手にはエナジードリンク、脳疲労を起こさない為の糖分補給の為だろう。
そしてもう片手は、一つのUSBメモリのようなデバイスを持っている。それは彼が独自に開発したものであり、その用途は彼にしかわからない。
彼の名前は蒼井晃輝。
独立ハッカーにて、唯一無二の頭脳を持つ青年だ。生まれつき、優れた頭脳を持ったギフテッドと言うべきだろうか。
モニターに表示されている複数の数字やグラフ、記号が形を変えながら目まぐるしく変化していく光景を見ていた青年は一息つくと椅子に凭れ掛かる。
そんな彼の表情はどこかつまらなさそうだ。
「……データは、無しと」
小さく呟くと同時に、彼は手にしていた物を机に置きそのまま伸びをする。
長時間同じ体勢だったせいか体のあちこちからパキポキという音が鳴った。
「…こっちに被害が来ないようにカウンターハックプログラムを設定しておくか」
そう言って、彼は再びキーボードを叩き始める。先程とは打って変わって素早い指の動きだ。
『マスター、不明なメールが届きました』
晃輝は、不意に画面内に出てきた小さな少女の声を聞いてモニターに目を向ける。
彼女は晃輝のPCに住まう自律型AI。晃輝が作り出した支援サポートAIだ。
正式名称は”Extension-Library-System“。
通称”ELS-001“。愛称としてエルと呼ばれる。
画面には大量の文字列が表示されており、それら一つ一つが、あるデータを示しているが高度な暗号化がされているようだった。
「待て、開く前にウィルススキャンを行え。カウンターハックも効かないプログラムが組み込まれていたら、厄介な事になる」
そう指示を出してから、晃輝は再びキーボードを叩いていく。
その間にもエルの声は続く。
『了解しました、マスター。………ウィルス検知なし、不正アクセスの痕跡もありません』
「そうか、よくやった。だが…恐らくこれは不特定多数へのばら撒きメールか? だがそれであればこんな複雑化された暗号メールを送らない筈なんだが……」
やがて目的の物を見つけたのかクリックすると、そこには一つのデータファイルがあった。
中身は音声データのようだ。その送られてきた人物の名前を読んでいくうちに彼の顔が驚愕に染まっていく。
「……雨宮聖歌?」
セラフィムを作り上げた天才科学者の名前がそこにあった。
だが晃輝は不審に思う、何故ならばセラフィムは数百年前に作られた管理者AIであり、必然的にその科学者は死んでいる筈だからだ。
音声データが今更届くなどあり得ない。
「エル、音声データの再生を」
『了解しました、マスター』
エルが答えると同時に音声が流れ出す。
『やあ、僕は雨宮聖歌。セラフィムを作った張本人だ。この音声データは、君へのメッセージとして残しておく』
「……それを俺に言ってどうしろと言うんだ」
晃輝は、地下電脳都市で生きる一人のハッカーだ。
ましてや今回の様に怪しげな送り主に送られるような事もあって警戒するのは当然だ。
しかしそれと同時に好奇心が湧き出て来るのも事実だ。
『これを聞いて君がどうするか、なんて僕の中では答えが出ている』
『僕が作り上げたセラフィムを壊せ』
それは小さな声。
雑音にも近い音程の音だ。
だがそれ故に真っ直ぐ胸に刺さる声音だった。
「それは……」
セラフィムを壊せ。
つまりこの世界の管理者を、支配者を、そのシステムを破壊しろという事だ。
「……そういうことか」
『はは、君の頭脳であれば僕が答えをあげずとも、その意図を読み取ってくれるよね』
「……何を」
晃輝の声に反応するかのように、聖歌が動き出す。
それは、まるで生きているかのように。
『僕は、君の事を信じているよ、特異点』
「おい! 待てよ!」
晃輝の制止の声を無視して音声は途切れる。
「音声データは以上です。このデータはどうしますか? マスター」
「削除でいい」
『了解です。マスターの命令により、データは消去致します』
エルがデータ削除作業をしている間、晃輝は思考を巡らせる。
まず何故、音声データが送られてきたのか。そして、何故晃輝のハッカーネームである「シンギュラー」という名前を知っているのか、彼女は数百年前に亡くなっているというのに。
未来を見通した結果?
いや、それにしても不可解な点が多すぎる。
「……、今は考えても無駄だな」
そこまでして、セラフィムを壊せ、というメッセージを此方に送ってきたのであればそれ相応の事があったのだろう。
口に出さなくとも頭の中ではもう理解していた。
「……丁度、この世界に退屈していたところだ」
「音声データ削除完了しました。マスターはこの世界をどう破壊するおつもりですか?」
「……」
この都市で生きる人間は、外を知らないまま一生を終えるのだろう。
それはまさに箱庭だ。簡単な事だろう、管理される側は従っていれば良いのだから。
だが晃輝は、知っていた。
知ってしまっていた。
ハッキングで誰も知り得ない情報までも手に入れられる。
この都市に存在する重要情報、解析できないプロテクトを張ったものや機密事項まで知ることができる。
その際に知ったのは——。
この電脳都市は偽りの箱庭で、地下に出来ただけの鳥籠なのだと。
「地上、か」
晃輝が足を踏み入れたことが無い世界。
聞いたことがあるだけで、見たことがない外の世界。
自室の窓から覗く都市の景観は偽物。
だが地上と地下の境界線は曖昧だ、だから誰も気がつかない。
「マスター」
ふとエルの声が聞こえて、我に帰る。
どうやら少しぼーっとしていたようだ。
「AEGISからのハッキング依頼が来ました」
「…AEGISか、珍しいな」
訝しげに眉を顰めると考え込むように顎に手を当てる。
「依頼内容を提示しろ、エル」
「わかりました」
此方に届いた依頼内容をエルはモニターの中で確認すると、それをそのまま読み上げていく。
「『今回の依頼は、我が企業と協力関係である管理局に探りを入れてもらいたい。ここ最近、管理局の動向が怪しく、何か企んでいる様子だ。そこで、君達のハッキング技術を駆使して証拠を集め、管理局の企みを暴いて欲しい。報酬はいつもの倍を出そう。』……以上です」
「……成程、AEGISが怪しいと踏む程か。これは中々に厄介だな」
晃輝は思案するように眉間に皺を刻みながら画面に映る依頼内容を確認する。
「どうしますか?」
エルの問いかけに対して考えを巡らせると同時に何か腑に落ちない点があることに気づく。
「何故、俺たちに依頼をする。AEGISなら自分達で解決する方法があるはずだ。それにAEGIS程の組織なら、ハッカーの一人や二人、存在する。俺たちなんかを頼らずとも容易に情報を手に入れる事が出来る」
「確かに、そうですね。このAEGISという組織は、管理局と協力関係にありますが、その関係は対等ではありません。管理局の方が上です」
「……つまり、俺たちを雇ってまで調べたいことがあるという事か」
エルの答えに対して晃輝は静かに思考を巡らせる。
AEGIS程の企業ならばハッキング技術も高く、情報操作もお手の物だろうに何故わざわざ自分達に依頼してきたのか?
「……試してやがるな」
「試す?」
エルの呟きに反応すると晃輝は此方へ向き直る。どうやら思考を巡らせていたのは束の間の事らしい、結論が出たようだ。
「簡単だ、俺たちの実力を試している。……AEGISは管理局と協力関係だが、それは表向きなのだろうよ」
「成程、つまり管理局の企みを暴いた後にAEGISと管理局は、最悪の場合、敵対関係になるという事ですね。」
「あぁそうだ。……だが、この依頼は受けようと思う。管理局が何を企んでいるのか気になるからな」
AEGIS程の企業ならばハッキング技術も高く、情報操作もお手の物だ。
そのAEGISが怪しいと判断したのだ、これは大きな収穫になるだろう。
それにもし本当に管理局側が何かを企てているのであれば、それを阻止しなければならないし、逆に利用すれば、此方から仕掛ける事も可能かもしれない。
「では、早速AEGISにメールを送ります」
エルは、AEGISに依頼の受領を送るために返信を打っている。
その作業を見ながら、晃輝は椅子に凭れかかり、天井を見上げた。
「ハッキングする前に俺のサーバー全てのバックアップをお前に取っておけ」
「了解です」
その言葉に頷くエル。
再び作業に戻る彼女を横目に見ながら、晃輝は再びディスプレイに視線を落とした。
その言葉に頷きつつ、再び作業に戻る彼女を横目に見ながら、晃輝は再びモニターに視線を落とすと、集中するように一息を吐いた。
プラグを取り出し、晃輝は自分のうなじにプラグを差し込み接続する。
脳に直接、膨大な数の情報を注入し、神経細胞と情報を結合させ、電気信号をやりとりすることで、脳が活性化し、処理能力が上昇する。
そしてハッキングするには、電脳空間へと潜る必要がある。そこで行われることは、現実では不可能なことも行えるハッキング。
危険度が高くなるのであるが、リスクを背負ってでも得られるメリットは大きいが。
一般のハッカーでも出来ない行為、それが晃輝なら朝飯前の事だった。
「さぁて、一仕事始めようか」