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鎌鼬6 朝霧不動産の秘密2

 いいオトナが、真面目な顔をして妖怪が存在していると述べている。


 そろそろ何処かから『ドッキリ』と書かれた看板とカメラを持った人物が現れるのではないか。いつか見たテレビの光景を思い出しながら、遥に悟られないように辺りを見回してみるが、当然ながらそんな気配はまるでなかった。


「頭ごなしに否定するつもりはないですよ。でも、メゾン江崎の住人が妖怪だとは思えないんですけど……」


「みんな気づかれないように努力や工夫をしていますからね。悠弥さんがそう思ったなら、上手くやれているということで、何よりです」


 にこりと微笑んで、遥は急須に残っていた茶を湯飲みに注ぎ、二杯目の茶を啜る。


「皆さん気づいていないだけで、あやかしたちは案外身近にいるんですよ。ほら、こないだの時代劇に出てた女優さん、主人公のお姉さん役の……なんて名前でしたっけ……」


「あー、あの……ちょっと前、刑事ドラマで女刑事やってた……」

「そうそう! あの女優さんは狐のあやかしですよ」

 そんなばかな。


「あとは……市役所のお偉いさんにもお一人、古い(むじな)さんがいらっしゃいますし、ああ、有名どころだとサスペンスドラマ常連の俳優さんで……」


「あーっ! もういいですっ! 世の中、知らないほうが良いこともあるとかないとか言いますから!」

 悠弥は焦って遥の言葉を遮った。


「古いあやかしたちが、そうと悟られることは、まずありません。うまいことやっていますからね。信じるか信じないかは、悠弥さんの自由ですけれど」

 湯飲みをテーブルに置いて、しっかりと悠弥を見つめる。


「でも、彼らが確かにあやかしとしてこの世に存在しているということは、事実です」

 遥はいたって真面目な様子。この場はひとまず納得するより他になさそうだ。


 まだ信じきったわけではないが。


「私としては、このまま一緒に働いてほしいと思っています。でも、もし今の話を聞いて……嫌だと思うなら……」

 そこまで言って、遥は唇を少し噛んで俯いた。


 悠弥は頭の中で事態を整理するのに精一杯で、何か返事をしようと口を開くが、言葉は出てこなかった。


 今朝のお客さんは妖怪だった。自分の住むアパートに妖怪がいる。わりと見知った有名人の中にも妖怪はいるのだという……。


 遥は悠弥の言葉を待っていた。

 しかし、遥自身がその間に耐えられないようだった。


「黙っていてごめんなさい。いきなりこんな話をしたら、きっと怖がられるだろうと思って……でも、悠弥さんなら分かってくれそうな気がしていて……騙していたみたいですよね、そうですよね……」


 語尾は聞き取れないほど小さく消え入りそうな声になっていた。

 もう一度、遥がごめんなさい、と言おうとしているのがわかった。


「やります。俺、続けます」

 悠弥は遥の言葉を遮るように言う。


「大丈夫です、騙されたなんて思ってませんから。ちょっと驚いただけで……。俺、やっぱりこの仕事が好きだって思えてきたところで。今やめるなんて考えられないですし」


 それに何より。

 この時代に、そんな怪異があること、あやかしというものが本当に存在するらしいことが、なんだか嬉しいのだ。


「本当ですか?! よかったぁ……。正直なところ、こんな話をしたら変な人って思われるかも、辞めちゃうかもって、心配だったんです」


 本当に不安だったのだろう。遥はもう一度、よかった……とつぶやき、深く息を吐いた。


「妖怪を相手にすると言っても、仕事内容はほとんど変わらない……ですよね?」

「ええ、変わりません。それに、悠弥さんならきっと大丈夫です。わからないことや、厄介なお客さんは私に任せてくださいね」


 遥の表情に安堵が広がり、いつもの微笑みが戻っている。

 ひとつ困ったことは、美琴のことだ。彼女もまた、あやかしが住むとは知らずにメゾン江崎に引っ越してくるつもりでいる。


「ところで、柏木さんのことは……」

「彼女が気に入っているなら、このまま契約を進めてもかまいませんが……。私たちが良くても、柏木さんが良いと言うかどうかですね。あやかしが住むアパートなんて、住みたいと思うかどうか……」


「告知する気ですか?!」

「あら、内緒にするつもりですか?」


「わざわざ妖怪が住んでいるとは言わなくてもいいんじゃないかと……」

「そうですねぇ。でも、さすがに事情を知らない部外者が入居するというのは、あやかしたちも警戒するかもしれませんから……。真実は必ずお知らせすることにしましょう」


「俺、柏木さんに変な奴だと思われませんかね……」

 その言葉を聞いて、遥はクスクスと笑った。


「それを言うなら、さっきの私も同じ気持ちでしたよ。緊張するでしょう?」

 確かに妙な不安が湧いてくる。


「でも悠弥さん、あの人ならきっと大丈夫だと思います。ちらっと見ただけの、私の勘ですけれど」

 悠弥もそう思っていた。


 きっとわかってくれる、大丈夫だと言ってくれる。そんな気がした。


「明日、柏木さんに話してみます。あの人が大丈夫だというなら、住んでもいいんですよね」

「ええ。空き部屋も埋まることですし、事情を話せば江崎さんもダメとは言わないでしょう」

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