32話 剣の窃盗事件
スージーとメイベルが護衛に付いてから1週間程経った。
巧が、いつもの通り店番をしているとスージーとメイベルが裏庭で剣の訓練を始めた。
まあ、普段は襲われる危険もないし、この辺は治安も良く事件もあまりない。
護衛の出番などない。
そのため、腕が鈍ることを嫌った2人は訓練を始めたのだ。
2時間ほど経過し、2人は訓練を終えた。
そのタイミングで巧は、自分も剣の訓練をしたいと希望した。
「タクミさんも剣を使うのですか?」
とスージーが聞いてきた。
「はい、剣術スキルもあります」
何で商人が剣を? と理由を聞いてきた2人に巧は、旅に出ても生き残れるようにと説明した。
村にいた魔術師がそう言っていたからと理由を追加した。
「なるほど、タクミさんは戦う商人になりたいんですね」
「確かに剣術があれば何とかなることが多いわね」
2人は、各人がそれぞれ勝手に納得したようだ。
そして、店が終わったら剣の相手をしてくれると約束してくれた。
店を閉めた後、巧はスージー、メイベルと戦闘訓練を行った。
戦闘訓練が終わるとスージーが、
「その剣、もうボロボロですね」
と言った。
そういえば、この剣はリゲルに貰ってから1度もメンテナンスをしていないのだった。
幾多の魔物との戦いを共にした剣だ。
そろそろメンテナンスの時期だろうと巧は思った。
「知り合いの鍛冶屋にメンテナンスしてもらいましょう」
というスージー
巧は、鍛冶屋という言葉に少し嫌なイメージを浮かべたが、スージーの知り合いなら問題ないだろうと思い直した。
――次の日
スージー、メイベルと共に知り合いという鍛冶屋に向かった。
その鍛冶屋は工房街の北西の端にあった。
巧の店も工房街の端っこだが、その鍛冶屋は、こんな所には来ないだろうと言うほどの端っこの方にあった。
周辺には、昔の東京下町と思えるほど家が混みあっていた。
始めて来る人は迷子になりそうだ。
スージーが鍛冶屋の中に入り
「ルードル、居る?」
と珍しくフランクに話し掛けた。
「おう、スージー嬢ちゃんか」
顎髭を蓄えた60代くらいの体格のいい爺さんが返答した。
「剣をメンテナンスして欲しいの」
スージーが巧を見て言った。
巧は、剣を鞘ごと外しテーブルの上に置いた。
ルードルと呼ばれた爺さんが、巧の剣を鞘から抜いて眺めた。
すると、
「この剣はダメだな」
と言った。
「質の悪い鉄を使った粗悪品だ。直に折れるぞ」
ルードル曰く、この剣は、安物の剣で間に合わせにしか使えない代物とのことだった。
「ずっと使うなら、ちゃんとした剣を買った方が良い」
と言った。
「因みに、新しい剣はお幾らで?」
巧が値段を聞くと、良い剣なら金貨1枚と言われた。
流石に金貨1枚は無理だったので、何とか小金貨1枚が限度と言った。
「それなら、中古だな」
「おっと、ごめんよ」
と話の途中で、3人の男が店に入ってきた。
「ルードル、そろそろ期限だが、剣はできたのか?」
と真ん中に居るマフィアみたいな風貌の男が言った。
「まだだ」
「おいおい。油を売ってないで、仕事に取り掛かったらどうだ?
期限までに剣を納品しないとどうなるか分かっているんだろうな?」
「それなんだが、期限を延ばしてくれないか? 素材が手に入らなくて作れんのだ」
「はぁ? ふざけるな! 期限は変えられねぇ! そういう契約だ。期限までに納品できなかったら違約金を払ってもらうからな! 後、1週間だぞ!」
そう言って3人の男達は、去っていった。
「ルードル、どういうこと?」
スージーが説明を求めた。
ルードルによると、さっきの男に魔法剣を1本作ってくれと頼まれたとのことが切っ掛けとのことだった。
その契約は、依頼から1月以内に魔法剣1本を作成し、それを金貨30枚で購入するという物だった。
ルードルは、手持ちの魔法鉄で何とか1本の魔法剣を作った。
だがその剣は、作った日の夜に何者かに盗まれてしまったとのことだ。
困ったルードルは、手を尽くして魔法鉄を探したが魔法鉄の在庫もどこにも無い。
仕方なく、仲間に魔法鉄を探してもらって、集めてもらっている最中とのことだった。
だが、その望みも薄そうだとルードルは言う。
メイベルが
「あの男が盗んだんじゃないの?」
と言った。
「だが、証拠がない」
「その契約の違約金は幾らなの?」
とスージーが聞いた。
「金貨10枚だ」
「なんでそんな高額なの?」
「購入金額を高くする代わりに、確実に納品してくれとのことでそうなった」
「なんか怪しいわね」
とメイベルが言った。
「だが、証拠も確証もない。さらに魔法鉄が無いことにはどうしようもない」
ルードルは暗い顔で言った。
スージーとメイベルも犯人を捕まえるにしても、今からでは時間が無さすぎると思った。
そこで、巧は話に割り込んだ。
「魔法鉄があれば良いんですか?」
「ああ、そうだが……」
それが見つからないんだというような顔をしていた。
「どのくらい欲しいんです?」
「鉄鉱石なら3キーグラは欲しい」
「ちょっと場所を借りますよ」
と巧はカウンターの後ろに陣取った。
そして、儀式をするフリをして魔力付与の機能をONにした。
更に、鉄鉱石を3kg購入し魔力を付与した。
使用ルピーは30であった。
その購入した鉄鉱石を、儀式で出したの如く目の前に出現させた。
突然、目の前に鉄鉱石が現れ、それを見たスージー、メイベル、ルードルは驚きに目を見開いた。
「「これが、勇者候補者様の力……」」
スージー、メイベルがうわ言の様に言った。
「勇者候補者様だと?」
ルードルは、巧を見て更に驚いた顔をした。
巧は、鉄鉱石を驚き顔のルードルに手渡した。
「どうぞ。魔法鉄鉱石3キーグラです」
鉄鉱石を手渡されたルードルは、その鉄鉱石を見て言った。
「おいおい、魔法鉄の含有量が70%の鉄鉱石なんて初めて見るぞ」
通常、魔法鉄が含まれる鉄鉱石の含有量は40%程度である。
細身のロングソードでも刀身に1.2kgの鉄が必要なため、最低でも3kgくらい無くては剣は作れない。
「だが、これなら要望通りの魔法剣が作れる。勇者候補者の」
「タクミで良いです」
「タクミ、ありがとよ。それと、悪いがお前の剣は後回しだ」
「急いでないんで、先にそちらの用件を終わらせて下さい。でも、同じことが起きないように対策を」
と巧は言い、対策を施すことを提案した。
「対策できるのか?」
「まあ、剣ができてからですけどね」
ルードルは、剣の制作が終わるのは4日後とのことで、巧達は4日後に再訪することにした。
――4日後
「これが制作した魔法剣だ。付与術は耐久性と切れ味強化だ。これならレッドベアの防御ですら貫くぞ」
とルードルは言った。
「良い剣ですね」
と巧はオーラを纏った刀身に見惚れていた。
「それで対策というのはですね……」
巧は盗み対策を施した。
その日の夜、
全身黒ずくめの男がルードルの店に入り込んで、カウンターの上に置かれていた魔法剣を見た。
「間抜けな奴だ。こんな古風なトラップなんかに引っ掛かる訳ないぜ」
その男が、剣に仕掛けてある警報トラップの紐を店にあった別の剣に付け替えながら言った。
「まさか、もう1本製作するとは思ってもいなかったぜ。念のために監視をしていた甲斐があったな」
とその男は言い、そそくさと魔法剣を持ち去った。
――次の日
「魔法剣が無い! どこにもない!」
そこに巧達が到着した。
「ルードルさん、どうしました?」
と巧が聞いた。
「朝起きて見にきたら、カウンターの上に置いていた魔法剣が別の剣にすり替えられていたんだ」
ルードルは信じられない風に言った。
「でも一体だれが?」
スージーが言った。
「なら、それを確認しに行きましょうか」
と巧は事もなげに言った。
「どうやって確認するんだ?」
「まあ見ててください」
と巧は言った。




