23話 入学試験
――次の日
巧は、マジェスタ魔法学園近郊の家探しと市場調査に出かけた。
リオは、宿屋で試験勉強をするようだ。
巧が家探しをするのは、宿屋の宿泊費用が馬鹿にならないからだ。
また巧は、カオンの時のようにパオリに店を開くつもりだった。
巧は、もし今年合格しなくても、パオリに生活基盤を整えて、次の年を待てば良いと思っていた。
それに、パオリの中心地に近いここからだと学園まで遠すぎる。
歩いて2時間は掛かる道を行き来するのは億劫だ。
今の宿屋は、城の防壁の西側に位置していた。
カオンなどの町から入ってきて、観光や魔石の売却などがしやすい市場に近い場所にある。
寄合馬車が止まる地点からも近いので大変便利だ。
そこからマジェスタ魔法学園へは、防壁を伝って北へ向かう。
城の防壁の北側は、鍛冶屋や武器屋、防具屋、魔道具屋などの工房が多く立ち並ぶ工房街となる。
そして、その工房街を抜けると、マジェスタ魔法学園がある。
この構造は、まるで魔法学園の技術を欲した人達が工房街を形成したように映る。
魔法学園と工房街は綿密な連携を取っているのだろう、この工房街で売られている製品は魔法関連の品が多い。
巧は、その工房街を歩いていく。
そして、ある一軒の鍛冶屋に目を止めた。
そう、そこには魔法剣が飾られていたのだ。
「おっ、この剣は魔法剣だぞ。何々? 魔術付与は切れ味強化と炎か。良いな~」
巧は、ゴールデンベアのゴッテスが持っていた氷の魔法剣の威力を知ってから、魔法剣が欲しくなっていた。
だが、その値段を見ると。
「げっ。金貨20枚?!」
巧にはとても買えそうもなかった。
巧が、その値段に驚いていると、冒険者思わしき男と店主らしき男の会話が聞こえてきた。
「店主、この魔法剣の値段はなんだ? 去年の2倍の値段だぞ?」
「仕方ないんだよ。最近、魔法鉄が入手困難になってきてな。魔法鉄の値段が高騰してやがるんだ」
「なんだと! それじゃあ俺たち冒険者に死ねとでも言うのか?」
「はぁ? お前らが、洞窟なんかで良い品質の魔法鉄を入手してくれば良い話しだろう!」
店主と冒険者の言い争いが始まった。
巧は、2人の諍いを横目にそっとその店を後にした。
一通り工房街を見て回ると、どこも費用高騰の話題で持ちきりの様相だった。
こうして工房街を彷徨って、パオリの北部の概要を頭の中にインプットしていった。
――数日後
住処となる場所を色々調べまわった結果、工房街の北の外れに空き家があり、そこが最も良い物件と思われた。
そこは、元々魔道具屋だったそうだが、最近廃業したとのことだった。
その家は2階建てとなっていて、1階部分の半分が店、もう半分が工房となっている。
工房には調理するための窯やテーブルがあり、生活空間と兼用となっていた。
もう半分の店部分には、カウンターと棚が備え付けとなっており、そのままでも商品を並べれば店を開けそうだった。
2階は2部屋となっていて、それも巧には都合が良かった。
家賃もパオリの中心部からだいぶ離れるので、1か月銀貨5枚であった。
マジェスタ魔法学園へは歩いて30分ほどである。
それも、この家の良いポイントだった。
この家にしても良いかとリオに聞いたが、リオはそれどころではないようで「良いよ」の一言だった。
――試験当日
遂にマジェスタ魔法学園の試験日となった。
リオは気合が入っていた。
勉強の成果はどう? と巧が聞くとやるだけやったわとの回答だった。
巧は付いていくか? と聞いたが大丈夫との回答だったため、リオを遠くから応援することにした。
リオがマジェスタ魔法学園の南門を訪問すると案内人がいて、受験票を見せると試験会場に案内してくれた。
リオの受験する学科は付与術学科だ。
以前訪問した受付の建物とは別の建物の一室に案内された。
その部屋の椅子に座って試験開始を待つようだ。
リオは、緊張しながらも席に座って試験開始を待った。
周りを見ると、殆どが貴族と思われる服装をした人達ばかりであった。
それでも少数ながら、平民と思わしき人達も居ることがリオを安心させた。
最初は筆記試験だ。
フローク語、魔法語、算術の3つである。
リオは気合を入れて試験に取り掛かった。
暫くして、これら3つの試験が終わった。
リオは、この試験に手ごたえを感じていた。
少なくとも、歯が立たないということはなかったと思った。
やることはやったと次の試験に臨むリオ。
次に、実技試験だ。
リオ達は、部屋を移動した。
その部屋は実験室のようで各人の机の面積が大きく、その上にランプが置いてあった。
リオは、自分の名前が書かれた机に座った。
試験内容は、このランプに付与術を施し、その技量を測ることだ。
付与する魔術はなんでも良いとの指示だ。
監督者が現れ、全員が居ることを確認した。
そして、開始の合図が鳴った。
リオは早速ランプに向かった。
ランプに手をかざし、ON、OFF機能付きで3段階の光量変更が可能な付与術を発動させた。
これまで何度もやった手順だ、間違うはずもない。
だが、付与術はランプに定着せず霧散してしまった。
「嘘っ。なんで?」
リオは、難しい術ではなくただ光るだけの付与術を付与させてみた。
だが、これも霧散してしまう。
考え込むリオ。
回りの受験生は失笑を浮かべていた。
小声でアイツはダメだなという声がした。
リオはその声のした方を見た。
リオが振り向いたので、声を出した受験生は、サッと自分のランプの方を向いてやり過ごそうとした。
だが、それがリオを救った。
その声のした受験生のランプを見たリオは、ハッとした。
自分のランプとの違いを見つけたのだ。
リオは、手を上げ、監督者を呼んだ。
「どうかしたか?」
と聞く監督者
リオは、
「このランプでは、付与できません」
と言った。
周りから失笑が漏れた。
他のランプでも同じだろという声が聞こえる。
監督者が
「そのランプではできないというのは、技術が未熟だからではないのかね?」
と言う。
だがリオは、
「このランプに取り付けられているのは魔法物質ではありません。となりのランプと比べれば一目瞭然です。
魔法物質でなければ、付与術は付与できません」
監督者はリオの言葉に驚いた。
「馬鹿な。全てのランプを確認したはずだ」
「では、このランプに付与術を掛けてみてください」
とリオは言った。
監督者は、リオのランプに付与術を掛けようとしたが、リオと同じように付与術が霧散してしまった。
「確かに、このランプでは付与できないようだな」
監督者は、リオのランプの蓋を開けて、中を覗いた。
すると、ランプの中央部分にはめ込まれている魔法核に淡い光が灯っていないのが見えた。
不思議に思った監督者は、その原因を突き止めた。
そのランプに魔法核として取り付けられていた物は、魔法物質の魔法銀ではなく普通の銀だったのだ。
これでは、付与術を掛けることはできない。
このランプは、魔法核に魔法物質である魔法銀を使ったランプである。
付与術は、魔法物質のみ付与することができる。
従って、この試験では魔法物質に付与術をどのように掛けるかが問われるのだ。
通常このタイプの魔道具は、魔法物質にON、OFF機能を付けた付与術を掛ける。
そして、この魔道具は形状はランプだが、魔法銀に発光とは別の付与術を掛けることもできる。
その場合このランプは、発光とは別の動作をする魔道具となる。
例えばだが、火炎の付与術を掛ければランプの形をした火炎放射器が作れる。
だから、付与する魔術はなんでも良いという指示だったのだ。
監督者は、このすり替えられたランプの蓋を閉め、周りを見た。
だが、誰がこんな事をしたのか判断できる材料がなかった。
そのため、
「このランプは故障している。別のランプを持ってくるから待っていたまえ」
とリオに言い部屋から出て行った。
暫く待つと、監督者が手に同じ形のランプを持って入ってきた。
監督者は、ランプをリオに渡して再開したまえと言った。
リオは、新しいランプを受け取り、それに付与術を掛けてみた。
すると今度はすんなりと付与術を定着させることができた。
リオが付与術を完成させると、それまでという試験終了の声が聞こえた。
リオは、付与術を掛け終えたランプを監督者に提出した。
そこで、監督者に
「疑って済まない」と声を掛けられた。
リオは軽く会釈して席に戻った。
出来たランプは、監督者が回収し後ほどその動作を確認される。
その際、その出来栄えを評価点とする旨が伝えられた。
そして、最後の礼儀作法のテストが開始された。
一人一人が個室に呼ばれ、礼儀作法を一通り行うものだ。
貴族と思われる服装の者達が次々と部屋に入っていく。
そして、満足気に部屋を出て行くのだ。
それは当然だ。ある意味それをすることが仕事という人達である。
その姿を見てリオは不安に駆られた。
ふと隣を見ると、リオと同じような平民の女の子が緊張で震えていた。
リオはその震えている女の子に声を掛けた。
すると、その女の子は、はにかみながら笑顔を浮かべた。
その女の子は、ミルトと言った。
リオとミルトは、試験の情報交換をした。
更に話を聞くと、父親は北の町で騎士の従者をしてるそうだ。
何を間違ったか、覚醒の儀で付与術を引き当ててしまい、魔法学校を受験することになってしまったとのことだった。
そんな話をしていると他の2人の平民と思わしき男女も寄ってきた。
平民はこの4人だけだった。
男1人に、女3人だ。
「リオさん、入りなさい」
とリオを呼ぶ声がした。
リオは、扉の前に立ってノックをした。
入りなさいという声がしたので、リオは失礼しますと声を掛け静かに扉を開けて中に入り静かに扉を閉めた。
そして、
「リオと申します。本日はお忙しい中お時間をいただきましてありがとうございます。どうぞよろしくお願いいたします」
と挨拶をした。
試験官はそれを聞いて驚いた。
この地域で使われている礼儀作法とは全く異なっていたからだ。
そして、席への座り方や座った時の姿勢、話し方など、リオは巧から教わったことを完璧に全うした。
リオがその個室を出た後、試験官達が困惑しながら話し合っていた。
ある男
「あのような礼儀作法は見たことがない」
ある女
「私も見たことがありませんわ」
ある男
「奇妙な感じがしますな」
髭の男
「ふむ。確かにあのような作法は見たことが無い。しかし、礼儀を逸しているとは感じなかった。
礼儀作法というのは、相手に失礼と感じさせないようにするもの。私は、問題ないと思う」
試験官達は色々話し合い、最終的に問題なしとした。
一つには、この試験があまり重要なものではないということ。
最低限礼儀を弁えているなら問題ないのだということに落ち着いた。
それよりも、折角の才能がこの試験のために埋もれてしまうことの方が問題という認識だった。
そう、巧が頑張って教えたことは、そのほとんどが無駄だったのだ。
ニージェスが言った通り、”最低限”できれば良かったのである。
それを巧が聞いたら、嘘だろ? と大声で叫んだことだろう。
あの猫のような気質のリオに、ここまで礼儀作法を身に付けさせた巧の苦労は、生半可なものではなかったのだから……。
試験が終わった。
合格発表は3日後、南門の掲示板に張り出すとのことだった。
リオを含め平民4人は、試験の打ち上げをしにミルトお勧めの飲食店に行った。
打ち上げが終わって帰宅したリオは、試験の様子などを巧に話した。
「合格していることを祈るよ」
「お願い!!」
とリオが神に祈った。
試験結果発表まで祈る日々が続く。
――結果発表の日
リオと巧は、試験発表の掲示板を見に行った。
南門の外壁にそれは表示されていた。
リオが、自分の名前を探す。
「あった! あったよ!」
とリオが喜びを爆発させ、巧に抱き付いた。
「良かったな! リオ!」
巧も困難なミッションを達成した高揚感に包まれていた。
近くで平民の女の子が同じように喜びを爆発させていた。
リオは、その女の子と一緒に飛び上がって喜び合っていた。
巧とリオは、その場で入学の手続きをして帰宅した。
平民の場合、学費は国から払われるとのことだった。
それだけ国は、マジェスタ魔法学園の卒業生に期待しているということなのだろう。
入学は9月からだ。
後、2か月ほどある。
その間に引っ越しやらの通うための準備を行うことになる。
そのため、2人は大忙しの日々を送ることになる。




