20話 カオン出立
――ガラル歴533年6月某日
巧とリオは、旅支度を整えた格好で冒険者ギルドに来ていた。
シルバーウルフとの待ち合わせのためであった。
巧は最初、寄合の大型馬車に乗ってパオリまで行くので、シルバーウルフの護衛は要らないと言ったのだが、
フィートがテントをもらった礼を返さない訳にはいかないと言ってパオリまでついて来てくれることになったのだ。
「タクミ」
と巧は名前を呼ばれた方へ向き直った。
そこにはシルバーウルフの面々が揃っていた。
「フィートさん、護衛よろしくお願いします」
「ああ、大船に乗った気でいてくれ」
双方、軽い挨拶をして寄合馬車が出発する広場に歩いていく。
パオリ行の寄合馬車が出発する場所は市場の近くにあった。
寄合馬車は、1つの馬車に10人が乗れる大きさの大型馬車だ。
馬車1つに2匹の3メルテはある魔物ブルホース(牛と馬が合体したような魔物)が馬車を引いていた。
その体躯からこのような大型の馬車に使われる馬力のある魔物だ。
ブルホースは気性が穏やかで、人間でも飼いならすことができる数少ない魔物だった。
今回の寄合馬車は3台だ。
この3台でパオリまで行くことになる。
パオリまでは220キーメルテ、馬車で大体5日間の旅だ。
巧、リオ、シルバーウルフの合計7人で1つの寄合馬車へと乗り込んだ。
「おい、あれシルバーウルフだぜ」
「今回の護衛は豪華だな。ゴールデンベアとシルバーウルフかよ」
「Bクラスが2PTなら安心だな」
と噂が聞こえてきた。
「全員乗ったようだな。それでは出発する」
と寄合馬車を取りまとめる隊長が言った。
4人の馬に乗った護衛が馬車を先導する。
3台の馬車の後ろにも4人の護衛が付いていた。
だが、これらの護衛はゴールデンベアではない。
寄合馬車専用の護衛だ。
この護衛は寄合馬車ギルドに所属している人達で、馬車の護衛を専門とする人達となる。
要するに寄合馬車の社員とでも言ったら良いかもしれない。
そして、噂のゴールデンベアだが、彼らはシルバーウルフと同じBクラスのPTだ。
シルバーウルフより古参でカオンの顔役をずっと張ってきた重装備を地でいく重量級PTである。
全員が身体強化を持ち、重装備を苦にしないメンバーで構成されている。
そして、その戦闘力には定評があった。
近年、A級PTのウィンドストームがカオンに根城を構えたことで、カオンの顔役はウィンドストームに変わった。
リーダーのゴッテスは、そのことを少し妬んでいた。
――馬車が動き始めて1時間後
巧は、ある現象に悩まされていた。
それは、車酔いである。
大型の馬車であるから比較的穏やかではあるが、振動を抑制する機構が未成熟なためガタガタと大きく揺れる。
それに慣れていない人間は、時間が経過するうちに気持ち悪くなってきてしまうのだ。
「うっぷ」
と巧は吐きそうだった。
「タクミ、ちょっと待ってろ。馬車を止めてもらう」
とフィートが馬車の御者に話をしに行った。
そして、3台の馬車が止まり、巧は急いで外に出て吐き出した。
吐き出して少しスッキリした巧は、また馬車に乗り込む。
だが、気持ち悪さを我慢しながら時間が過ぎるのをひたすら待つしかなかった。
そして、暫く経ち昼休憩に入ることになった。
ぐったり横になる巧。
その介抱をするリオ。
シルバーウルフ達は持参した食料を食べ始めていた。
だが、巧はとても食べられる状態ではなかった。
午後もこんな状態ではきつ過ぎると思った巧は、”テラ”で酔い止めの薬とクッションを出すことを思いついた。
吐き気を催した演技をして、木の陰に入った。
そこで、”テラ”で酔い止めの薬とゲルクッションを出した。
すぐさま、酔い止めの薬を飲み、皆の居る所に帰ってきた。
「タクミ、苦しい?」
とリオが心配そうにしていた。
「大丈夫。休んだら行けると思う」
巧は、酔い止めの薬とクッションに、自分の命運を預けることにした。
休憩が終わり、馬車が走り出す。
巧は、早速出したゲルクッションを尻の下に置いた。
酔い止めの薬と相まってか、午前中よりも気持ち悪さが弱まったような気がした。
そして3時間後、漸く馬車は1日目の宿泊場所に到着した。
なんとか耐え抜いた巧はヨロヨロと馬車を降りるのだった。
宿泊場所は、以前事件のあった野営場と同じタイプだ。
大型の馬車が停められる所といったら、こういう所しかないのだろう。
魔除けの祭壇が清らかな空気を発していた。
「それでは、各自、野営の準備をして欲しい」
と隊長の声が発せられた。
巧、リオとシルバーウルフは、持参した2つのテントを張ることにした。
1つのテントに3人づつ入り、1人が交代で夜間の見張りを行う計画だ。
以前の事件のこともあり念のために見張りを置くことにしたのだ。
見張りはシルバーウルフの男性陣4人が持ち回りでやってくれることになった。
人員の割り振りは、巧のテントにリオとシルバーウルフの紅一点リーベルが来ることになった。
そう決まった時、リーベルを襲うなよ? フィートに殺されるぞ、とカイにからかわれた。
流石にフィートを敵に回すことなどできる訳がなく、巧は神妙に頷いた。
7人は、テント設置組と夕飯作り組と別れることになった。
テントの設置はシルバーウルフの男性陣4人で実施することになった。
その理由は単純だ、料理ができないからである。
巧、リオ、リーベルの3人で夕飯となるスープの準備に取り掛かった。
拾ってきた木を、野営場にずっと以前から使われていると思われる石を組んだ窯に並べ、魔術で火をつける。
リーベルが持ってきていた銅製の鍋に魔術で水を出し、火にかけてお湯を沸かした。
そして、手慣れた手つきで、塩漬けされた肉を沸騰したお湯に入れようとした。
だが、それを巧が直前で押しとどめた。
「何を?」
リーベルは邪魔をされたことに少しムッとした様子で巧に顔を向けた。
「それを入れる前に、これを入れたいんです」
と巧が取り出したのはコンソメ固形スープの素である。
コンソメスープを作るつもりなのだ。
「何それ?」
リーベルは怪しげに固形物を覗き込んだ。
「固形スープの素です。これを入れると美味しくなるんですよ」
そういう巧を疑いの目でみるリーベル。
それを見て、固形スープの素を少し削って粉をリーベルに渡した。
巧が、先にその粉を舐めて安全性を証明すると、恐る恐るだがリーベルも同じように舐めた。
「ちょっと強いけど良い味がするわ」
とリーベルが少し顔を綻ばせた。
「でしょう? どうせなら美味しいスープを食べたいので入れましょう」
と巧は言い、固形スープの素を鍋の中に入れた。
グルグルかき混ぜると透明無色だったお湯が薄っすらと茶色に染まった。
そして、塩漬けした肉とリオがその辺で見つけた食べれる野菜を入れる。
時折、味見をしながらバランスを整えて、肉野菜スープが完成した。
「どうぞ」
と巧は、リーベルとリオに味見を勧めた。
リーベルは巧からその皿を受け取り、スープに口を付けた。
「美味しい~。あれを入れただけなのにこんなに違うのね」
リーベルは微笑んだ。
リオも美味しいと満足気だ。
出来上がったスープを皿に盛りつけ、硬いパンを添えてこの日の夕飯は完成した。
ちょうどそこにテントを張り終えた4人がやってきた。
「おっ、出来てるな。食べようぜ」
リーダーのフィートがそう言うと、全員が釜の周りに適当に座り、食事を開始した。
早速肉野菜スープに手を付けるウィンドストームの面々。
一同が同時にスープを口につけた。
「うめーー」
「美味いぞこれ」
「美味い!」
「美味しいな」
と絶賛の声が上がった。
「リーベル、これどうやって作ったんだ?」
とフィートがリーベルに聞いた。
「普段、作り方なんて聞かないのにどうして?」
と皮肉を込めてリーベルは聞き返した。
「い、いや……」
口ごもるフィート。
そこにベルが助け船を出した。
「作り方が分かれば、これからも美味しいスープが飲めるからだよ」
「ふふ。分かってるわ」
としてやったりという顔で笑うリーベル。
「タクミが持っていた固形スープの素を入れたのよ」
リーベルは種明かしをした。
「固形スープの素なんてあるんだな」
料理に全く興味がないカイが言った。
「この固形スープの素をタクミからもらったから、これからは美味しいスープが作れるわ」
とリーベルが言った。
それを聞いたシルバーウルフの男衆は手を叩いて喜んだ。
それから、皆のお代わりでもう一回スープを作ることになった。
――夜
巧、リオ、リーベルがテントに入っていく。
リーベルは既に何回かテントを使用しているため、慣れた感じで自分の寝床を確保していた。
巧とリオは、馬車に揺られた疲れか直に寝入ってしまった。
リーベルは、そんな2人の様子に微笑みながら眠りについた。
――朝
「「ふわ~~、良く寝た」」
と巧とリオがほぼ同時に起きた。
そして、巧とリオはお互いに挨拶をした。
隣を見るとすでにリーベルは居なかった。
どうやら起きて外にいるようだ。
テントの外で朝食の準備をしているリーベルに挨拶をした。
リーベルは早速巧にもらった固形スープの素でスープを作っているようだ。
美味しそうな匂いが漂ってきた。
「この固形スープの素って凄いのね。こんなに簡単に美味しいスープが作れるなんて」
リーベルは感心しながら言った。
その匂いに釣られてか残りの4人がやってきた。
そして、朝食が始まった。
朝から美味しいスープが食べられたことで、全員が満足気であった。
朝食が終わった後、テントを片付けて馬車に乗り込んだ。
そして、巧の三半規管の試練が始まった。




