19話 魔術ギルド
――ガラル歴533年3月
巧はいつものようにリンゴとイチゴを販売していた。
最近は、富裕層に認知され始め高級フルーツ販売店としての知名度が上がってきていた。
販売も好調で日に銅貨500枚ほども売り上げるようになっていた。
だが、巧は少し悩んでいた。
それは、一向に魔法語と付与術を勉強する当てがないことにあった。
暫く頭を悩ませていると、
「タクミ、何か悩み事でもあるのか?」
とすっかり顔馴染みになった常連客の痩せの魔術師が言った。
実は、かくかくしかじかで。
と巧は魔法語と付与術の勉強を、したくてもできない事情を話した。
するとその魔術師は、魔術師ギルドなら勉強できるぜと言った。
魔術師ギルドは、魔術師をサポートするための組織だ。
当然、魔術師の勉強のサポートもその範囲内だった。
「そんな当然のこと、何故思いつきもしなかったんだ……」
と巧は項垂れた。
そこで、リンゴの販売を中止し早速魔術師ギルドへ行くことにした。
それからの3日間、巧は魔術師ギルドでリオの会員登録や手続きを行った。
その中でも一番時間が掛かったのは、付与術の講師を見つけることだった。
やはり付与術師はそれなりに希少であり、このギルドにも常駐は居なかったのだ。
そこで、臨時としてカオンの町で店を開いている付与術師に講師として来てもらうことにした。
その交渉と報酬の件で時間が掛かったのだ。
だが、その額は本の値段の数十分の一であった。
巧達は、漸く講師が決まり、講義を受けることができると喜んだ。
そして、ギルドに支払いを済ませた。
こうして、ようやく魔法語と付与術の勉強の目途がたった。
――数日後
毎日魔術師ギルドに向かっていくリオを眺めていた巧だが、ふと暫く剣を使っていないこと思い出した。
ポイントはまだまだ沢山あるので、魔石狩りをする必要はないのだが、剣と体が鈍るのはマズイのではと思い始めていた。
そこで、魔術師ギルドで魔術の勉強ができるなら、冒険者ギルドでも剣を習うことができるのではと思いつく。
巧は、早速冒険者ギルドに向かった。
ピークを過ぎ混雑が収まってきた冒険者ギルドの1階広間。
4つあるカウンターの内、2つがクローズされていた。
開いているカウンターに行くと、受付の女性に巧は聞いた。
「あの~、剣の訓練などを受けることはできますか?」
「初めての方ですか?」
とその受付嬢は聞いた。
名前を見るとロージーと言うらしい。
この前のサンドラより若く20くらいの女性であった。
「はい。初めてです」
とこの前のサンドラを失神させた原因となった男とは思えないオドオドとした態度であった。
「それではこちらで登録をお願いします」
とロージーは羊皮紙を差し出した。
そこには、名前と出身地を書く欄があった。
そこを全て埋めて羊皮紙をロージーに手渡した。
「これに手を触れて下さい」
とロージーは水晶玉を差し出した。
言われるがままに巧は水晶玉に触れた。
「ありがとうございます。登録はこれで完了です。こちらが冒険者の証です。登録したばかりなのでランクはFとなります。
Eへの昇格は教官が認めればなれますので頑張って下さいね」
「あっ、はい」
巧はロージーのシステマチックで流れるような手際に思わず登録してしまったが、冒険者になることが目的ではないことを思い出した。
「いえ、冒険者になりたいのではなく。剣の訓練をしたいのですが」
と今度は要望を強く言ってみた。
「剣の訓練を受けるには冒険者ギルドへの登録が必要なんですよ」
とロージーは説明した。
巧はなるほどと手続きの必要性を理解した。
「剣の訓練でしたね。それでは教官を連れてきますのでお待ちください」
とロージーは言って奥に引っ込んだ。
巧は、どんな教官が来るのかとドキドキしていた。
思いつくのは、2mはあろう大男で筋肉ムキムキの戦士タイプだ。
軍隊の訓練さながらにスパルタ式で行われる厳しい訓練。
それをニンマリと腕を組みながら眺める鬼軍曹。
それを想像し、巧は眉間に皺を寄せた。
いや、もしかしたら女教官かもしれない。
サドっ気全開のエナメル服を着用し、厳しい訓練でうめき声を上げる男達を見るのが好きな変態女。
それを想像し、またもや眉間に皺を寄せた。
ふと肩を叩かれ、巧は我に返り、肩を叩かれた方へ向く。
「お前が剣の訓練をしたいと言っているタクミか?」
巧はマジマジとその声の主を見た。
そこには軍曹でも女教官でもない細身の剣士タイプの男がいた。
全然違ったと、自分の愚かな想像を頭から消した巧は挨拶をした。
「タクミです。よろしくお願いします」
「アルベルトだ。だが、訓練をする前に確認しておきたいことがある。
お前のスキルについてだ。スキルは剣術とネットショップ?
このネットショップというのは何だ?」
「えっ? 剣術のスキルなんて持ってませんよ?」
「ああ。それは前回調べた後にスキルが生えたんだろう」
「スキルって生えるんですか?」
「知らないのか。良いだろう。そこから教えよう」
アルベルト教官の説明では、スキルというのは訓練や実践で生えるそうだ。
ただし、スキルが生えるには、それ相応の経験をしないといけないらしい。
巧が、剣術を軽く習った後、ゴブリンを25匹以上倒したというと、
なるほどなそれで剣術が生えた可能性が高いと言っていた。
誰でも生える可能性のある基本スキルは、ほどほどの経験で生えるそうだ。
だが、遺伝で発生する固有スキルや特殊スキルなんかは、生える可能性は皆無に近いとのことだ。
また、剣術の先、剣術+などはかなりの経験を経ないと習得しないらしい。
巧は、身体強化は生えますか? と気になっていたことを聞いてみた。
だが、アルベルト曰く、身体強化は遺伝の影響が強く通常は生えないとのことだった。
残念がる巧。
だがアルベルトは、身体強化は、反応速度強化と筋力強化と敏捷性強化の3つが合わさった物で、
この3つを習得すれば身体強化と効果は同じだと言った。
身体強化を習得したければ、この3つ全てを習得すれば良いとアドバイスをくれた。
巧は、アルベルトの言葉で俄然やる気が出てきた。
そしてアルベルトに剣ではなく、反応速度強化、筋力強化、敏捷性強化の訓練を施してもらうよう依頼した。
これらの訓練は、アルベルトとの模擬戦をしながら行うことになった。
巧達は、冒険者ギルドの外にある広場に移動した。
その時、アルベルトからネットショップのスキルとはどんな物だと聞かれたので、まだ良く分からないスキルだとボカした。
アルベルトとの実戦が始まった。
だが、巧にとってアルベルトは遥か高みにいる相手だった。
反応速度強化、筋力強化、敏捷性強化を習得しているアルベルトに何をやっても剣を当てられない。
剣術のレベルもそうだが、反応速度と敏捷性が違いすぎて目でも捉えきれない。
何とかアルベルトの動きを捉えようと目を凝らしながらの戦いだった。
1時間もするうちに、巧は疲労で動けなくなっていた。
「くそっ。体が動かない」
その様子を見たアルベルトが
「今日はここまでだ」
と言った。
巧はアルベルトにお礼を言い、週1で通わせてくれと話をした。
アルベルトはそれを了承した。
こうして、巧は週1で訓練を行うことになった。
リオの方は苦戦しながらも何とか魔法語と付与術を物にしようとしているようだ。
魔法語がネックで、フローク語とも違う言語を覚えないといけないことから、苦労しているようだった。
そんなリオを巧は、道具でサポートすることにした。
”テラ”で授業を録音するボイスレコーダーとノートと筆記用具を出した。
授業を受けた時にノートで書き取りを行い、帰ってきてからボイスレコーダーで再生して復習をするという手順だ。
「タクミ、ありがとう。私頑張る」
リオは巧にお礼を言い、魔法語と付与術の習得に向け気合を入れた。
――1か月後
巧は、いつものようにリンゴを出すためネットショップスキル”テラ”を使用した。
すると、いつもの画面とは若干違うことに気付いた。
その違いとは、画面左上にあったランクがノーマルでなく、ブロンズという表記に代わっていることだ。
だが、その効果が何かはどこにも書いておらず、一体何なのか巧には分からなかった。
まあいいやと大した事ではないだろうと無視を決め込み、リンゴとイチゴの購入を開始した。
そして、今日は冒険者ギルドでの訓練の日だ。
毎週この日は、販売は午前中のみとして、午後からは訓練に時間を充てることにしていた。
フッと言う音がして、アルベルトの突きが迫る。
「うおっ」
もう何十回と食らっている突きを見て、咄嗟に避けようと体を動かす。
最近、巧はなんとなくアルベルトの動きが見えてきたような気がしていた。
だが、スキルが生えてきてはいない。
まだ何かが足りないのだろう。
「まだまだー」
巧は、アルベルトに向かっていく。
「良いぞ。来い!」
そしていつものように、ボロボロになりながら訓練を終えた。
リオの方は、少しづつ成果が見えるようになってきたようだ。
リオもそれを感じているようで、メキメキと実力を伸ばしていた。
最近は、楽しいと言いながら勉強をしていた。
――3か月後 (ガラル歴533年6月初旬)
今日は最後の訓練の日だ。
アルベルトにもこの町を出るので、今日で最後にして欲しいとお願いしておいた。
「行くぞ」
とアルベルトの攻撃が始まった。
「ふっ」
軽い気合と共にアルベルトの横薙ぎ攻撃を避ける巧。
「まだまだこれからだ」
とアルベルトが連続で剣を振るう。
「ぐおっ」
巧は3回目の攻撃に体がよろけてしまった。
そこをアルベルトが巧の体重の乗った足を刈った。
体重の拠り所を無くした巧は転倒し尻餅をついた。
「くそぉ」
そして、最後の訓練が終わった。
だが、結局どのスキルも習得できなかった。
「結局スキルは習得できなかったか」
とアルベルトは少し不憫そうな、不思議そうな顔をして言った。
習得が遅いタイプもいるから、腐らず訓練すると良いとアルベルトに励ましの言葉を掛けられた。
巧は暫く落胆していたが、習得できない訳ではないことから気持ちを切り替えることにした。
そして、巧は最後にアルベルトにお礼を言い握手をした。
アルベルトもにこやかに握手をし、巧のカオンでの最後の訓練は終わった。
訓練が終わった巧は、パオリに行く準備を始めていた。
所持品は、テントに携帯用食料、革の防具と剣だ。
水は、リオが魔法で出せるので持っていく必要がない。
現在の所持金は、ポイントが100万ほど、現金はリンゴとイチゴを売ったお金で、小金貨3枚ほどになっていた。
そして、最後に世話になったウィンドストームの面々に挨拶をしに行った。
「行っちゃうのね」
とレイナは残念そうだった。
「はい、残念ながら行かねばなりません」
巧も漸く生活も軌道に乗ってきたのにという思いだったが、目的があるのだとそれを振り切ったのだ。
「最後に、これは今までのお礼です」
と巧は最高級の白桃を10個取り出した。
「これは何?」
とフルーツ狂のレイナも知らないようだった。
「これは、白桃と言います。ヤマトの隣の国が原産の果物です」
と巧はレイナの目の前に1つの白桃を掲げた。
レイナは目の前に掲げられた白桃をまじまじと眺めた。
その白桃は薄っすらと光り輝いているように見えた。
そして、その白桃から発せられるなんとも言えない甘い香りに、レイナはうっとりした。
「分かるわ。これは絶対に美味しい。間違いなく今までの人生で最高の品だわ」
とレイナは言い切った。
「こうして皮を剥いてお召し上がり下さい」
と巧は手にある白桃の皮をナイフで剥いて種を取り除き、8等分にして皿に置いた。
白桃は果汁を滴らせながら、光輝いていた。
レイナは、8等分に切られた白桃の一切れを手に取り口に入れた。
「!!!!」
その瞬間、レイナの時間が停止した。
その様子を見てウィンドストームの面々が驚いていた。
「あのフルーツ狂のレイナが絶句してるぞ」
「どんだけ美味いんだあれは?」
「私も食べてみたいですわ」
とウィンドストームの面々が興味を持ち始めた。
フリーズしているレイナを横目にウィンドストームの4人が白桃を1切れ口に入れた。
「「!!!!」」
その瞬間、ウィンドストーム全員に時間停止の魔法が掛けられた。
その魔法からいち早く復活したレイナが、
「信じられない! こんな物があるなんて! これほど生きてて良かったと思ったことは無いわ!」
と感動しきりの言葉を発した。
「タクミ、ありがとう! 今度パオリに行った時、必ず貴方の所にも寄るわ!」
とレイナが決意を表明した。
「お待ちしています」
と巧は、最後に別れの挨拶をして、ウィンドストームの拠点を出た。




