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後編

後編です。よろしくお願いします!


「その後、お怪我された方の具合はいかがですか?」



 僕が弟と改めて礼を言いにユノさんを訪ねると、彼女は心配そうに聞いてくれた。


「おかげさま順調に回復しています。もうずいぶんいいんですが、だいぶ血を失った後なのと、放っておくとすぐに動き回ろうとするのでね、自宅に押し込めているんですよ。それで、あの時、薬草を分けてくれた従姉妹さんにもお礼を言いたいのですが」


 僕が素知らぬ顔で言うと、ユノさんは眉間に深い皺を寄せて険しい顔で弟を見た。


「……残念ながら出掛けておりますので、私から伝えておきます」


 嘘だ。従姉妹さんがいるのは確認していた。


「そうですか。残念です。怪我をしたのはホクという職人なのですが、悪くすると利き腕が動かなくなったり命を落としたりしかねなかったのに、あの薬草のおかげで助かりました。

 こちらは、感謝の印の品と、職人の孫娘が恩人にと言って書いた手紙です、幼子が精一杯書いたものですので、拙いですがお許しください」


 さすがにユノさんはバツが悪そうな顔をした。それでも、従姉妹さんを出そうとはしなかった。


「ご丁寧にありがとうございます、必ず伝えます。私からも、お早い本復をお祈りいたします」


 ユノさんは俯きがちに言った。気がとがめてるんだろう。悪い人じゃない。ないけれどもだな。


「ゼン、先に帰っとけ。僕は、ついでで悪いけど、ユノさんと少し話をしてから帰る」


 僕の言葉に弟はなにか聞きたそうな顔をしたが、何も言わずに帰って行った。





「さてと。ユノさん、申し訳ないけどお聞きしたいことがあります。率直にお話しいただけるとありがたい」


 ユノさんは身構えた。それでも僕は容赦しなかった。


「従姉妹さん、いらっしゃいますよね。中に入っていくのをお見かけしました」


 ユノさんは絶句し、サッと顔を赤らめた。


「ユノさんが弟と従姉妹さんを会わせたくないと思っているのは承知しているので無理もないとは思います。思いますが、なぜそこまで頑なに、弟を避けるんです?」


 弟は真面目な奴だし、従姉妹さんのことだって、真剣に考えている。僕がそう説明すると、ユノさんは口を挟まず、頷きながら聞いてくれた。


「それに、ユノさん。そんなに長い知り合いではないですが、僕にはあなたが理由もなく人の恋愛を邪魔するような方だとは思えないんです。なにか理由があるはずで、きっと僕や弟が原因になっているに違いないと思いました。でも、申し訳ないですが思い当たる節がないんです。だから、解決のためにも、なぜあなたがそんなにも弟を従姉妹さんから遠ざけようとするのか知りたいんです」


 僕がいうと、ユノさんは小さくため息をついた。


「まずは、その、すみませんでした、従姉妹が出かけているなんて嘘を言ったりして。従姉妹のために、よかれと思ってのことだったのですが、失礼をしてしまいました。あの子のことを甘やかしている自覚はありますが、あの子はこんな私のことも裏表なく慕ってくれていまして……。私はそんなあの子が大切で可愛くて仕方がないのです。

 ですが、弟さんのことは、従姉妹を助けたいのが一番ですけれど、確かにそれだけではありません。率直に申しまして、浅はかな考えかもしれませんけれど、私も必死でした」


 僕は何も答えず、ただ黙って先を促した。


「ご存知かもしれませんが、種苗家事業の全ては私が一から起こしたものです。それでも、現在では実家の収益の三分の一に迫っています。

 ですが実家ではあくまでこれは私の趣味で、私がどなたかと婚約したら、私の弟に全て渡す約束になっています」


 そうしてユノさんは、戸惑いながらも僕に打ち明けてくれた。

 彼女の実家では彼女をゆくゆくは貴族に縁付かせるつもりがあること。でも貴族に嫁げば、いかなる事業にも携わることはできなくなってしまうこと。自分の価値は、事業にあると思っていること。このままでは彼女は自分の努力を、築いてきたもの全てを無くす上に無価値になってしまう。恐ろしいし悔しいし、よく知らない貴族の世界に入っていくことも怖かったということ。


「ですから、庭作の家に入れれば、これからも自分を生かすこともできるのではと考えたのです」


 僕は首筋を掻きながら考えた。そんなことだろうと思った。俯くユノさんを眺める。


「なによりまずは、ユノさんは弟のこと、どう思ってるんです?あなたの言い方だと、まるで自分の身を立てるための手段くらいにしか思ってないみたいに聞こえるんです。庭作の家だって結構大変で、愛こそ全てなんて言うつもりはないけど、相手に対する気持ちがないと続かないと思ってます。だから不躾だけど、あなたの気持ちを聞きたい」


 真っ直ぐにユノさんの目を見て言うと、ユノさんは少したじろいだが、僕の目をしっかりと見返して言った。


「ゼンさんのお庭を一度だけ目にする機会がありました。本当に素敵なお庭でした。ゼンさんは稀な才能をお持ちだと思っています。そんなゼンさんを、実務面から支えていけたらと考えていました。ナギさんの問いが、ゼンさんに対して愛情があるかということならば、まだそこまでお人柄を知りません。だけど、私の側だけの話ですが、もしご縁があるなら、気持ちはこれからゆっくり育てていきたいと思っていました。貴族みたいな考えですかしら」


 僕は太くため息をついた。この人に本当に弟に気持ちがあるなら対処も違ったけど、そういうことなら遠慮はいらないな。


「ユノさん、どうもあなたの持っている貴族像は、だいぶ前時代的のようだなぁ。もう少し、貴族の女性についても知った方がいい。最近は、ずいぶんと開かれているんですよ。貴族の女性でも事業を手がけている人は多くいる」

「……結婚相手がそれを許す方とは限りません」

「それと。ゼンは、弟は、うちの一族の棟梁にはならない。次期の棟梁は僕です」

「えっ……」

「やっぱり。知らなかったんだ。将来的に、設計をするのは弟、運営をするのは僕。実務面に関しては僕が棟梁となって弟を支えていくんでね、我が家であなたが活躍する場はなさそうです、残念ながら」


 まだ驚きからさめない様子のユノさんにひとつ頷いてやると、僕は続けた。


「弟が従姉妹さんを怖がらせたのなら申し訳なかったですが、弟は真面目に従姉妹さんを慕っているんです。そもそも従姉妹さんは、何故そんなに弟を嫌がってるんです?確かに大男だから、怖がる子もいるとは思うけど」

「従姉妹は、ゼンさんを嫌がっているというよりは、庭作の次期棟梁と聞いてから、そんな大きな家の後継と交際することをとても怖がっていて、私は相談されたのです。だから、従姉妹がそんなにも萎縮しているのなら、私がゼンさんの交際相手に名乗りをあげれば従姉妹も怖がらずにすむし、私も望まない貴族との結婚も避けられる上に事業に携われると……。『一枚のクッキーで鳥を二羽、呼び寄せる』といいますか、二人の問題が一気に解決できると思ったんです」


 僕は頷いた。「問題」ねぇ。自分でも驚くけど、僕はどうやら気分を害しているようだった。


「あなたの言い分はわかった。けど、全ては、とにもかくにも従姉妹さんの気持ち次第だと思うんです。僕がこんな柄にもないおせっかいを焼いているのも、どうにもあなたが、弟や従姉妹さん、それにあなた自身の気持ちを、置いてけぼりにしている感じがするからです。棟梁うんぬんはおいても、従姉妹さんには弟への気持ちがあるのかないのか、まずはそれを確かめないと。ユノさんの気持ちも話した上でね」


 僕がそう言うと、ユノさんは初めて動揺を見せたので驚いた。ユノさんはなにかを言いかけては戸惑うことを繰り返していたので、僕は口を出さずじっと待った。


「ナギさん、あの……。

 私、従姉妹には、従姉妹の代わりに庭作に入って手腕を発揮したいとかいう、私のこんな腹黒い策略家な面を知られたくないと思っていて、その……」


 ようやく話し始めたユノさんは、先ほどまでの饒舌はどこへやら、たどたどしくおぼつかない。僕はつい、二度見してしまった。

 つまり腹黒い(と自分で思っている)部分を、従姉妹には知られたくないってことか。なんとまあ。でも、気持ちはわからんでもない。弟にカッコ悪いところを見せたくない僕みたいなもんなんじゃないか?


「でも、ユノさんは、自分のそういうところに価値があると思ってるんでしょう?事業を経営するような手腕を持っている、君の言う腹黒い策略家な部分が」

「そ、そうですけど……」


 彼女は頬を赤くして答えた。


「それじゃ、自分が一番いいと思ってる自信のある部分を、いつまでも大切な人に隠してることにならない?」

「……そうですけど、でも……」


 よく見ると、ユノさんはうっすら涙目だ。あちゃあ、泣かせちゃったかな?

 でも瞬きをしたユノさんの目から、涙がこぼれることはなかった。僕は長い長いため息をついた。


「わかった、仕方ない。じゃあ秘策をひとつ授けましょう。従姉妹さんに、『ゼンさんは才能のある、いい方だと思うけど、あなたは本当にゼンさんが怖くて嫌なの?あなたが本当に嫌で、ゼンさんに気持ちがないなら、私がゼンさんを誘ってみようかな?』って聞いてみて。ゼンが次期棟梁じゃないことも、ちゃんと伝えてね。一番肝心なことだけど、弟は従姉妹さんのこと真面目に想ってることも、忘れないでほしい。

 それでも、ユノさんが弟を誘ってもいいって従姉妹さんが言えば、弟には可能性がなさそうなので、僕からも諦めるように言うけど、従姉妹さんからも勇気を奮って弟に直接、断りを入れてもらわないとダメです。好意がある人を断る最低限のマナーだと思います。他人に断ってもらうなんて、あんまりだとは思いませんか。弟はそちらとの商売に私情を挟む奴じゃないし、本人からキッパリ断られて、つきまとう奴でもない」


 ユノさんはなにも言わなかったけど、こっくりと頷いた。だんだん崩れていく僕の口調も、とがめることはしなかった。


「もし、従姉妹さんが、ゼンのことをユノさんに取られたくないと答えたら、ユノさんは弟と従姉妹さんを黙って見守る。これ以上、弟を邪魔しようとか、逆に、無理矢理二人をくっつけようとか、そういうのもナシにしてほしい」


 この人なら可愛い従姉妹のためと言って、二人を取り持とうと余計なことをしかねない。案の定、ユノさんは口を尖らせた。


「ダメなんですか?あの子には幸せになってほしいだけなのに」


 僕は何度目かわからないため息をついた。僕は今回、これが一番言いたかった。


「あのね。従姉妹さんが、自分じゃどうにもならなくて困っている時は手助けしてやるべきだけど、自分でできて、自分でするべきことまで、先回りしてお膳立てするのはかえって本人のためになんないんです。

 あなたは有能な分、先回り、先回りして甘やかしているのでは?ほら、『泣く子はクッキーをもう一枚もらえる』っていうでしょう?この辺りじゃ泣いても与えるなっていう戒めの意味で使われるけど、あなたは泣いたら与えてしまうどころか、泣く前からもう一枚与えている感じだ」


 ユノさんは、まるで珍獣を見るみたいに僕をしげしげと眺めたが、やがて苦笑した。


「そうかもしれませんね……」

「もし従姉妹さんが、ゼンのことを嫌っているんじゃないんだったら、ゼンには、もう少しゆっくりいくように説得しましょう。好きな子を怖がらせちゃダメだってね。それ以上のことは僕はしない。弟を信頼しているからです」


 僕の言葉にユノさんはゆっくりと顔を上げた。僕が伝えたいことがわかったようだ。賢い人だなあ。


「私、あの子のこと……、自分では対処できないって決めつけてたんですね……」


 僕は何も言わなかった。


「あの子がやればできることを、私が取り上げてたんですね……」

「ユノさんはやっぱり理性的で有能な人だな」


 僕の言葉に、ユノさんは顔を歪めた。


「僕はずいぶん、直接的で失礼なことを言ってる自覚があるけど、ユノさんは感情的に泣いたり、ヒステリックに拗ねたり怒ったりしない人なんだなぁ、すごいな」

「そういう言い方は、かなりズルいです。怒ったりも拗ねたりもできなくなるじゃないですか」


 バレたか。スルドい。そうなればまずいと思ったんだ。


「……わかってて言ってるつもり。頑張って、ユノさん。従姉妹さんから取り上げてたものをいっぺんに戻せば、従姉妹さんだって対処しきれないから、いい塩梅に少しずつね」

「難しそうですができるでしょうか……」


 僕は歩み寄って、小さな子供にするようにユノさんの頭をポンポンした。ユノさんは驚いたが逃げたり咎めたりはしなかった。


「こういう場面の定番台詞を言わせてもらうと、あなたならできるよ、ユノさん」


 ユノさんは俯いて頬を紅潮させた。綺麗な人が恥ずかしがるのは破壊力あるなぁ。誰だこんなに可愛らしい人のことを難攻不落の砦なんて言ったのは。

 この人には、ぜひ自分の夢を叶えて幸せになってもらいたいものだ。ゼンが従姉妹さんとうまくいけば、この人とも親戚になるわけだし。気が早すぎるか。


「泣かせたお詫びに、花でも贈りましょう、お嬢様」


 僕がおどけて言うと、ユノさんは苦笑した。


「泣いてませんし、花は売るほど持っています。でもなにか贈っていただけるのなら、ずいぶんクッキーの話をしたので食べたくなってしまいました。すぐそこに評判のお店があるんですけど、ご馳走していただけません?」


 ユノさんはそう言ってにっこり笑った。くぅ、僕がわざと花って言ったのもわかってるみたいだし、安価な消え物をねだるなんて、やっぱりやるなあ。


「ところでさ、ユノさん。従姉妹さんは名前、なんていうの?」


 今まで知らなかったのですか?と呆れながらも、ユノさんは笑って教えてくれた。サナさんと言うそうだ。








「兄貴、相談があるんだけど」

「庭のことか?サナさんのことか?」


 弟のぽかんとした顔を見て僕はニヤリとした。お前の相談事の内容なんて、すぐに予想がつくってもんだ。


「その……。サナさんのことは、まあまあ上手くいってる。助言してもらった通り、会いにいく時はちゃんと知らせてから行くようにしてるし、誘う時も断りやすい誘い方をしてる。今のところ断られたことはないけど」


 弟は赤面しながら告げた。やれやれ、豪胆ないい男も形無しだな。


「もうノロケか?あの子は誘いを断れないタイプの子だと思うぞ」

「いやその。つまり、相談事は、庭のことだ」


 からかうのはやめて、僕は向き直った。


「あんまり頻繁に誘いすぎるなよ。で、どうした」

「兄貴に却下された例の庭。兄貴がダッサい名前で呼んでたあれだけど、あそこの旦那様に、一角に子供用の庭を作るのはどうかって言ったら喜んで、それなら子供が休憩するための屋根のある場所がほしいって。四阿(あずまや)みたいな?」

「あー、なるほど、いいじゃないか。で?」

「でも、子供用の庭を確保しつつ、休憩場所を建てるには、今ある大きな木が邪魔でさ。でもその木、旦那様の思い出の木なんだってさ。子供の頃、木登りして遊んだらしくて。で、四阿をとるか、思い出の木をとるか、子供用の庭を小さくするかって話なんだけど。迷ってるんだ」


 なるほど。僕は少し考えた。


「ゼン。北部の森林地域に取引に行ったときのこと、覚えてる?」

「いや、あんまり。小さかったしな」

「ああ、そうだったなぁ、お前、馬車の中でトイレに行きたいって騒ぎ出して……」

「そういうのはいいから!」

「ハハッ!小さい頃を覚えてる年上の特権だな。でだな、その時に行ったあの地域ではね、見張り台が木の上にあったんだ。つまり樹上の家だな」

「……!」


 僕が彼に向かって頷いてやると、弟はキラキラした目で破顔した。うっ、眩しい。


「なるほど、四阿を木の上に作っちまうわけだな!面白そうだ!」

「子供たちは登って遊べるだろ、登ったり降りたりは小さな子供の鍛錬にもなるしさ。あそこの旦那様にも相談すればいいさ、きっと喜ぶぞ」

「そりゃいい!早速旦那様に会ってくるよ」


 弟は早速、設計書を見直しながら考え込んでいる。


「北部の見張り台の資料も、ジイさんが持ってるはずだよ、聞いてみなよ」

「だからジイさんじゃなくて、棟梁って呼べってば。……樹上の四阿か。どんな感じにしようかな」

「バカだな、ゼン。男の子が喜ぶヤツなんて決まってる。砦だよ、砦。てっぺんに旗が立ってる、あれだ。名付けて、『木の上の冒険砦』!」


 弟は僕の顔をまじまじと見ると、黙ったまま立ち上がり、扉へと向かった。

 そ、そんなにダメかな?

 だが弟は、扉の前で僕を振り返るとポツリと言った。


「兄貴は、さ。よく俺のこと、天才だっていうけど、俺に言わせりゃ……」

「ん?なんだって?」

「……いや、なんでもない。また相談に乗ってよ」

「え?あ、うん」


 弟はにこりと笑うと出ていった。ヘンなヤツだな。



可愛い難攻不落の砦編 終

以上で、「砦」編終了です。

お読みいただき、ありがとうございました!

次回は、ナギくんの過去の女「逃した魚」編(仮)を予定してます。

そちらもどうぞよろしくお願いします!

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