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前編

お目にとまって嬉しいです。

この物語は拙作「とある庭師のユーウツな日々」の続編となります。目次上部のシリーズから、前作をご一読いただけますと嬉しいです。

どうぞよろしくお願いします!


「却下」


 僕は弟のゼンの提案書を詳細に眺めた後、言った。


「なんでだよ!?自信あったんだけど」


 弟は納得できないらしく、くってかかってきた。だが僕は揺らがなかった。


「確かに、これなら綺麗な庭になると思うよ。だけどね、ゼン。依頼してきた一家には、小さい子供がいるんだよ。二人目も生まれたばかりだし。この庭じゃ、危なくて子供を外に出せない。それじゃ意味ないとは思わないか。

 だからこれは、家族構成が違う他の場所にするべきだ」


 弟は設計書を引ったくると、素早く眺めまわし、頭を抱えた。僕の指摘が正しいことを認識したんだろう。


「でもこれは、あそこの家の奥様の雰囲気に合わせて設計したんだ、他の家には使えないよ」

「あー、確かに。あそこの奥様、ふわっとしてて、こんな感じだ。やっぱゼンは天才だな」


 弟は赤くなると、フイッと横を向いた。可愛いやつめ。


「そうだなあ。ゼン、庭の雰囲気はこれでいくとして、一部を子供専用に作るってのはどうだ?この庭に溶け込ませるのはお前の腕に任せるとして、あそこは男の子二人兄弟だし、武張った家だし、最初は遊び場でも子供が大きくなったら鍛錬場にするとかさ。名付けて、『増す増すいい庭』!」


 僕が得意気に宣言すると、弟は思い切り顔をしかめた。


「クソダッッッサ……!兄貴、一瞬やっぱすげぇなと思ったのに、台無しだよ……」

「そうか?ますます美しくなっていく庭、ってのと、いろんな役割が増していくっていうのにかけてだな、」

「説明しなくていいよ、却下!」


 ガックリきた。天才の弟からダメ出しされた。いい考えだと思ったんだけどなぁ。


「いや、却下なのは名前だからな?いろんな役割をその時々で変える庭っていうのは、面白いと思うよ?」


 僕の落ち込みようを見て、弟が慌てて言った。僕が顔を上げると、ゼンは吹き出した。よっぽど情けない顔をしてたんだろう。


「とにかく、練り直してくるよ。また相談に乗ってよ」


 ゼンは僕の肩を叩くと、励ますみたいに僕に微笑みかけた。これじゃどっちが年上だかわかんないよ。がっくり。




 それから少しして、僕は弟と一緒に最近取引しているという種苗家の娘さんのところに向かった。


「あ、ユノさん。これ、俺の兄のナギです」


 先方の店先で、ゼンが僕を指し示して紹介してくれた。

 わー、弟の言う通り。ホント綺麗な人だ。賢そうだし、ちょっと近寄りがたい感じがしないでもない。ゼンによると、この人は巷で「難攻不落の砦」って呼ばれてるらしいんだけど、それもわからないでもないな。


「……はじめして、ナギさん。いつもゼンさんとお取引頂いています種苗家のユノと申します。どうぞよろしくお願いします」

庭作(にわつくり)のナギです、よろし……」

「あっ!」


 挨拶の途中で、いきなりゼンが叫んだ。


「兄貴、ユノさん!ちょっとごめん!」


 弟は走っていくと、店の近くにいた少女に声をかけた。驚いて見ていると、少女はまるで怯えているようだった。おい、弟よ、何やってる?

 どうしようかと迷っていると、ユノさんが険しい顔をして「失礼します」というと、弟たちにむかって歩き出し、少女と弟の間に割って入ると何事かを弟に告げていた。少女は一人、店の中に入って行き、弟はユノさんと共にトボトボとこちらに戻ってきた。ははあ、なるほど。


「弟が失礼しました、どうやらご迷惑をおかけしているようですね。今日は出直した方が良さそうだ、ご挨拶はまた改めて。ホラ、ゼン。帰るぞ」


 僕が告げると、ユノさんは思案顔でこちらを見ていたが、笑顔を見せると言った。


「……そうですね、また改めて。本日は失礼します」


 丁寧な礼をしてくれたので、僕も返して、弟を引きずるようにして帰路についた。





「お前が声をかけてたあの子が、ものすごく気になる子ってわけだな」


 弟はまだ萎れていたが、コクリと頷いた。


「ユノさんの従姉妹さんなんだ。初めて会った時には、あんなに怖がられなくて、手応えあると思ってたんだけどな、最近はすっかり怖がられてる感じだし、いつもユノさんに邪魔されるし」

「……へぇ、ユノさんにねぇ」

「ユノさんはあの子をものすごく可愛がってて、あの子を困らせるなら取引も考えさせてもらうって言われちまった」


 僕は少し考えたが、結局、無難に答えた。


「そういうこともあるかもなあ。ま、迷惑をかけない程度に、ほどほどに頑張れ」


 弟はますます萎れた。



 それから何度か、ユノさんと顔を合わせる場面があった。弟によると、弟が一人の時には従姉妹さんは見かけないとらしい。どういうことだ。僕が一緒の時は従姉妹さんもいることが多く、弟はその度、従姉妹さんに声をかけていた。そして逃げられるということが続くと、僕は疑問を持つようになった。


「ユノさん、従姉妹さんはいつもユノさんといるけど、まさか僕らが来る時だけ、あの子を呼んでるんじゃないですよね?」

「……普段から私と従姉妹は一緒にいることが多いので、わざと呼びつけているわけではありません。弟さんがお一人の時には外には出ないように言いつけているだけです。弟さんの度重なるお誘いに、私の従姉妹が迷惑していたので」


 ユノさんは考えながらゆっくりと言った。僕は従姉妹さんの様子をあれこれ思い出したが、迷惑そうにしていた様子はないようだった。


「迷惑そうには見えなかったなあ、戸惑ってはいたようだけど」

「戸惑っているのではなく、怖がっているんです。従姉妹は、外に出る時もいつも周りを気にして歩いているんですよ、外出自体もずいぶんと減ってしまいました」


 ユノさんは顔を険しくして僕をちょっと睨んだ。僕は首をすくめた。


「弟には、気をつけるように言っておきます」


 ぼくが首筋を掻きながら言うと、ユノさんは険しい顔をしていたけど、やがてゆっくり頷いた。








 厄災というのは突然くるものらしい。予告のある厄災というものがあるなら、それはそれで恐ろしいけど。


「兄貴!」


 僕が書類を書いていたら、ゼンが血相を変えて飛び込んできた。驚きのあまり書き損じてしまった。


「ゼン!驚かすなよ、失敗しただろ!」

「それどころじゃない!兄貴、ホクじいが襲われた!」

「ええっ!?」


 ホクじいというのは古参の職人さんで、ウチのジイさん(つまり棟梁)の兄貴分のような人なので、ジイさんでさえ頭があがらない筋金入りの庭師だ。ホクさんの肖像画を描いたら、題は「頑固職人」だろう。見るからに偏屈じいさんなのだが、孫やひ孫に激甘の、情に厚い人だ。


「怪我は!?」

「刃物で切り付けられたらしい。上腕をやられてる」


 僕は唇を噛んだ。命に別状なさそうでなによりだが、腕や手は庭作の職人にとって大切な仕事道具の一部だ。僕は立ち上がって上着を着ながら走り出した。


「物取りか?」

「違うらしいがよくわからない」


 僕は唇を噛んで、馬に飛び乗った。僕とゼン、それと馬丁が一人、ついてきた。




 行ってみると、事件はユノさんの店の近くだった。ホクじいは何度か来ていたので、顔を知っていたユノさんのところの使用人がホクじいを軒先に移動してくれていた。ユノさんたちは外出中ということで不在だった。


「ナギぼっ……ちゃん、若い、男でした……、庭作の、者だなと、言われました……」

「しゃべんないで、そういうのは後でいいから」


 僕は言ってホクじいの無事な方の手を握ってやった。そこへ、馬車が音を立てて到着し、ユノさんが転がり出てきた。事件を聞いて急いで帰ってきてくれたのだろう。


「ユノさん、悪いけど、清潔な布をお願いしたいです。湯もあるとありがたい」


 挨拶も抜きに僕がいうと、ユノさんも何も言わずに店の中に入っていき、従姉妹さんも慌ててついて行った。


「ゼン、これは医者じゃなきゃダメだ」

「それが、坊ちゃん方、」


 ユノさんとこの使用人が声をかけてきた。


「今日に限って、町医者の先生は隣町に行ってて」

「そうか、ゼン、ウチのを引っ張ってこい」


 庭作は怪我が多いので、軽い怪我なら対応できる治療役がいるんだ。ゼンと馬丁が駆け出した。

 僕はいつも持ち歩いている、庭用の中折れ小刀を取り出してホクじいの服を切って傷が見えるようにした。

 ひどい。早く止血しないと。腕の機能に支障が出るのを承知で傷を焼くべきだろうかと迷っていたところに、おずおずと従姉妹さんが声をかけてきた。蒼白で震えているのに、しっかりと何かを差し出している。


「あ、あの!これ、止血の薬草で……、傷口に直接貼ってから布で縛って、、、」


 僕は心底、驚いたけど、今はそれどころじゃない。ちょうど、数人が布や湯を運んできてくれたのでありがたく頂戴し、僕はできるだけ傷を清めてから従姉妹さんの薬草を貼り、布で縛った。僕だって応急処置くらいならできる。庭作の必須だ。


「そ、それと、あの、」


 従姉妹さんがまた震えながら声をかけてきた。


「これ、痛み止めの、効果があるんです、直接、噛んで……。その、苦いけど、効きます」

「ありがとう」


 僕が笑いかけると従姉妹さんも口元を綻ばせた。痛みに脂汗をかいていたホクじいは、素直に口に含んでいた。


 ゼンが荷馬車と共にウチの治療係やら手下(てか)の見習いやらを引き連れて戻ってきた。さすがのゼンも、従姉妹さんに声をかけている場合ではないので目礼だけすると、荷馬車にホクじいを乗せて帰って行った。


 僕は数人と残って汚れたり壊れたりしたものを片付け、他に被害がないか確認し、手を貸してくれた人たちに礼をして回った。

 しばらくするとユノさんが役人を連れて戻ってきた。こんなに早く役人が対応してくれるなんて、ユノさんの手腕なんだろう。役人はてきぱきと状況を確認すると、僕を呼んだ。


「こんなことが起こるような、心当たりが何かあるか?」

「それがその。ホクじい……、被害にあったウチの古参の職人なんですが、知らない若い男に庭作の者かどうか聞かれた上で切られたと言っているんです。確かに、ウチは大きな商売ですから、おもしろくないと思う人もいるかもしれませんが、切りつけるほどの恨みを買うような覚えは全くありません」


 役人は何度か頷いた。


「見かけた者たちによると、身なりの良さげな男が剣で切り付けていたというのだ」

「……えぇっ!」


 街中で帯剣できるのなんて、限られている。


「ひょっとすると、貴族か、軍の者かもしれんなぁ。もしそうならば犯人は「見つからない」かもしれんことを覚悟するように。庭作の者たちは用心しなさい。必要とあれば巡回を増やす」


 僕は頭を下げた。


「どうぞよろしくお願いします」


 役人はまた頷くと帰って行った。誠実そうな役人だが、犯人が捕まることは期待しない方が良さそうだ。それでも、あの役人の名前は確認して、付け届けを手配した。



 犯人が捕まらないからといって、仕事をしないわけにもいかない。職人たちは腕っ節が強いものばかりだが、相手が貴族ともなれば分が悪い。結局、用心棒を雇い、必ず複数人で行動することを厳命して、仕事を再開した。




後編は明日、投稿を予定しています。そちらもどうぞよろしくお願いします。

お読みいただき、ありがとうございました!

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