第69話 『女王の知らなかった事実』
「珍しいわね。あなたたちだけで訪ねて来るなんて。エミリー、エミリア」
大統領の3期目当選が決まった日の午前中。
クローディアの滞在する迎賓館を訪れたのは、イライアスの従者である双子姉妹のエミリーとエミリアだった。
いつもイライアスに影のように付き従う2人だが、この日は2人だけでクローディアを訪ねてきたのだ。
しかしエミリーは右の頬を赤く腫らし、エミリアは左の頬を赤く腫らしている。
「その頬、大丈夫? マージョリーにやられたってイライアスから聞いているけれど。私がマージョリーを怒らせたせいで八つ当たりされちゃったのね。ごめんなさい」
一昨日、クローディアによって婚約発表を邪魔されたマージョリーは、怒りに任せてエミリーとエミリアの頬を平手で張ったのだ。
だが2人は腫れた頬の痛々しさとは裏腹に、どこかスッキリとした顔をしている。
「とんでもない。クローディアのせいではありません」
「これは名誉の負傷です。頬は痛いですが、心はスッキリしております」
「マージョリーをとっちめて下さってありがとうございます。私たちでは何も出来ませんでしたから」
「あの女の悔しそうな顔を見られて、胸のすく思いでした」
そんな2人の言い分にクローディアは思わず苦笑した。
「あなたたち。マージョリーのこと相当嫌ってたのね」
「それはもう」
「大嫌いでした」
そんな2人は神妙な面持ちでクローディアに深々と頭を下げた。
「今日はあらためてお礼を。この度はイライアス様を助けて下さってありがとうございました」
「クローディアのおかげでイライアス様は道を踏み外さずに済みました。感謝しております」
そんな2人にクローディアは優しげな笑みを浮かべる。
「2人とも心配そうだったものね。イライアスとは子供の頃からの付き合いなのでしょう? 色々と気苦労もあったでしょうね」
「ええ。今でこそ大人になられましたがイライアス様は気まぐれな方で、以前はそれはもう苦労させられました」
「急にフラッといなくなってしまうイライアス様を探してこの街を幾度も歩き回りましたから」
その話にクローディアは思わず顔を引きつらせる。
おそらく自分がフラッといなくなる度に、自分のお目付け役だったオーレリアはこの2人のような思いをしていたのだろう。
「そ、それは他人事とは思えないわね」
そう言ってからふいにクローディアはある懸念が頭に浮かぶ。
エミリーもエミリアも普段は事務的で冷たい印象があるが、こうしてイライアスの昔のことを話す2人が、珍しく温和な表情をしていたからだ。
クローディアは2人に恐る恐る尋ねる。
「ねえ。あなたたちはイライアスのことをとても大事に思っているわね。その……見当違いなら謝るけど……2人とも、彼に恋をしている?」
そうだとすればいきなり自分が横から現れてしまったことになる。
だが、そんなクローディアの懸念を吹き飛ばす様に、2人はクスクスと笑い始めたのだ。
初めて見る彼女たちの笑った顔に、クローディアは目を白黒させる。
「え? ワ、ワタシ何かおかしなこと言ったかしら?」
動揺するクローディアにエミリーとエミリアは口元を手で押さえ、笑いを噛み殺しながら答えた。
「すみません。あまりに唐突なお話でしたので」
「恋などあり得ませんよ。ご安心下さい」
そう言うと2人は彼女たちにしては柔らかな表情をクローディアに向けた。
「私たちは安心しているのです」
「クローディアがイライアス様とお付き合いして下さることに」
「ずっとミアさんのことを引きずっていたイライアス様のことを、闇の中で照らして下さった希望の光がクローディアだったのですよ」
「マージョリーの手に堕ちる寸前だったイライアス様を救い出して下さったのもクローディアです」
そう言うと2人は顔を見合わせ、意を決したようにクローディアに目を向けると声を合わせて言った。
「クローディア。どうかイライアス様を……兄を……よろしくお願いします」
部屋の中にしばしの沈黙が横たわる。
クローディアの顔色が見る見るうちに変わっていく。
「……え? あ、兄? え? え? どういうこと?」
クローディアは動揺して目を白黒させる。
そんな彼女に双子は落ち着いた表情と口調で告げた。
「私たちは大統領が市井の女である平民の母に生ませた庶子なのです」
「イライアス様は私たちの腹違いの兄なのですよ」
思いもよらぬ情報にクローディアは驚きながら声を絞り出す。
「だ、だってイライアスはそんなこと一言も……」
「知らないのです」
「まさか私たちが腹違いの妹などと、兄は知らないのですよ。知っているのは私たちと父だけです」
「ど、どうして彼にそれを伝えないの?」
そう尋ねるクローディアに2人は少々悲しげな表情で答える。
「……兄が傷つくからです。ご自身の母親を裏切って父が別の女に生ませた子供なので」
「そんな私たちが妹だと名乗り出れば、兄は決していい思いはしないでしょう」
「私たちも怖いのです。それを知った時に兄が私たちをどのような目で見るのかと想像すると」
「きっと兄は見たくないでしょうね。腹違いの妹など」
双子の話に驚きつつ、クローディアはゆっくりとそれを心の中で噛み砕いていった。
2人は髪の色も灰色で、顔立ちもイライアスには似ていない。
きっと母親似なのだろう。
確かに驚愕の情報ではあるが、ならば2人がイライアスを親身に思うのも納得がいく。
クローディアは徐々に頭が冷えていくのと逆に、心が温まるのを感じて言った。
「これはワタシの単なる直感でしかないけれど、イライアスはあなたたちが妹だと知ったら喜ぶと思う。ワタシにもチェルシーっていう父親違いの妹がいるの。今は王国に住んでいるから簡単には会えないけれど、それでも血を分けた妹がこの世に生きていると思うだけで嬉しいわ。イライアスも同じ気持ちになるような気がする。ただの勘だけどね」
そう言って笑うクローディアに双子は少しだけ嬉しそうに笑った。
「……そうですか。いつかもしこのことを兄に打ち明ける時がきたら、クローディアの今のお言葉を思い出して、勇気を出してみようと思います」
「それまではこのことはご内密にお願いしますね」
そう言うと双子は今まで見せたことのないほど朗らかな笑みを見せるのだった。




