第68話 『女王の感謝』
大統領選挙の開票は夜通し行われ、明け方には全ての開票を終えた。
結果は大統領の圧勝だった。
国民からの圧倒的な支持を得て、大統領は3選を果たしたのだ。
「ふぅ。肩の荷が降りたわ。一応、敗戦の弁も用意しておいたのだけれど」
そう言うクローディアにウィレミナは苦笑する。
共和国首都の中心部にほど近い土地に位置する迎賓館でクローディアは大統領の勝利の一報を聞いて、安堵の朝を迎えていた。
10日間に渡る彼女の応援演説活動は無事に実を結んだのだ。
「大変お疲れさまでした。クローディア」
そう言うウィレミナ以下、デイジー、ジリアン、リビーらはクローディアに最敬礼の意を込めて頭を深々と下げた。
「皆もご苦労さま。慣れない異国の地で良く尽くしてくれました。感謝するわ。ありがとう」
そう言うとクローディアは皆の顔を見渡して、笑顔を見せた。
アーシュラだけはこの場にいない。
今、彼女は昨夜の出来事を報告するべくイライアスの元へ向かっていた。
☆☆☆☆☆☆
「……以上が昨晩の顛末です。マージョリーは今、スノウ家の当主によって謹慎を言い渡され、自室に待機したまま沙汰を待っています」
「そうか……知らせてくれてありがとう。アーシュラ殿」
イライアスはそう言うと静かに微笑んだ。
昨日までの追いつめられたような表情とは一変し、憑きものが落ちたような顔をしてイライアスは話を続ける。
「クローディアには感謝してもし切れないよ。彼女のおかげで俺は道を誤らずに済んだ。アーシュラ殿にも相当に世話になったな」
「いえ。万事がうまく転んでくれてワタシも働いた甲斐がありました」
そう言うとアーシュラは静かに部屋の中を見回す。
昨日の報告をするべくアーシュラが1人訪れたその場所はイライアスの私邸であり、彼の私室には他の者は誰もいない。
いつも影のように控えているエミリーとエミリアの姿もなかった。
「そういえば今日はあの双子の従者たちはいらっしゃらないのですね」
「ああ。午前中は暇が欲しいらしい。彼女たちも忙しかったから疲れているのだろう」
「そうですか。ちょうど良かった。イライアス様にお聞きしたいことがあります」
「俺に? 何だろうか」
少し首を傾げるイライアスにアーシュラは声を落として言う。
「これはクローディアにも内密にしていただきたいことです。彼女の部下ではなく友としてあなたにお聞きします」
「ああ。何でも聞いてくれ」
「あなたとクローディアの立場とか、良くしてくれたことへの感謝とか、そういうものを全て取り払って答えていただきたい。1人の女性としてクローディアのことをお好きですか?」
「えっ?」
その言葉に思わず戸惑うイライアスだが、アーシュラの真剣な表情を見てすぐに自分も神妙な面持ちで言った。
「……好きだ。彼女と恋人同士になりたいと思っている」
「そうですか。安心しました。それともう一つ、これはまったく別件なのですが……」
そう言うとアーシュラはさらに声を落とした。
「ボールドウィンをご存知ですよね? ダニアのもう1人の女王ブリジットの情夫です」
「ああ。ボルド殿にはもう何度も挨拶をさせてもらっているが……」
「彼、あなたに似ていますよね。イライアス様もそうお思いでは?」
唐突なアーシュラの問いにイライアスは思わず言葉に詰まる。
そして自分が表情を取り繕えていなかったことに内心で舌打ちをした。
それを見逃すアーシュラではない。
「今回、色々な調査をしているうちに偶然、大統領のお若い頃の肖像画を見つけました。街の骨董屋でね。それが……ボールドウィンにそっくりなのです」
「……そうか。確かに父は若い頃から街の名士だったからな。昔の肖像画が街のどこかにあったとしてもおかしくはない」
そう言うとイライアスは観念したように自身の机の中から一枚の手の平サイズの肖像画を取り出してアーシュラに差し出した。
アーシュラはそれに目を通す。
若き日の大統領はボルドによく似ていた。
「あの父親が無類の女好きなのはご存知だろう? 身内の恥を晒すようで気が引けるのだが、常に愛人がいるような男だし、母が亡くなってからも後妻こそ娶らなかったが複数の女があちこちにいた。遠征先でもいきずりの女と寝ることもあったらしいから、俺の知らないところで落とし児がいてもおかしくはないだろうな」
「イライアス様の知る腹違いの兄弟は?」
「いない。だからボルド殿のことも確証はない。だが、あれだけ似ているのだから、おそらくはそうなのだろう。彼は俺の弟である可能性が高い」
イライアスには兄弟姉妹はいない。
大統領の妻であったイライアスの母は早逝してしまったために、次の子供はいないのだ。
そして大統領もその後に再婚をしなかったため、戸籍上は大統領の子供はイライアスのみになっている。
大統領は周囲から幾度となく再婚を勧められたが、自分の妻はこの世でただ1人だと言い、頑として再婚をしなかったのだ。
「なるほど。このことは確証がない以上、まだクローディアには伏せておきましょう。ただ、いつか彼女も知る時が来ると思います。そうなった時にクローディアとイライアス様の御心が揺らがぬよう、しっかりと絆を深めておいて下さい」
「約束しよう」
イライアスの決然とした表情を見ながらアーシュラは内心で、イライアスにも知らないことがあると思った。
クローディアが以前にボルドに想いを寄せていたことは、ダニアの中でもごく一部の者しか知らない。
イライアスもそれを知らないが、クローディアと付き合う以上、いつか必ず知る時が来るだろう。
そうなった時には彼のクローディアへの愛が試されることになる。
もしボルドが本当にイライアスの腹違いの弟だとしたら、イライアスは弟を愛した女性を愛することになるのだ。
だが、それはクローディアとイライアスの問題だ。
2人で乗り越えていくべきだろう。
アーシュラはその他にも掴んでいることがある。
この首都に来てからクローディアにはかなり自由にさせてもらい、調査の中でマージョリーへの対策に直接関係ない事実を知ることもあったからだ。
「その他には? 大統領の血を引くあなたの御兄弟にお心当たりは?」
「ん? 俺が知る限りはそれだけだが? まあ、どこかにはいるかもしれないが、そんなことを父に聞く気にもならないさ」
「……なるほど。分かりました。では、私はこれで失礼いたします」
アーシュラはそう話を切り上げると、頭を下げてその場を後にした。
(そうか。この人も知らないのか。まったく大統領は罪な人だ)




