第67話 『女王の雷』
(嘘よ……何なの……どうなっているの?)
マージョリーは目の前で繰り広げられる光景がとても現実のものだとは信じられなかった。
自分が連れてきた屈強な体格の男たちが、クローディアによって1人また1人と打ち倒されていく。
倒されているのはプレイステッド商会のゴロツキなとではなく、金で雇った元軍人の傭兵たちだ。
戦闘の専門家たちであり、クローディアを叩きのめすために特に体格の良い者ばかりを10人も連れてきたのだ。
だというのに10人のうち3人、4人と男たちは次々クローディアに打ち倒されていく。
「な、何をやっているのよ! 女1人を倒せないの? 寝てないで起きなさい!」
マージョリーは倒れている男をそう怒鳴りつけるが、男はクローディアに顔面を殴られて鼻血を流し、完全に失神してしまっている。
とても信じられなかった。
もちろんマージョリーとてダニアの女王であるクローディアの武勇は聞いている。
だが、10日前に実際にクローディアの姿をその目で見て、そうした武勇には尾ひれが付いて過剰に盛られた話なのだと思った。
なぜならクローディアは確かに均整の取れた体つきをしているものの、他の筋骨隆々なダニアの女に比べると背も低く、体も小さく見えるからだ。
(筋肉女たちに守られた女王様の、誇張された武勇伝じゃなかったの?)
仲間が次々と打ち倒されるのを見た男たちは、その手に短剣や長剣などを握ってクローディアに襲いかかる。
だが誰1人としてクローディアの素早い動きを捉えることは出来ない。
クローディアは男たちの振るう刃をヒラリとかわすと、敵を殴り、蹴りつけた。
男たちはほとんど一撃か二撃で倒され、昏倒して動かなくなる。
そこでマージョリーは初めて気付いたのだ。
クローディアが攻撃をする瞬間、彼女の腕や足の筋肉が異様に大きく盛り上がることに。
その腕や足から繰り出される攻撃は重く、男たちはまるで鈍器で殴られたかのようにあっけなく昏倒していく。
(こんな……こんな女が現実にいるなんて)
マージョリーの知る世界には、腕力で男をなぎ倒すような女は存在しなかった。
女は美貌と知力・財力を武器に男を平伏させるものだ。
マージョリーは貴族社会でそう学んできた。
だというのに、目の前にいる女は力で平然と男たちをねじ伏せていく。
こんな女が存在していいはずがない。
「と、取り囲んで一斉にかかりなさい! 全員で押さえ込むのよ!」
まだ立っている男は4人。
彼らは前後左右からクローディアを取り囲むと、一斉に襲いかかった。
だが……クローディアの姿が一瞬にして消え、4人の男たちは互いにぶつかり合う。
「ぐあっ!」
どこへ消えたのかと目をしばたかせるマージョリーだが、クローディアは頭上に跳躍していた。
その高さは人の頭を軽々と飛び越せるほどであり、着地したクローディアは次々と男たちを蹴り飛ばして全員をあっという間に倒してしまったのだ。
「そ、そんな……」
10人いた男たちは全員が打ち倒されて、例外なく失神していた。
唖然として立ち尽くすマージョリーを見据えながら、クローディアは息一つ切らさずに服の埃を払う。
「10人じゃ足りなかったわね。マージョリー。この後はどうするの? あなたがお相手をしてくれるのかしら?」
そう言うとクローディアは一歩また一歩とマージョリーに近付いていく。
マージョリーは思わず後退りながら、青ざめた顔で金切り声を上げた。
「ち、近寄らないで! 私を傷付けたら私の家が黙ってないわよ。スノウ家の力を舐めたら……」
「プレイステッド商会のバンフォールドとオールストン家のアーロン。知ってるわよね? 彼らが全て白状したわ。ミアへの嫌がらせは全てあなたの指示でやったことだって」
クローディアは立ち止まり、マージョリーの声を遮りそう言った。
2人の名前が出たことに驚き、マージョリーは顔色を変える。
「で、でたらめよ。そんな人たちは知らないわ」
「嘘おっしゃい。この期に及んでみっともないわよ。彼らとその関係者は今、全員が警察に突き出された。プレイステッド商会は営業停止で全面的な捜査が始まるそうよ。そんなシラをどこまで切り通せるかしらね。マージョリー」
クローディアの言葉にマージョリーは事態の深刻さを知って顔面蒼白になった。
そんなマージョリーにクローディアは冷たい笑みを向ける。
「あなたたち。墓地からワタシを付けて来ていたでしょ? すぐに分かったわよ。下手な尾行ね」
「……なっ」
「ワタシが行く宛てもなくブラブラしていると思う? まんまとおびき出されてくれて助かったわ」
そう言うとクローディアはスッと手を上げた。
すると公園の木陰から3人の人影が現れた。
それはアーシュラと2人の初老の男性だ。
その男性たちを見て愕然としたのはマージョリーだった。
「ハ、ハロルド……それにホレス秘書官」
それはスノウ家のマージョリー付きの執事であるハロルドと、彼の実兄にして大統領の秘書官を務めるホレスだった。
ハロルドは青ざめた顔で、ホレスは厳しい顔つきでそれぞれマージョリーを見ている。
「マージョリーお嬢様。なぜこのような……」
「マージョリー殿。委細はこの目とこの耳でしかと確認させていただきました。これは由々しき事態ですぞ」
その言葉にマージョリーは弱々しく首を横に振る。
「ち、違うのよ。私、クローディアに陥れられて……」
「いい加減にしなさい!」
クローディアの雷のような声が鳴り響き、マージョリーはビクッとすくみ上がる。
クローディアの顔に初めて女王の厳しさを見て取り、マージョリーは声を失った。
「マージョリー。これだけの悪だくみをしておいて、責任逃れをしようと言うの? 不良なら不良らしく堂々と罰を受けるくらいの気概を見せたら? あなたにそんな根性はないかもしれないけれどね」
クローディアの言葉にマージョリーは悔しげに唇を噛みしめる。
そこにアーシュラの静かな声が響いた。
「今回の件、全てスノウ家のご当主、そして大統領にもすでに報告がいっております。マージョリー殿。あなたには相応の罰が下ると思いますので覚悟をお決め下さい」
アーシュラの冷たい声が、厳然たる審判のように鳴り響き、マージョリーはガックリとその場に膝をついたまま言葉を失い項垂れるのだった。




