第66話 『女王の冷たい怒り』
ミアの墓がある墓地を後にすると、クローディアはスカーフを被って人目のない路地を選んで歩く。
街の外れというほどではないが、中心部から離れた住宅街の一角は静まり返っていた。
街の中心部に繰り出している人が多く、留守宅が多いからだ。
遠くに街の中心部の喧騒が聞こえるため、より一層この辺りが寂れた雰囲気に感じられる。
家屋が立ち並ぶ一角に公園を見つけたクローディアは、何の気なしにその場に足を踏み入れた。
雑木林に周りを囲まれた夜の公園は当然のように無人で、クローディアはただ1人、夜風に吹かれながら明るい満月を見上げる。
その時だった。
「夜の独り歩きは危ないわよ。女王様」
背後からかけられるその声にクローディアは足を止めた。
振り返るとそこにはマージョリーが立っている。
その背後に5人の屈強な男たちを連れて。
マージョリーは不敵な笑みを浮かべてクローディアに問いかけた。
「女王様ともあろう人がこんな場所で何をしているの? 留守宅を狙った空き巣でもするつもり? それとも男でも探してるのかしら? ダニアの女はお盛んだって聞くわよ。はしたないこと。男ならここに5人もいるから、誰か貸してあげましょうか? それとも5人一度に相手する?」
そう言って嘲り笑うマージョリーに同調して男らが下劣な笑い声を上げる。
そんな者たちに侮蔑の視線を向けながらクローディアは言葉を返した。
「はしたないのはどちらなんだか。ワタシがどこで何をしようとあなたに関係あるかしら? マージョリー」
すまし顔でそう言うクローディアにマージョリーは鬼の形相で声を荒げた。
「おだまりなさい! ワタシとイライアス様の縁談を台無しにしておいて、よくも抜け抜けと」
そう言うとマージョリーは両手をパンパンと打ち鳴らす。
すると今度はクローディアの後方から別の5人の男らが現れた。
同じく屈強な体格を持つ輩たちだ。
挟み撃ちをされた格好のクローディアを見て、マージョリーはニヤリと笑った。
「クローディア。たった1人で護衛も付けずに軽率だったわね。あなたのことは絶対に許さない。私はやられたらやり返すのよ」
「そう。それにしてもあなた、スノウ家のお嬢様なのに随分と柄の悪い連中と仲良しなのね」
「これもお金の力と権力よ。私の武器は美貌だけじゃないの。あなただってそうでしょう? 女王様という立場で屈強な女たちを従えているじゃない」
「一緒にしないでよ。あなたなんかと」
そう言って冷笑を浮かべるクローディアにマージョリーは怒りを露わにする。
「すぐにその顔を泣き面にしてあげる。男たちに傷ものにされた女をイライアス様が妻にしたがるかしら」
そう言うマージョリーの後ろで、男らが皆ニヤニヤといやらしい笑みを浮かべてクローディアを見ている。
女を食い物としてしか見ていない獣のような目だ。
クローディアは吐き気を覚えつつ肩をすくめて見せた。
「マージョリー。あなたって本当に分かっていないわね。イライアスはたとえワタシが傷ものにされたって受け入れてくれるわ」
「何よそれ……あなたはそんなにも彼に愛されていると言いたいの?」
「違うわ。イライアスがそういう優しい心の持ち主だからよ。あなたも彼のそういうところが見えていれば、ミアにあんなひどいことをしなかったでしょうに」
そう言うクローディアにマージョリーはますます怒りを募らせる。
「何を分かったようなことを……自分の方がイライアス様を分かっているとでも言いたいの? ミア? あんな平民の娘がイライアス様に似合うとでも? 釣り合うわけないじゃない。愚かな夢さえ見なければ死なずに済んだのに馬鹿な子」
その言葉にクローディアの顔が冷たい怒りを帯びる。
「あなたがそうなるように仕向けたくせに。恥ずかしげもなくよく言えるわね」
「だったら何? 私がやったという証拠はないわ。でも、邪魔者が消えてくれて清々しているのは確かね。私、邪魔な人には消えてもらうことにしているから。だからあなたも消えるのよ。今からここにいる男たちに踏みにじられてね」
そう言うマージョリーにクローディアは冷たい視線を向ける。
それは敵を容赦なく屠る女王の殺意に満ちた目だった。
「そう。ところでマージョリー。ワタシに危害を加えるために連れて来た男はそれだけ?」
「何よ。今さら命乞いかしら? みっともないわね。ダニアの女王様のくせに」
そう言うとマージョリーは男たちに命じた。
「あの傲慢な女王をめちゃくちゃにしてあげなさい。女として二度と立ち直れないようにね」
マージョリーのその言葉に、男らの中でも最も興奮している男が息を荒くつきながら、弾かれたようにクローディアに襲いかかる。
男はローディアを組み伏せようと嬉々としながら掴みかかった。
だが……。
「フンッ!」
クローディアは逆に一瞬にして間合いを詰め、男の腹を右の拳で突き上げる。
「ガハッ!」
思わず腹を押さえて前のめりになる男の顎を、クローディアは容赦なく左の拳で突き上げた。
「ゴハッ!」
男は空中に3メートルほど吹き飛ばされると、地面に叩きつけられて動かなくなった。
白目を剥いて完全に失神している男を見てマージョリーは思わず目を見開く。
「なっ……」
「マージョリー。もう一度聞くわね。連れて来たのは……それだけ?」
そう言うクローディアの目が冷たい光を帯びて鋭く細められるのだった。




