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第65話 『女王の墓参り』

「そうか。クローディア殿はご不在か。大統領に代わってご挨拶あいさつしたかったのだが、仕方ありませんな」


 大統領選挙の投票日の夕刻。

 手土産てみやげである菓子をたずさえて迎賓館げいひんかんを訪れた大統領の秘書官であるホレスは、残念そうにそう言った。

 律儀にも彼は応援演説の礼をクローディアに言いに来てくれたのだ。

 対応したウィレミナは主の不在をびて代わりに手土産てみやげを受け取る。

 ちょうどその場に現れたアーシュラは、帰ろうとするホレスを呼び止めた。


「実はワタシの方からホレス秘書官にお会いしに行こうと思っていたところなのです」


 そう言うアーシュラにホレスは不思議ふしぎそうに首をかしげるのだった。


 ☆☆☆☆☆☆


「マージョリーお嬢様。今はどちらにいらっしゃるのか……」


 マージョリーの執事であるハロルドは苦悩していた。

 スノウ家の当主よりマージョリーの身の回りの世話を命じられているが、マージョリーは彼の言うことなど聞きはしなかった。

 それどころか素行の悪い者たちとの付き合いもあり、ハロルドは手を焼いている。


 先日、イライアスとの婚約発表を行うはずだったその夜、マージョリーは目を真っ赤にらして泣きながら帰宅した。

 どうやらうまくいかなかったのだと知ったハロルドはマージョリーに話を聞こうとしたが、彼女は一切に何も話さず、着替えるとすぐにどこかに出かけてしまった。

 それ以来、マージョリーは夜が明けても家に戻って来ていない。


「私の手には余る……」


 ハロルドが1人自室で頭を抱えていたその時、部屋のとびらがノックされ、給仕の下女が彼を呼びに来た。


「ハロルドさん。お客様をお連れいたしました」

 

 下女に連れられてそこを訪れて来たのはハロルドの兄であるホレスだった。

 ホレスは大統領の秘書官を長年務めている優秀な男だ。

 その兄が赤毛の少女を連れてたずねて来たのだ。

 その少女は確か、クローディアの秘書官でアーシュラという名前だったとハロルドは記憶している。

 アーシュラはハロルドに一礼すると言った。


「ハロルド殿にお願いがあります。マージョリー殿の件で」


 そう言うアーシュラの目には強い光が宿っていた。


 ☆☆☆☆☆☆


 大統領選挙の投票日は大勢の人々が首都の各所に設置された投票所を訪れる。

 15歳以上の国民には投票が義務付けられていて、共和国という先進国家は民意によって代表者を選ぶのだというその意義に街は活気付くのだ。

 投票を終えた者の多くはそのまま街に繰り出し、どの候補者に投票しただの、誰それが当選すれば国は変わるだのといった政治談議が街のそこかしこで交わされている。


 酒場などはどこも満席の盛況ぶりだ。

 4年に一度の投票は、さながら祭りの様相をていしていた。

 投票が締め切られる夕刻のかねが鳴った後も、人々は家に帰ることなく、4年に一度の投票日を夜遅くまで大いに楽しんでいる。


(すごい数の人ね)


 そんな中、スカーフで髪を隠し、口元を布でおおった1人の女性が喧騒けんそうに紛れるようにして街中を歩いていく。

 クローディアだ。

 投票が締め切られた後、彼女は周囲に気付かれぬよう変装して迎賓館げいひんかんを後にした。

 夜の街をたった1人で散策していたのだ。

 すでに露店でいくつかの食べ物を購入し、歩きながらの買い食いに舌鼓したづつみを打った後だったが、その手にはまだ真っ赤な果実の入ったふくろを抱えている。


(今夜は共和国で自由に出来る最後の夜だし、楽しんでおかないと。歩きながら食べているなんてオーレリアに知られたら、卒倒するでしょうね)


 内心でそうほくそ笑みながら、クローディアは目的地に向かって進んでいた。

 多くの人が街の中心部に集まっているため、街の外側に向かうほどに急激に人の数が少なくなっていく。

 クローディアが向かっているのはミアの眠る墓地だった。


 イライアスとの事の顛末てんまつをきちんと彼女に報告しておきたいと思ったからだ。

 もちろん死者への言葉は届かない。

 だが、それでも彼女の墓を参らねば不誠実だと思ったのだ。


 墓地に辿り着くと、やはりまったく人の姿はない。

 人目を気にする必要の無くなったクローディアは、スカーフを外して銀色の髪を夜風の中に解き放った。

 今夜は満月の夜であり、月明かりが辺りを明るく照らし出している。


 その中で夜風に舞うクローディアの銀色の髪は美しかった。

 彼女はミアの墓に歩み寄ると、ふくろから取り出した果実のった容器を墓前に供える。

 それは小振りな品種のリンゴに水飴みずあめをかけた、共和国で祭りの際に販売される果実菓子だった。

 

「今日は大統領選挙の投票日よ。4年前はあなたもこれを食べたのかしらね。ミア」


 墓石にそう語りかけると、クローディアは静かに胸の内でミアの冥福めいふくいのる。


「イライアス、立派になったわよ。彼と本格的にお付き合いをするかまだ分からないけれど私……少しずつ彼にかれている。きっと以前から少しずつ。でも彼を好きだと自覚するようになったのは、彼があなたにてた手紙を見てから。おかしいわよね。あなたにてた手編みなのに私が感動しちゃって。でもミア……約束するわ。彼との関係を大切にはぐくんでいくから。あなたが出来なかった分まで。だから……許してね」


 おそらくイライアスの胸からミアへの想いが消えることはないだろう。

 だがそれでいい。

 死別した恋人のことをすっかり忘れるような冷たい男なら願い下げだ。

 クローディアはそう思い、ミアにもう一度(いの)りをささげてから立ち上がった。 


「また来るわね。ミア」


 そう言うと供え物を袋に再びしまい込み、クローディアは墓地を後にするのだった。

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