第64話 『女王の抱擁』
アーシュラに案内されてクローディアとイライアスが向かった先は、街外れの廃倉庫だった。
すでに使われなくなって久しいその場所に辿り着くまでの間、目的地に何者がいるのかと問われてもアーシュラは語らなかった。
着いてから話します、とだけ言って。
到着すると廃倉庫の前にはジリアンとリビー、そしてデイジーが待っていた。
「こちらです」
アーシュラに案内されて入った廃倉庫内の薄暗い部屋には4人の人物がいた。
初老の男、壮年の男、若い男、そして若い女だ。
全員、縄で拘束され、等間隔に並んだ柱に縛り付けられている。
「ご紹介いたします。左からプレイステッド商会の主・バンフォールド。その用心棒のウォーレス。オールストン家の嫡男・アーロン。そしてプレイステッド商会の小間使い・カリスタ」
アーシュラに名前を呼ばれた4人は全員がビクビクとして恐怖に顔を歪ませている。
彼らの体に傷などはないが、何らかの方法で強烈に脅されたのかもしれないとイライアスは思った。
「この4人はマージョリーと結託して裏で汚いことをしていた者たちです。そして……アーロン・オールストンは平民の娘ミアに数々の嫌がらせをしていた実行犯です」
その言葉にイライアスの顔色が変わる。
かつての恋人ミアは数々の嫌がらせに耐え切れず、その身を城壁から投げて自らの命を絶った。
その実行犯が今、目の前にいる。
イライアスは自身の心が真っ赤な怒りに染まっていくのを感じて拳を握り締めた。
そんなイライアスの様子をチラリと見ながらアーシュラはアーロンに声をかける。
「アーロン。罪の告白を」
「ひっ……許して下さい」
「アーロン」
アーシュラにジロリと目を向けられて、アーロンはビクッとすくみ上がる。
やがて彼はボソボソとした声で、自らがミアにどのような嫌がらせをしたのかを話し始めた。
そのアーロンの数メートル先の床には、抜き身の剣が無雑作に転がっている。
アーロンは怯え切った表情でその剣をチラチラと見ながら話を終えた。
「こ、これで全てです」
嫌がらせの内容は多岐に渡り、そのどれもが聞く者の胸をムカつかせるようなものばかりだ。
その話を聞き終え、クローディアはアーシュラの顔を見つめ、それからイライアスに目を向けた。
イライアスは怒りに唇を震わせている。
そしてその口から怒りの声が溢れ出した。
「貴様がしたことで……ミアが……1人の人間の命が失われたんだぞ!」
激昂するイライアスにアーロンは青ざめて必死に声を絞り出す。
「し、死ぬなんて思っていなかったんだ。嫌がらせをすればアンタのことをあきらめて引き下がると思って……まさか死ぬなんて」
「黙れ! その浅はかな考えでミアがどれだけ傷つき苦しめられたと思っている! 命を絶つほどの辛さが貴様に分かるか!」
「お、俺はマージョリーの意向を受けたバンフォールドさんに頼まれただけなんだよぉ。俺だってあんなことしたくなかったんだ」
その言葉にイライアスは冷たい殺意が腹の底に渦巻くのを感じ、アーロンに歩み寄りながら床に落ちている抜き身の剣を拾い上げた。
それを見たクローディアとアーシュラは互いに視線を交わし、一方のアーロンは恐慌状態に陥った。
そしてアーシュラに縋るような視線を送り、懇願する。
「た、助けてくれ! 殺さないって言ったじゃないか! 正直に話せば命までは取らないって!」
だがアーシュラは冷たい目をして言う。
「ええ。ワタシは殺しませんよ。ワタシはね。ですが他の方の復讐を止める権利はワタシにはありませんので」
「そ、そんな……」
イライアスは剣を握り締め、鬼の形相で一歩また一歩とアーロンに迫る。
アーロンは涙を流しながら必死に命乞いをした。
「ひいいいいっ! やめてくれ! 謝るから! 何でもするから! どうか命だけは助けてくれ! お願いだよぉぉぉぉぉ!」
「ミアだって……ミアだって死にたくなかったはずだ!」
そう言うとイライアスは剣を大上段に振り上げた。
アーロンは半狂乱になりながら悲鳴を上げる。
「ひぃぃぃっ!」
「うあああああああああっ!」
イライアスは怒りに吠えて剣を鋭く振り下ろした。
だが、剣はアーロンのすぐ横の床を削ると、イライアスの手から離れて転がった。
アーロンはほとんど息も出来ないほどに顔を引きつらせている。
「ひっ……ひっ……」
「貴様の命を奪ったところで……ミアは戻って来ない。貴様は生きて刑罰に処され、罪を償え。だが、俺がいつかこの国の大統領になった時に貴様がまだ卑劣なことをしているようなら、法の裁きの元に必ず貴様を縛り首にしてやる。生涯忘れるな」
イライアスの言葉にアーロンは涙を流しながら幾度も頷く。
それを見たイライアスは怒りを飲み込み、唇を噛みしめながら踵を返した。
そしてクローディアとアーシュラに目を向ける。
「クローディア。アーシュラ。ありがとう。罪人たちを捕まえてくれて。彼らは共和国の法のもとに裁きにかける」
「それで良かったの? あなたには復讐の権利があるわ」
そう言うクローディアにイライアスは力なく頷いた。
「共和国では復讐は違法だ。俺は将来、大統領になると決めている。その俺が法を犯すわけにはいかないさ。それに……君の前でそんなことはしたくないよ。クローディア」
そう言って力なく笑うイライアスに歩み寄ると、クローディアはそっと彼を抱きしめる。
「立派よ。イライアス。あなたを誇りに思う。天国のミアもきっとそう思っているわ」
そう言うとクローディアは彼の背中を優しくさするのだった。




