第63話 『女王の感謝』
「これはこれは……」
大統領公邸。
先ほど最終演説を終えたばかりの大統領は、私室で蒸留酒を舐めて休息を取っているところだった。
満足のいく自身の演説と観衆からの熱気ある反応。
それらに手ごたえを感じ取り、大統領は上機嫌だった。
そんなところに息子が女性を連れて来たため、大統領は相好を崩して彼らを出迎えた。
「父上。最終演説会お疲れさまでした」
そう言うイライアスの隣ではクローディアが真紅のドレスの裾をつまんで丁寧にお辞儀する。
そんな彼女の着飾った様子に大統領は不思議そうな顔を見せた。
「どうした? 2人そろって。クローディア殿は本日はお休みでは?」
「実は……ご報告がありまして」
そう言うクローディアの言葉と、イライアスの居心地悪そうな顔を見て大統領は全てを悟ったらしく、ニヤリと笑った。
「なるほど。2人はそういうことになったか」
男女の機微についてこれほどまでに敏感な男もいないだろうと、イライアスは父の生涯治らぬ悪癖に苦い表情を浮かべる。
その隣でクローディアは神妙な面持ちで話を切り出した。
「実は……」
クローディアは落ち着いた表情で先ほどの舞台上での宣言について説明した。
マージョリーの件は一切話さず、自分がどういう気持ちでそのような行動に至ったのかを端的に説明したのだ。
そして最後に頭を深く下げて謝罪した。
「大事な最終演説会の後に場を汚してしまい申し訳ございません」
「いやいや。クローディア殿なりのお考えがあったのでしょう。謝ることは無い」
大統領はそれ以上、何も聞かなかった。
ただの交際宣言を舞台で行うなど不自然だと思うだろうに、大統領はまるで意に介したふうもない。
その心の内まではクローディアにも見えてこない。
ともあれ、こうして3人だけで集まれる機会は中々ないと思った彼女は、思い切って踏み込んだことを聞く。
「イライアス殿はスノウ家との縁談をご予定されていたかと思いますが、ワタシのせいでそれも……」
「あなたが息子のお相手ならば父としてこんなに嬉しいことはない。もちろん大統領としても賛成です」
「えっ?」
予想もしていなかった言葉にクローディアは思わず言葉を失った。
そんな彼女を見て大統領は泰然とした表情で言う。
「これは本心ですよ。あなたという人が息子と一緒になってくれるなら私は心から安心できる。その半分はあなたが女王という立場にあるから。もう半分は……」
そう言うと大統領はクローディアを見て優しく微笑んだ。
「あなたがあなただからですよ。クローディア」
大統領の言葉にクローディアは思わず息を飲む。
今のは紛れもなく大統領の本心だろう。
スノウ家との縁談をご破産にする以上、イライアスの相手には相応の立場ある女性が求められる。
そうでなくば後々、色々と揉めることになるからだ。
だが、相手が蛮族とはいえ一国の名のある女王ならば、スノウ家といえども引き下がる他ない。
そして大統領はこの短い期間でクローディアの人柄をしっかり見ていたのだ。
そのためクローディアが息子の相手ならば間違いは無いと判断した。
「むしろあなたの方こそ、うちの愚息でよろしいのかな? もし気に入らなければ容赦なく捨ててやって下さい」
「そんな……」
「だから無理に背負い込まず自然体で息子と付き合ってやって下さい。こうなった以上、何としても大統領の息子と結婚せねば大統領や世間が納得しない、などと気負えばうまくいくものもいかなくなる。こういうことはなるようにしかなりませんし、なるようになります」
そう言う大統領は穏やかな父親の顔をしていた。
クローディアに対しても重圧を感じることなく、責任感ではなく自分の気持ちを第一に考えて交際するようにと言ってくれているのだ。
クローディアは気持ちが温かくなるのを感じた。
男としてはまったく尊敬できない大統領だが、やはり一角の人物なのだ。
「大統領。お心遣い感謝いたしますわ」
そう言って頭を下げるクローディアに微笑むと、大統領は息子のイライアスに目を向ける。
「それにしてもまったくおまえという奴は。女性にここまで言わせておいて、おまえはボサッと口を開けて見ているだけか?」
「そ、そんなことは……」
「おまえのことを気に入って下さっているんだ。この御縁をきちんと大切にしなさい」
大統領はそう言うと立ち上がり、イライアスの肩をポンと叩いて笑うのだった。
☆☆☆☆☆☆
「よく分からない人ね。あなたのお父様は」
「ああ。俺も今日でますます分からなくなったよ」
大統領の公邸から出るとクローディアとイライアスは並び立ち、緊張に凝り固まった体を大きく伸ばしながらそう言い合った。
公邸前に停車中の馬車のすぐ傍ではウィレミナが主の帰りを待っている。
そんな彼女を見つめて微笑みながら、クローディアは隣のイライアスに言った。
「でも、これからもあなたとお茶したり出かけたりするのは許してくれそうね」
「ああ。そのことなんだけど、クローディア……」
イライアスがそう言いかけたその時、乗って来た馬車のすぐ近くに別の馬車が停車した。
そして馬車の中から姿を現したのはアーシュラだ。
彼女はクローディアらに足早に近付いて来ると言った。
「クローディア。イライアス様。お2人に会わせたい者たちがいます。恐れ入りますが至急ご同行下さい」
そう言うアーシュラの目には鋭い光が浮かんでいた。




