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第61話 『女王の宣言』

「ちょっと! これはどういうことなの!」


 ひかえ室の入口を数人の男女に固められて室内に閉じ込められた状態のマージョリーは、怒りの声を上げながらエミリーとエミリアに詰め寄った。


「あななたち何か聞いていないの? イライアス様はどうして戻って来て下さらないの!」


 困惑の表情でそう言うマージョリーに対して双子は無視を決め込んでいた。

 ごうやしたマージョリーはいよいよ激昂げっこうして、エミリーのほほを平手でバシッと張った。


「何とか言いなさい! いつもだんまりで表情もとぼしいし、あなたたち薄気味悪いのよ!」


 エミリーはそれでもだまっているが、姉のほほを張られたエミリアが無表情のまま口を開いた。


「イライアス様が戻って来られないのは、マージョリー様のことがお嫌いだからでは?」

「なっ……何ですって?」

「マージョリー様よりクローディアの方がお好きなのですよ。多分」


 他人事のように目をらしてそう言うエミリアにマージョリーは顔を真っ赤にして怒り、今度はエミリアのほほをバシッと叩くのだった。


☆☆☆☆☆☆


「クローディア。君は一体何をするつもりなんだ?」


 クローディアに手を引かれるまま歩き続けるイライアスは、徐々に不安を覚え始めていた。

 それもそのはずで、クローディアは彼の手を引いたまま公会堂の大舞台の上に上がろうとしていたからだ。

 そこはつい先ほどまで大統領を初めとする候補者たちが最終演説を繰り広げていた場所だった。

 今もなお会場では紳士淑女しんししゅくじょらが集まって立食を楽しみながら、政治談議や世間話に興じている。

 冷めやらぬ熱気を前に、こうして自分とクローディアが連れ立って舞台の上に上がれば、どのような好機の目にさらされる分からない。

 しかしきもを冷やすイライアスとは対照的にクローディアは少しも臆した様子なく言った。


「あなたの手紙に書かれていた最近出会った女性って誰? あなたがかれ始めているという……」

「そ、それは……秘密だ」

「……そう。まあいいわ。ねえイライアス。ワタシのこと、嫌ってはいないわよね?」


 突然そんなことを聞かれてイライアスは思わず目を丸くする。

 しかし彼は間髪入れずに答えた。


「嫌いなわけないだろう?」

「そう。良かった。正直、嫌われていたら今からすることは最悪の嫌がらせになってしまうから」

「何を……するつもりなんだ?」

 

 その問いには答えずクローディアは静かにイライアスを見つめ返す。


「今からワタシが何をしてもおどろかないで。笑顔でワタシに合わせて。持ち前の演技力と男前ぶりを今こそ発揮はっきしなさい。イライアス」


 そう言うとクローディアは何かを言いたげなイライアスの手を引いて、舞台(そで)からとうとう舞台に上がった。

 途端とたんに会場中の視線が2人に集まり、やがて皆が息を飲んだように会場はシンと静まり返る。


「ご歓談の最中に失礼いたしますわ。ダニアよりやってまいりましたクローディアでございます」


 そう言うとクローディアはドレスのすそをつまんで優雅に一礼して見せる。

 真紅の色を基調としたドレスに美しい銀色の髪がよくえて、かりに照らされる彼女の姿はまるで炎の女神のようだった。

 その美しさとりんとした振る舞いから、すでに彼女はこの首都で絶大な人気を得ている。

 もう彼女を蛮族ばんぞくの女王などとさげすむ者は少ない。


 この公会堂もクローディアをたたえる声で満ちていた。

 そして彼女のとなりにイライアスがいることで、会場内からは好奇の視線が注がれる。

 この2人は首都きっての美男美女としてうわさの的なのだ。

 イライアスは観衆の視線を全身に浴びながら、引きつったような笑みを見せていた。


(いつも通りの演技力と言われても、俺には君ほどの胆力はないぞ。クローディア)


 内心でヒヤヒヤするイライアスのとなりでは、ざわめきが落ち着くのを待ってクローディアが話を切り出した。


崇高すうこうなる大統領選挙の最終演説会の場をお借りして、はなは僭越せんえつではございますが、少々下世話な話をさせていただきますわ。世間ではワタシとイライアス殿の仲をうわさされる方々もいらっしゃるようですね。ですがそれは違います。ワタシとイライアス殿は男女の仲ではありません」


 その言葉に会場からは思わず落胆の声が聞こえてくる。

 しかしクローディアは間髪入れずに言い放った。


「ですが……心根が優しくまっすぐな愛情を持つイライアス殿のことをワタシは……好ましく思っております。イライアス殿はいかがですか? ワタシのことをどうお思いでしょうか?」


 その言葉に会場の雰囲気ふんいきは一変し、大きな歓声とはやし立てるような口笛が鳴り響いた。

 そんな中、クローディアは笑みを浮かべてイライアスを見やる。

 水を向けられたイライアスは思わず息がつまり、すぐには言葉が出て来ない。

 だが、彼は握り締めた拳でおのれの太ももをドンと叩いて自らを叱咤しったする。

 そして会場が再び静まり返るのを待って声を張り上げた。


「そのように思っていただき、1人の男として心より嬉しく思っています。クローディア殿は若くして堂々たる威厳いげんに満ちあふれ、それでいて母のような慈愛じあいに満ちた素敵すてきな女性です。私もこれから……親しくさせていただきたいと思っています。友としてではなく、1人の男と女として」


 静まり返っていた会場は、イライアスの言葉に弾かれたような大歓声に包まれた。

 イライアスの言葉を聞いたクローディアはとても穏やかな表情をしていた。

 そんな彼女の顔を見たイライアスは、幼き頃の母の顔を思い出す。


 それはイライアスが正しいことをした時に、それでいいのだとめてくれた母の、春の日差しのような暖かな笑顔だった。

 今のクローディアの笑顔は、そんな母の笑顔によく似ているのだ。

 イライアスの胸に……静かに新たな炎が宿る。


「お聞きの通りです。まだ何も確かなことは言えません。しかしこれからのワタシたちがどうなっていくのか、首都の皆様には温かくお見守りいただきたいのです。どうかよろしくお願いいたします」


 観衆に向けてそう言うと、クローディアはイライアスに手を差し出す。

 イライアスはその手を取ると、彼女と共に観衆に向けて優雅に一礼して見せた。

 会場は拍手喝采はくしゅかっさいうずに包み込まれ、しばらくの間その歓声が鳴りやむことはなかった。

 この夜、首都には大統領選挙の行方ゆくえと同じくらい熱を帯びた話題として、若き2人の熱愛の報が駆けめぐるのだった。

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