第56話 『女王の決断』
墓地から迎賓館に戻ったクローディアは、アーシュラが任務から帰還したことを知ってすぐに彼女を部屋に呼んだ。
「ちょうど良かった。アーシュラ。戻ってなかったらジリアンたちにお願いしてあなたを呼び戻そうと思っていたところだから」
そう言うクローディアが部屋から人払いをしているの知ったアーシュラは、主がその決然たる表情から何かを決断したことを知り、神妙な面持ちで言った。
「クローディア。何なりとお命じ下さい」
「アーシュラ……ありがとう。まずはあなたに話しておきたくて。時間がないから一度で聞いてちょうだい」
クローディアは今、大きな決断を下そうとしている。
だが、これにはアーシュラの陰ながらの活躍が必要不可欠になるのだ。
全身の神経を研ぎ澄ませてクローディアの話を聞いたアーシュラは、何かを問うでも訝しむでもなく即座に頷いた。
「理解しました。準備をせねばなりませんので、すぐに発ちます」
「ありがとう。帰って来たばかりなのに悪いわね。新都のブリジットには鳩便を飛ばしておくわ。結局もう時間が無いから彼女には事後報告になってしまうと思うけれど」
「仕方ありませんね。ウィレミナたちへの御説明はお願いします」
そう言うとアーシュラは即座に部屋を出て行った。
そんな彼女を見送るとクローディアは少々、拍子抜けしたような表情を見せる。
「アーシュラ。あの子……ちっとも驚かなかったわね。ワタシがこういうことを言い出すんじゃないかと思っていたのかしら? 敵わないわね」
そう言って小さく笑うとクローディアは今度はウィレミナ、デイジー、ジリアン、リビー、そして馴染みの小姓たちを呼び出してアーシュラにしたのと同じ話をした。
今度は全員が目を剥いて驚きの声を上げるのだった。
☆☆☆☆☆☆
「いい? 今夜、大統領の演説終了後に、その場を借りて発表するのよ」
「し、しかしお嬢様……イライアス様は何と?」
「彼にはもう話を通してあるわ。それでいいと仰って下さった」
戸惑う執事にマージョリーは得意満面でそう言う。
スノウ家の敷地内にあるマージョリーの邸宅では彼女が着々と準備を進めていた。
大統領の息子であるイライアスと自分との婚約発表の準備を。
この家の子供は15歳で成人を迎えた後は、親である当主夫婦の住む屋敷から独立し、敷地内に別邸を構えて個別に住む。
独立独歩の精神を家訓にするスノウ家では、子供の自立を促すために古くから行われているしきたりだった。
しかしマージョリーはそのしきたりを利用して、親の目を盗んで好き勝手をするようになっていたのだ。
頭を痛める執事にマージョリーは冷笑を浮かべて言う。
「いいから言われた通りにやりなさい。あなたは私の指示に従っておけばいいの。お父様に何か言われても私のせいにすればいいから」
「……ほどほどになさいませ。お嬢様。それとあまり下賤の者たちと付き合わぬように。あなた様は誉れ高きスノウ家の御長女なのですから」
「いいから行きなさい!」
マージョリーにピシャリと言われて初老の執事は退散して行った。
そうして1人になった部屋でマージョリーは声を発する。
「カリスタ。いるんでしょ」
「フン。下賤の者とは言ってくれるわね」
そう言ってクローゼットの中から姿を現したのは、茶色い髪を短く刈り込んだ1人の女だ。
庭師の格好をしているので男かと見紛うようだが、カリスタと呼ばれた彼女は確かに女だった。
こんな服装をしているのは、このほうがスノウ家に侵入しやすいからだ。
彼女はマージョリーが以前から交流しているヤクザ者たちで構成されたプレイステッド商会の人間だ。
その連絡役としてカリスタはこのスノウ家に以前から度々入り込んでいた。
「どうでもいいでしょ。私は金を払う。あなたたちは私のために働く」
「金さえもらえれば何だってやってやるわよ」
そう言うとカリスタは、テーブルの上に置かれた果実を行儀悪く掴み取ってかじり付いた。
「しかしマージョリー。何をそんなに焦ってるわけ? 大統領が確実に3選を決めてから発表すればいいじゃない」
「いいえ。もう大統領の勝利は確実よ。だからこそ、この機を逃すわけにはいかないの。生意気なアルバータが邪魔をしてくる前に先に発表してしまうのよ。公の場での発言ならば誰も覆すことは出来ない。叔父上でもアルバータでも、そしてイライアス様にもね。婚約を既定路線に乗せてしまうのよ」
マージョリーの1つ年下の従姉妹であるアルバータは自分の父親である当主の弟にあれこれと働きかけて、自身のイライアスとの縁談を進めようとしている。
従姉妹のマージョリーを出し抜いて自分がイライアスの妻の座に収まろうとしているのだ。
「フンッ。傍系の分際で直系の私を出し抜こうなんて甘いのよ」
「そう。まあお偉いスノウ家様のお家騒動のことは興味ないわ。私らは人を手配して婚約準備の発表をお膳立てすればいいのね」
「ええ。誰にも発表の場を邪魔させないで。いいわね。カリスタ」
その言葉に頷くとカリスタは窓を開けて裏庭へと出て行くのだった。
その後ろ姿を侮蔑の表情でマージョリーは見送り、静かに呟いた。
「フンッ。下賤の女は本当にお行儀が悪い。そういえば、あの死んだミアとかいう平民の娘もお行儀が悪かったわね。平民の分際でイライアス様に手を出すだなんて。死んで当然よ。イライアス様には私こそがふさわしい」
そう言うとマージョリーは、壁に華々しい額縁と共に飾られている肖像画に目を向ける。
イライアスに無理を言って書かせてもらった彼の肖像画だ。
「イライアス様。もうすぐあなたの全ては私のものですわ」
そう言うとマージョリーは傲慢さと虚栄に彩られた笑みを顔中に広げで、うっとりとするのだった。




