第52話 『女王の訴え』
イライアスの結婚の件は大統領の家の問題なので、クローディアには口出しをする権利はない。
そう言われてしまえばその通りだ。
だがクローディアはそれでも大統領に食い下がった。
「もちろんワタシが口を挟むことではないのは重々承知しております。ですが大統領、御子息がこの決断をした気持ちを、彼の心をお考えになられましたか? そうであれば父として彼に手を差し伸べられては? 家のために彼は自分の人生を捧げようとしていますが、それが彼を不幸にするとしたら、大統領はそれでも良いのですか?」
そう言うクローディアの顔がわずかに気色ばむのを見た大統領は小さく息をつく。
「もちろんその決断にはイライアスなりの思いや考えがあるでしょう。葛藤もあったはずです。しかしあいつももう大人ですから。それにクローディア殿。あなたは今、家のためと仰ったが、それは違う」
そう言うと大統領は窓の外に流れる街の景色に目をやった。
「私は家のために生きてきたことなど一度もない。私自身も色々なことを犠牲にしてきました。しかしそれは家のためになどではない。そんな小さなもののためではないのです。国の……この共和国のために多くの我慢を自身に強いてきました。それはすべて国を良くしたいがため。そうして自らを犠牲にし、国に尽くしてこそ国士だという思いからです。もちろん息子には息子の人生がありますが、あいつも私のそうした信念を見てきたはず。そのあいつが決断したことなのです。だから私はそれを尊重する」
大統領は泰然とそう言った。
それでもクローディアは引き下がらない。
「大統領ご自身も辛い思いをされてきたのならば、御子息に同じ思いはさせまいとは、お思いになりませんか? そんなことはしなくていいと彼に言ってあげられるのは大統領をおいて他におりません。彼を解放してあげられるのは……」
そう言いかけたクローディアを大統領はじっと見つめた。
すでにその顔に笑みはない。
「クローディア殿。スノウ家は我らにとって決して軽んじてはならない相手だ。彼らの協力があってこそ、私は国政に携われているのです。無論、だからと言って何でも彼らの言いなりになるつもりはありませんよ。私にも矜持はあるのでね。しかしそうした事柄は私やイライアスでなければ分からぬでしょう。他国のあなたなら尚の事。どうかこの辺りでご理解いただきたい。あなたは賢明な女王だと私は信じております」
それはこれ以上の質問は受け付けないという大統領の強い意思を感じさせる言葉であり、クローディアは口を閉じる他なかった。
ミアの死に対するマージョリーの疑惑のことは自分の口から勝手に大統領に話すわけにはいかない。
これ以上は大統領に対して言うべき言葉が見つからなかった。
そんなクローディアを見て大統領は再び笑みを浮かべる。
「ただ……誤解を恐れずに言えば、私はイライアスの結婚相手には何が何でもスノウ家の令嬢を、とは考えていない」
「え? それはどういう……」
「言葉の通りです。たとえばイライアスにとってマージョリー嬢よりも、スノウ家よりもふさわしい相手がいるのであれば、それが息子の未来を輝かせこの共和国により大きな利益をもたらす相手であれば、別にスノウ家でなくとも良いと考えている。これが嘘偽りのない父としての気持ちだ。クローディア殿」
そう言うと大統領は柔和な笑みを浮かべたままクローディアをじっと見つめた。
何かを見定めようとするかのようなその視線を受けて、クローディアは息を飲む。
しばしの沈黙が降りる。
ほどなくして馬車が止まった。
大統領の公邸前に到着したのだ。
大統領は腰を上げる。
馬車の外を馬で走っていた護衛の者たちが馬車の扉を開け放った。
「さて、時間だ。あまりお相手できずに申し訳ない。お疲れだろうから、明日はゆっくりと休んでいただきたい。次は祝勝会でお会いできるのを楽しみにしていますよ。クローディア殿」
そう言うと大統領は馬車を降り、御者にこのままクローディアを迎賓館まで送り届けるよう指示して公邸へ帰って行った。
残されたクローディアを乗せた馬車は方向転換をして迎賓館へと向かい始める。
1人になった馬車の中でクローディアは大きく息をついた。
「さすがに2期を務めた大統領は手強いわね」
最後に大統領が自分をじっと見つめて来たその視線の意味をクローディアは考えていた。
彼は権謀術数の中を生き抜いてきた百戦錬磨の男だ。
今まで数え切れないほどの嘘をついてきたことだろう。
それでもこの馬車の中で聞いた彼の言葉に嘘偽りはなかったと感じている。
クローディアは窓の外の景色を見つめながら、イライアスの絶望に思いを馳せた。
もし自分が今の彼の立場だったらと想像する。
これから自分がどうするべきなのか、今はまだ考えがまとまらない。
だがクローディアは考え続ける。
己が納得のいく答えを求めて。




