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第43話 『女王への宣戦布告』

 共和国の首都。

 その北部地区にある広場に設営された舞台では、つい先ほどまでクローディアが大統領の応援演説を行っていた。

 熱狂のうずに包みこまれていたその場所も、今は普段通りに人が往来するほど落ち着いている。

 そんな広場の舞台の裏にあるひかえ室の中では今、クローディアとマージョリー・スノウが机をはさんで対面し、各々の椅子いすに腰を掛けていた。

 室内には2人の他には誰もいない。


「お茶も出さずにごめんなさいね。マージョリー」

「結構ですわ。クローディアもお忙しいでしょうし、長居するつもりはございませんので」


 冷然とそう言うマージョリーを見つめながらクローディアはほんのわずかに痛む親指を拳の内側に握り込んで隠した。

 先ほどマージョリーから手渡されたとげだらけの薔薇ばらの花束で親指を傷付けてしまったのだ。

 だが、そんなことは微塵みじんも表情に出さずにクローディアは笑みを浮かべた。


「わざわざ来てくれて感謝するわ。マージョリー」

「いいえ。慣れない都会の暮らしにそろそろクローディアもお疲れなのではないかと思ったので。早く慣れ親しんだ新都ダニアに帰りたいのでは? そういえば新都は岩山の上に建造されたらしいですわねぇ。何とも勇ましい。さすが武勇を誇るダニアの女性たちですわね。私のようなひ弱な女はとても住めそうにありませんわ」

「そうかしら?」


 涼やかな笑みを浮かべてそう言うクローディアにマージョリーも薄笑みを見せた。


「ええ。私、ほこりっぽいところは苦手なので。肌も髪も繊細せんさいですから。それに引き換え、ダニアの女性たちは馬のように頑丈で図太いのでしょうねぇ。岩山の上にお住まいなのもうなづけますわ。ホホホ」


 そう言って笑うマージョリーにクローディアも口角を上げて笑みを深くする。


喧嘩けんかを売りに来たのかしら。馬鹿馬鹿しいけど少し相手にしてあげるか)


 そう思ったクローディアだが、そこでマージョリーの表情が変わる。

 誇らしげで尊大なそれに。


「我がスノウ家はこの共和国で400年の歴史を誇る旧家です。居並ぶ有力貴族の中でも常にその頂点に君臨してきた自負がありますの。スノウの家系から大統領を輩出したこともありましてよ」

「ええ。知っているわ。高貴な血筋ね」


 クローディアは特段の嫌味を込めることなくそう言った。

 実際、スノウ家がこの国の貴族社会で頂点であり続けたかどうかは分からないが、現代では一、二を争う名家であることは間違いない。

 そして共和国発展の歴史にスノウ家が大きく貢献こうけんしてきたこともまた疑いようがないのだ。


ほまれ高きスノウ家の娘として私はこれからもこの国の発展に尽くす所存です。そして現大統領の嫡子ちゃくしであるイライアス様とは盟友にして同志。彼と私は運命を共にするべく生まれて来たのだと信じております。近い将来……私は彼と婚姻のちぎりを交わすつもりです」

「そう。うまくいくといいわね」


 涼しげな顔でそう言うクローディアに、マージョリーは明らかにムッとした。

 

「クローディア。回りくどいのはこのくらいにして恥を忍んで言いますわ。私とイライアス様の仲を邪魔しないでいただきたいの。あなたがいらしてから街ではうわさが絶えません。あなたとイライアス様が男女の仲なのではないか、と。正直言って不愉快です。イライアス様は私と結ばれるべきであり、それによって共和国の未来に希望と安寧がもたらされるのです。ですからあなたにはわきまえていただきたいわ」 

「ワタシとイライアスが? そんな根も葉もないうわさを信じているわけではないでしょ?」

「無論ですわ。しかし人のうわさや民の印象は軽視できません。将来、私がイライアス様の妻となった後に、あなたのほうが妻としてふさわしかったなどと民に思われるのは我慢がなりませんので。分かって下さいますね」 


 マージョリーの言葉にクローディアは辟易へきえきとした。


(この人、本当に虚栄心でり固まっているんだわ。あきれた)


 そんなクローディアの表情から彼女の内心を読み取ったのか、マージョリーが眉間みけんしわを寄せて気色けしきばむ。 


「まだお分かりにならないの? あなたみたいな田舎いなか者の蛮族ばんぞくにイライアス様のお相手はふさわしくないと言っているのよ。とっとと僻地へきちの岩山に帰りなさい」


 そう言うマージョリーにクローディアは笑顔を消して冷たい視線を送る。

 だがマージョリーは動じない。


「あら。怒りましたか? 私をなぐります? 蛮族ばんぞくらしく。だけどそんなことをしたら破滅するのはあなたですわよ。この共和国で私に乱暴したとあっては我がスノウ家はだまっていません。あなたの名声は地に落ちるでしょう。今ここで私が悲鳴を上げたらどうなるかしら?」


 そう言うとマージョリーはニヤリとする。


「あなたは腕っぷしは相当に強いのでしょうけれど、ここではそんなものは役に立たないわ。私の持つ権力、財力、そして知略謀略。それこそが力なの。だから私にひれしなさい。クローディア。身の程知らずの蛮族ばんぞく女王」

 

 そう言うとマージョリーは底意地の悪い笑みをその顔いっぱいに貼り付けてクローディアをにらみつける。

 そして立ち上がった。


「用件はこれだけですわ。あなたが賢明な御判断をされることをおいのりしています。あなたご自身のためにも。では、ごきけんよう。クローディア」


 そう言うとマージョリーは勝ち誇った顔でその場を後にする。

 残されたクローディアは背もたれ深くに腰掛けて大きく息をついた。


「口だけは達者なようね。後で泣いても知らないわよ」


 そう言うクローディアの目には、鋭い光がにじんでいた。

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